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第374話 エピローグ『どうしてこうなった』


 マオンさん宅の庭で何もない空間にシルフィさんが話しかけている。


「建物周辺に異常なし。そちらは?」


 すると少し離れた所を警備しているグライトさんの声が聞こえてくる。


『あー、特に異常は無いようだ。何か気づいたらすぐ連絡する。今、馬車が通過した。もうすぐ到着だ、ぬかるなよ』


 風の精霊の力を借りた離れた所の相手と連絡を取り合う事が出来るいわゆる通信の為の魔法である。


「しかし奥方様がここに来るとわねえ…」


 体にぴったりとフィットするような黒色の軽装鎧(ライトアーマー)を着たマニィさんが呟く。バイク乗りが身に着ける革ツナギのような外観。そして肩や肘、膝や胸部などに装甲を取り付けたものだ。


「ホントだねえ。やっぱり『しゃわー』って魅力的なんだぁ」


 こちらも黒い鎧に身を固めたフェミさんが応じた。マニィさんのものと比べると厚手である。


「二人とも、気を抜いてはいけまんよ。正式な依頼なんですから」


 少し緩んだ雰囲気を出していたマニィさんとフェミさんにシルフィさんが釘を刺す。そのシルフィさんも黒色の胸当てを身につけている。


「お三人さん、それ珍しい素材を使ってるみたいだが…。もしかしてブラァタか?」


 三人の防具を見て猫獣人族(キャトレ)の女性冒険者ミケさんが声をかけた。彼女の言う通り以前二百体以上を駆除した死を運ぶ魔物であるブラァタ、それを素材にした防具だった。そのブラァタは本来倒すのがとても困難な魔物なんだそうだけど僕が見た感想はどう見ても巨大ゴキブリ。煙を噴出するタイプのゴキブリ駆除剤と闇精霊カグヤの力により巣穴にしていた洞穴(ほらあな)から一匹残らず駆除出来たのだ。


 ブラァタ素材…、その特徴はなんといっても軽く丈夫な事。防具の素材としては一流、鉄と同等の強度がありながら重さはなんと三分の一程度。甲殻(こうかく)を使った部分が破損したらその部分は交換するしかないというのか再利用出来る鉄などの金属鎧に対してマイナスな部分ではある。それとなんと言ってもとにかく高価な事だ。


 ブラァタ素材の販売価格は一体当たり金貨で二十枚。日本円換算すると二百万円、鎧を作るにしても一つあたりブラァタ一体から二体分くらい必要になる。これに加工してくれる職人さんへの手間賃を上乗せすると、鎧を一領(いちりょう)得るにはどれだけのお金が必要になるか…。日本人的感覚で言えば何百万円もする高級防具という訳だ。


「ええ、丁度昨日出来上がったので…」


「やっぱりか!…って事は出所(でところ)は当然坊やか?」


 そうなんだ、僕はシルフィさんたち三人にブラァタを素材にした防具を作ってもらう事にした。意図していなかったとはいえプロポーズをしていた大切な三人、職としては冒険者ギルドの受付嬢をしているが冒険者としての籍も残っている。つまりはいざという際には冒険者としての活動をするという事だ。


「はい。僕の…、大切な人ですから」


 横から入るような感じになったが僕はミケさんに返答(こた)えた。その返答にミケさんはヒューと口笛を吹く。


「うわー、マジかよ。高価なブラァタの鎧を…、しかも三人に…」


 ため息を()きながらミケさんが羨ましそうにしている。


「あっ、馬車が見えたよ」


 フェミさんの声がした。


「よっしゃ、仕事だ。しまっていこーぜ」


 マニィさんが気合の声を発した。



「入浴が終わったそうですよぉ〜」


 フェミさんの声がしたので僕とガントンさん、そしてイッフォーさんにクーゴさんは敷地内に戻った。護衛兵の皆さんも周囲を固めた。そしてマオンさん宅の扉が開きラ・フォンテーヌ様とモネ様が姿を現した。


「ッ!!」


 誰もが息を飲んだ。


 黒髪と白い肌の母娘、その美しさたるや筆舌に尽くしがたい。もはや女神と言っても良い。まさに『綺麗なラ・フォンテーヌ様』と『綺麗なモネ様』だ。


「お、奥方様…」

「お美しい…」


 護衛の兵士たちからも声が洩れた。


「師父様、これは先日と同じ物ですか?」


 モネ様がシャンプーなどを示して問うてきた。


「はい、姫様。先日お使いいただいたシャンプーとボディソープにございますよ」


「そうですよね…、同じ物ですよね。しかし今日の仕上がりは…」


「はい、それは(わたくし)も違いに驚いております。しかしそれは奥方様、姫様の本来お持ちの美しさが現れたのでございましょう。そのように愚考いたします」


「嬉しい事を言うてくれるのう」


 ラ・フォンテーヌ様が目を細めた。しかし、なんでだろう?なんで今回はこんなにも凄い事になったんだろう。何か変わった事はあったっけ?まあ、とにかく上機嫌なようだしそれに越した事はない。


「さあお二人ともこちらへ。お茶を(けん)じますので…」


 そう言って石木(せきぼく)のテーブルに案内する。


「手前勝手な作法にてお口汚しになるやも知れませんが、奥方様におかれましてはご寛恕(かんじょ)(広い心で許す事)いただければ幸いです」


 ティーポットに入れた紅茶、今回は果実の香りを焚き込んだアールグレイではなく少しお高いもの。それをメリルさんに()れてもらって僕は別の用意をする。


「良い香りじゃ…、良い茶葉を使(つこ)うておる…。むっ!?何をしておるのじゃ?」


「私なりに新たな紅茶の楽しみ方を考えました。是非ご賞味下さいませ」


 そう言って僕はティースプーンに乗せた角砂糖に染み込ませるようにブランデーを注いだ。


「ホムラ」


 僕は火精霊(イグニスタス)のホムラに声をかけた。角砂糖に染み込んだブランデーに火が灯る。ティーロワイヤルと呼ばれる紅茶の楽しみ方だ。紅茶にブランデーをそのまま入れる飲み方もあるが、そちらは紅茶と言うよりカクテルとしての認識らしい。


「この液体は酒にございます。こういたしますと炎で砂糖に染み込んだ酒精(アルコール)が飛びましてね…、香りだけを残すのでございます」


 そう言って僕は角砂糖を載せたスプーンを紅茶とは別の皿に載せラ・フォンテーヌ様に、次に同じようにしてモネ様にも差し出す。


「坊や、ワシは火をつけずにそのまま紅茶に入れた方が良いのう」


 酒好きなガントンさんが要望する。普段、家にいると言う事で家主であるマオンさん以外にもガントンさんたちも同席を許されていた。


 しかし、さすがにお酒をそのまま入れるのは…。紅茶にブランデーをそのまま入れて飲むのは確かにあるが、どうやらそれは紅茶の楽しみ方というのではなく厳密に言えばカクテルに属するものらしい。


「うーん、お客様がおられるのにさすがにそれは…。後で必ずそうしますので…」


「いや、構わぬよ」


「奥方様」


「邪魔をしているのはこちらじゃ。それに酒は飲みたい時に飲むが最上じゃ。かく言う(わらわ)も酒を好むでの…」


「ではお言葉に甘えて…」


「ふははは。ワシらドワーフ、この程度で酔う事などないわ!」


 酒が飲めると分かってガントンさんは上機嫌だ。


「ふむ…、豊かな香りじゃの。強い香りじゃ、まるで葡萄酒(ワイン)を煮詰めたような…。しかし、そうしてしまっては酒精(しゅせい)(アルコール)が飛んでしまい、あのように酒精が砂糖の周りを取り巻くように燃えぬものじゃ…。そうなると葡萄酒(ワイン)ではないのかのう」


 ラ・フォンテーヌ様はそんな感想を述べる。


「奥方殿は酒に詳しいと見える」


 そこにブランデーを注いだ紅茶を一口飲んだガントンさんが話に加わった。


(まぎ)れもない、これは葡萄(ぶどう)の風味がある。見誤りなどではあるまいよ」


「おお、それでは」


葡萄酒(ワイン)酒精(しゅせい)そのものを凝縮(ぎょうしゅく)させたか、あるいは同じ材料でより強い葡萄酒を作るようにしたかじゃな。いや…、後者ではあるまい」


「さもありなん(そうであろうともの意)。ただ酒精を強いだけの葡萄酒(ワイン)…、つまり濃くしようとするだけなら…」


「うむ、色も味も通常の葡萄酒(ワイン)より濃くならねば理屈が合わぬ。おそらくそれでは味が濃過ぎて飲むに耐えられぬであろう」


 なんだろう、ガントンさんとラ・フォンテーヌ様はすっかり息の合った推理を披露しあっている。


「そうなのじゃ。先程の酒はまるで琥珀酒(こはくしゅ)(ウィスキーの事)のような色をしておる。しかし、その琥珀酒の…麦独特の風味ではないのう」


「ふむ、ならば麦ではなく葡萄酒(ワイン)を材料とし琥珀酒(こはくしゅ)と同じ製法で作ったのではなかろうかの」


「ッ!?それじゃッ!それなら道理に合う、たしか琥珀酒は蒸留(じょうりゅう)という技術を用いると聞いたが…」


「その通りじゃわい。だが蒸留は酒精は濃くなるが得られる量はすこぶる少ない、酒精が逃げてしまうでの。しかし、元の量と比べて出来上がりは一割も取れれば良い方じゃ」


「むむむ…、せっかく出来上がった葡萄酒(ワイン)を材料にしてさらに酒作りをしようてか…。なんとも贅沢な話よの」


「じゃがそうでなくてはわずかに残る葡萄の風味、その説明が出来ぬわい」


 ガントンさんの聞いたところによるとこの異世界にも蒸留の技術はあるらしい。しかし、現状の蒸留する為の器具の密封技術では酒精を含んだ蒸気が洩れてしまいその大半を失ってしまうらしい。それゆえウィスキーなどの蒸留酒はあるにはあるがとても珍しく、当然ながら高価になる。


「なるほどのう…。さすがに酒にも詳しいの…」


「いやいや奥方もかなりのものじゃ…」


「ふふふ」


「がはは」


「「わあっはっはっは!!」」


 これは…意気投合というやつか。酒好き同士の…。


「ゲンタ!ゲンタ!(わらわ)の次の紅茶には火をつけて酒精を飛ばしたものでないその酒を入れてたも。いや、そのままで構わぬ。その酒、是非にも試してみたい」


「ええっ?お、奥方様。これは…か、かなり強い酒にございますれば日の高いうちからは…」


 ブ、ブランデーだよ?アルコール度数は40度を超えるぞ。


「ふふふ、心配は無用じゃ」


「あの…師父様。母上様は大変酒にお強く…」


 遠慮がちにモネ様が声をかけてくる。つまり、大丈夫って事なのね。


「わ、分かりました。でもこの一瓶しかありませんので….」


「分かっておる、分かっておる。ささ、()いでたも」


 こうして真昼間から強い酒を楽しむ会が始まってしまった。最早止められない。


「ふふ、強い…。そして確かに葡萄の風味を感じるわい、それにしてもこれだけの酒を用意できるとは…。そうじゃ、ゲンタよ。我が家では近々開く夜会があるのじゃが…、その饗応(きょうおう)の酒食を揃える役目…やってくれぬか?」


 ラ・フォンテーヌ様からの意外な申し出。さて、どうしたものだろうか?


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