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第371話 姫様の結婚事情。


 あ、修羅場にならなかった…。


「あの人…、だあれ?」


 幼いはずのアリスちゃん。しかし、妙にその声が低く感じる。有名なパイロットなら『来たか、プレッシャー!!」なんて言うかも知れない。と言うのもいくら幼くとも女の子は女の子、そこには男にはない独特の凄みがある。


「俺さあ…、女ってヤツの怖さをまた一つ垣間見(かいまみ)たような気がするんだよね…。」


 正月に親戚が集まった時に十歳歳上の従兄弟(いとこ)が言っていた事を思い出す。


「少し前に娘がさ、平仮名(ひらがな)を覚えたんだよ。それでさ、なんか女の子の友達と交換日記みたいな事を始めたみたいなんだ。まあ、ほとんどお絵描き同然のモンに一言コメントをつける…みたいなやつなんだけどな」


 聞けばその日にあった事を絵に描いて覚えたての平仮名を添えるような簡単な日記で、従兄弟は娘がその交換日記を書いてるところを見ていたらしい。


 ◯◯ちゃんだいすき、ずっといっしょ…そんな一文が添えられた絵はどうやらその日に二人で遊んだ場面を描いたものであるらしい。しかし、その絵に書かれた二人には決定的な差があったという。


「友達の子はその日着ていた服装で描かれていたんだな。だけどウチのはさ…、なんかドレスみたいなのを着てアクセサリーいっぱい身につけてるみたいな…キラキラしてるんだよ。いや、そんなドレスなんか持ってる訳ないから娘の勝手なオリジナルにんだけど…。そん時、俺は思ったね。自分の方が可愛いんだぞ、みたいな主張してるみたいでさ。大好き、ずっと一緒なんて言ってるけどハラの中では…みたいな事を考えると我が娘ながらどんなにちっちゃくても女は女なんだなぁって…そんな末恐ろしさみたいなモンを感じたね」


……………。


………。


…。


 ぎゅっ。


「ゲンタ」


 僕にしがみつき再び声をかけてきたアリスちゃんに僕は我に返った。


「あ、ああ。アリスちゃん、あちらにおられるのはご領主様の姫君モネ様だよ。今、仕事中でね…」


 僕は簡単にアリスちゃんに事情を説明する。


「あの、そちらは?」


 こんどは反対にモネ様から誰何(すいか)の問いかけが来た。


「はい、こちらは…」


 モネ様に冒険者ギルドで世話になっている人の娘さんであると伝えた。


「ごめんよ、ゲンタは今仕事中なんだ。さあさあせっかく来てくれたんだ、中においで、(わし)と一緒にお菓子でも食べようか」


 そう言ってアリスちゃんに声をかけたのはマオンさん。


「ちがうもん」


 しかしアリスちゃんは不満気な返事をした。


「私はゲンタのお嫁さんだもん」


 僕の手をしっかり掴んでまるで宣言するかのようにアリスちゃんは言うのだった。



「そうでしたか、大人になったら…」


 庭にある石木(せきぼく)のテーブルに着いて僕らは話をしている。アリスちゃんは僕の隣を絶対死守とばかりにひっついている。


「うん、ゲンタのお嫁さんになる!」


 アリスちゃんは胸を張って返事をした。事情を説明するとモネ様は深く頷いた。


「素晴らしい事ですわ。心に決めた方に添い遂げる…女に生まれてこれ以上の幸せはありませんわ」


 ちなみに僕はと言えば結婚までは考えていない。なんせアリスちゃんはまだ6歳、これからまだいくらでも出会いもあるだろう。仮に十年後、アリスちゃんが16になった時に僕はもう30歳手前だ。結婚するには何て言うかあまりにもアンバランスだ。日本で考えれば29歳が16歳と…って訳だから何ともいかがわしさを感じてしまう。それにその年頃には同年代の人とくっついている事だろう。人の心とは移ろうものなのだ。


「正直、羨ましいですわ。(わたくし)はおそらく決められたお相手と婚姻となるでしょうから…」


「……」


「お姫様は違うの?」


 アリスちゃんが無邪気に尋ねる。その問いかけに僕はハッとするがモネ様は気分を害する事なく応じる。


「おそらく私は…」


 そう言ってモネ様は男爵家か騎士爵家の第二子以降を婿(むこ)として迎えるだろうと話した。


「インフラット家…、王国の南部に多い家名なのですがそこからお迎えする事になると思います。家格(かかく)はどうあれ祖先を辿れば王室と同じ血を引く家柄ですから決して悪いものではありませんし…」


 なんでもこのミーンや王都や商都カミガタを治める王家は元々インフラットを家名として地方の一豪族に過ぎなかったらしい。規模としては子爵家くらいのものでまずは近隣の祖先を同じくする諸豪族を時に政略、時に武略をもって吸収合併し勢力を拡大。確固たる地盤を築いてからは転がる雪玉がどんどん大きくなるように領土を拡大、ついには国を打ち立て王家を名乗るに至ったという。


 まるで日本の戦国時代のようだなあと思う。かの徳川家康もそういった政略結婚や養子縁組(ようしえんぐみ)を駆使していた。出身地である三河(みかわ)では十八松平という家康の時代までに分家した松平氏があちこちにいた。今川家から独立した家康は自らの子供をそれぞれの松平家に入れる事にした。それが地盤を固める事につながり後々の役に立った。


「何よりも家を守るのが大事ですから。縁続きになる事でこの地が安定するなら…、そして才ある人を迎えられればよりこの地も豊かになるでしょう?」


「むー」


 自分に向けられた教え(さと)すようなモネ様の言葉にアリスちゃんは難しい顔をしている。簡単には()に落ちないのだろう、かと言って反論するようなものでもない。賛成の部分と反対の部分、両方を含んでいるのだろう。


 だけどわずか8歳の女の子が少し寂しそうに呟いた言葉に僕は何も言えなくなる。モネ様がこの年齢(とし)にしてこれから先の共に歩む人について、そして将来について必ずしも自分の思うようにはならない事を既に受け()れている事に胸が詰まった。


 インフラット家…松平家をイメージしたパイン(松)、(フラット)を少し変化させて家名としました。

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