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第370話 姫様、カレーに感動。


「このような朝早くから足をお運びいただき恐悦至極(きょうえつしごく)にございまする」


 ある日の早朝、普段のパン販売よりやや早い時間帯…。冒険者ギルドの前で僕たちはモネ様を出迎えた。ギルドマスターのグライトさん以下スタッフ全員での出迎えである。


「本日はこちらで精一杯学ばせていただきます。どうぞよしなに」


 モネ様が丁寧な挨拶を返す。


「ではまず中をご案内いたしましょう。シルフィさん、お願いします」


「はい」


 モネ様と面識があるシルフィさんが先に立ち冒険者ギルドの中を案内する。マニィさんとフェミさんが後に続いた。


「…おい、新人(ルーキー)


 モネ様たち一行が中に入ったのを確認してグライトさんが僕に声をかけてくる。


「どうしてこうなった?」


「さ、さあ…。姫様が僕の普段の仕事が見たいって言うんで…」


「だからって…お前なあ〜」


 グライトさんが怒りでプルプルと体を震わせている。


「よりによって姫様に野菜を切らせるとか…ヤベェだろ!万が一、指でも切ったりしたら…」


「そ、そう思ってミアリスさんに本日の同行依頼を受けていただきました。なんたって治癒魔法が使えますから…」


「そういう問題じゃねえ!」


「ま、まあまあ。それに今朝はカレーですよ。それに材料はもう用意しちゃってますし…」


「か、『かれー』…。…ぐ。し、仕方ない。だが、やるからには万全にな!」


「はい」


 …ちょろい。カレーの名前を出したところ、すぐさま(ほこ)を収めたグライトさんに僕はそんな事を思ってしまった。



 話は昨日に(さかのぼ)る…。


「師父様は商人という事でしたが普段はどちらで品物をお売りなされているのですか?」


 お茶を飲みながら休憩していた時にモネ様から何気なく出た質問であった。


(わたくし)たちは毎朝、夜明け頃に冒険者ギルドに出向きそこでパンを売っておりまする」


「まあ、それではあの白いパンを?」


「いえ、それとは異なるものにて…。そうですね…、ジャムなどを含ませたパンや先日のような肉を挟んだものなど…色々とございます。さりながら明日は違うものを売る予定となっております」


「それは一体?」


「はい、カレーライスというもので…」


「ま、まさか『かれ〜』でございますか!?」


 モネ様が身を乗り出す。


「は、はい。明日の朝はカレーを作って売りまする」


「師父様!ぜ、ぜひ(わたくし)も…。侍女たちも噂しておりました『かれ〜』、この目で見とうございます!どのようにして作るんですか?」


「え、え〜っと…」


 僕は簡単にカレーの作り方を話した。


「それならば私は野菜を切るお手伝いをいたします!師父様、やらせて下さいませ!」


 前のめりとも言えるモネ様のあまりの熱意に僕は頷くしか出来なかったのだった…。



「うひょ〜、朝から『かれ〜』だぜえ!!」

「昨日、そこの掲示板に書かれていたのを見てから俺はずっと楽しみで…」

「そ、それに凄えぜ…。お姫サンが作ってくれてるぜ…」


 冒険者の皆さんが大歓声を上げている。


 ギルドの前の道に厨房荷車(キッチンリヤカー)を出しカレーライスを販売すると次から次へと冒険者たちが購入していく。中には食べたすぐそばから二杯目を購入しようとまた列に並ぶ者もいる。その屋台の両脇ではガントンさんたちドワーフの一行やナジナさんにウォズマさん、グライトさんまで加わり鉄壁の警護だ。


「す、凄いです!飛ぶように売れて…」


 モネ様が感動している。そのモネ様だが危なげなく野菜を切っていく。万が一のケガに対処すべく一緒にいてもらったミアリスさんだが、今は売り子になってもらっている。


「お、俺たちも食いてえんだが…」


 何人かそんな声をかけてくる町衆もいたが、


「すいませんねえ、町の皆さんに売ると商業ギルドがどんな嫌がらせをしてくるか…。あくまでもこれは冒険者ギルドからの依頼で関係者の方の分しか無いんですよ。それなら冒険者としての仕事ですから…」


 そう言って丁重にお断りする。


「クソッ!ホントにロクな事しねーなー、商業ギルドはよう!」

「こんな良い匂いだけで我慢しなきゃならねーのかよ!」


 町衆の商業ギルドに対する嫌悪(ヘイト)が高まっていく。それ以外は順調な朝の販売風景であった。


……………。


………。


…。


「美味しい!こ、これが『かれ〜』なのですね。しかもこの穀物は何でしょう…。いかなるパンより真っ白で…」


 人生初のカレーライスに喜んでいるモネ様。販売が終わり、今はギルド内でテーブルを囲み朝食である。


「それにたくさんの売り上げがあったみたいで…。これが商人の暮らしなのですね」


「はい、姫様。売り上げから材料の仕入れや給金などを引いたもの…それが儲けとなりまする」


「儲け…」


「商人は生産した者とそれを買う者…消費者をつなぐ者にございます。今回の場合は材料を仕入れ調理し提供するのが我々の商売にございます。言わば儲けとは仕入れと調理などの手間賃とも考えられまする」


 そんな話をしているとグライトさんから声がかかった。


「そういや新人(ルーキー)、出発まで少し時間が空くな。どうする、このままギルドで時間を潰していくか?」


「いえ、いったん家に戻ろうかと…。屋台をギルド前に置きっぱなしという訳にはいきませんし…」


「そうか、今日はシルフィを付けてやる事が出来ねえが大丈夫か?」


「はい、大丈夫だと思います」


「分かった、くれぐれも失礼の無いようにな」


 グライトさんが声をかけてきた理由…、それは子爵邸から再び訪問するようにという依頼があった為だ。先日、モネ様がマオンさん宅で入浴した事に端を発する。


「母上様に入浴した事を話したところ…『ぼでいそうぷ』を御所望(ごしょもう)のようで…」


 もしかして自宅以外で入浴したのがマズかったのかと肝を冷やしたが、用件としてはシャンプーに続いてボディソープも購入したいという事だった。それなら断る理由も無いので承諾した。お伺いするのは前回と同じく昼下がりといったタイミングだ。


 マオンさん宅に戻ると意外にも体にカレーの匂いが染みついてしまっている事に気づいた。というのも、町の人を呼ぶのではなく冒険者ギルドの関係者だけを呼びたかったのでカグヤに頼んで匂いがあまり広範囲に漏れないようにしてもらったのだ。しかし、それには一つ誤算があった。あまりに狭い範囲にカレーの匂いを封じ込めた為、屋台の近くで作業していた僕たちの周りに匂いが集まってしまったのだ。


「とりあえず、入浴してこの匂いを落としましょう」


 そう言って一番最初にモネ様に入浴してもらっていた時の事。


「ゲ〜ンタッ♪」


 そんな声がしたかと思ったら足に誰かがしがみついてくる。


「アリスちゃん」


「来ちゃった」


 こ、これだよ。来ちゃったはこういう子が言うモンだよ。なぜか今まではスキンヘッドのグライトさんに言われてばかりだったけど…。


 がちゃっ。マオンさん宅の扉が開いた。


「師父様、先にお風呂いただきました」


 湯上がりモネ様が外に出てきた。


 ぎゅっ!!


「んっ!?」


 僕の足にしがみつくアリスちゃんの手に力がこもった。


「あの人…、だあれ?」


 アリスちゃんの問いかけを耳にした時、僕はすぐさま直感した。


「ああ…、コレが修羅場ってヤツなんだな…」

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― 新着の感想 ―
[一言] どんな修羅場に成るのか非常に楽しみです。早く次が読みたいです。
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