第367話 作業現場。
職人たちの朝は早い。
「おう、お前ら!お姫さんが見てるんだ!無様なトコを見せンじゃねえぞ!」
鳶職の親分であるゴロナーゴさんが腕組みしながら職人たちに檄を飛ばす。
「お前たちも同じじゃ!ワシらの仕事、十分に披露しようぞ!」
ガントンさんも弟子のドワーフの皆さんに同じように気合いを入れている。
「「かかれッ!!」」
号令一下、皆が動き出す。
「みんな、今日は暑くなりそうだからね。ここに飲む物もたんとあるから喉が渇いたらすぐに飲むんだよ。汗かいたまま倒れちまったら元も子もないからね」
マオンさんも作業に取り掛かる職人たちに声をかけている。そして僕はといえばモネ様に声をかけた。
「姫様、よくご覧下さい。ドワーフの木材や石材の加工技術、そして猫獣人族の鳶の技術を…。為政者として土地を治めるにあたり大切なのは人材にございまする。優れた才を持つ者を、その才を最も発揮出来る場所に配置する事…。適材適所…、それが人材を活用する基本にして究極にございます」
僕が話している間にもテキパキと、マオンさん宅に新たに増築する煙突の基礎が出来ていく。
「へへっ、さすがだぜドワーフの義兄弟。良い土台が出来てやがる」
作業しながらゴロナーゴさんがガントンさんに声をかける。
「当たり前じゃい。下はワシらが竜でも容易には踏み潰せぬ石組みを作る。じゃからヌシたちは大風にも揺るがぬものを建てるのじゃ」
「へへっ、分かってらあ。おい、野郎ども。足場を組め!」
「す、すごい…。なんて迅速で的確な普請作業なの…」
地表から大人の腰くらいまで、ガントンさんが手掛けたどっしりとした石組み。そこから上を木工が達者なガントンさんが、そして高所はゴロナーゴさんが指揮を執る。その見事な仕事っぷりにモネ様は感嘆の声を洩らしている。
「さあて、儂らは儂らの仕事をするかね」
マオンさんが腕まくりを始めた。
「そうですね、始めますか。…っと、その前に。みなさん、この普請はいつごろ終わりそうですか?」
「そうじゃな…。三刻まではかからんくらいかの?どうじゃ、ゴントン、猫の義兄弟!?」
「そんなモンだべ!」
「そうさな…、そんくらいだろ!」
棟梁たちはおおよその作業時間を六時間弱とみているようだ。
「分かりました。では、今より一刻半くらいしたら小休止にしましょう。みなさん、よろしくお願いします」
作業現場のあちこちから了解の声が返ってくる。
「師父様、私はどうしたら良いでしょうか?」
「マオンさんと共に小休止の際に出す茶菓子の準備ですね。それと…ダン君、ギュリちゃん」
「はいっ!」
「はい」
下働きの為、臨時雇いをしている二人に声をかけた。
「ヴァシュヌ神殿に走ってもらって良い?ヴァティさんに三刻後にお願いします…と伝えて」
「「はい、早速!」」
「よろしくね〜」
二人が駆け出していくのを見送る。
「さあ、始めようかな」
僕は広場で使った事がある屋台を庭先に引っ張り出した。
「あっ…」
「どうしました?姫様」
「いえ、何でもありません。あ、あの師父様、具体的に私は何をすれば…?」
「…?あ、はい。まずは下準備。この樽にこの粉を入れて…」
僕は薄力粉を樽に入れ、それを水精霊セラが水で満たす。
「姫様、この樽の中身をゆっくりとかき回して下さい」
「はい。…あの、師父様。これは何に使うんですか?」
「たい焼きという甘味の材料です。出来上がったら勿論姫様にもお召し上がりいただきますよ」
□
「…我らが神ヴァシュヌよ、その加護をこの地に与えたまえ。漲る生命、積み上がる財、この地にその恩徳を分かちたまえ。天と地の間に遍く…」
蛇神の巫女ヴァティさんを先頭に建築完成の祈りが続いている…。
昼下がりといった頃合い。ドワーフ族と猫獣人族の皆さんによる増築が終わり、今は蛇の神ヴァシュヌを祀る神殿からヴァティさんを招いて祭祀を執り行っている。
日本では新しく建物などを建てる際、その工事を始める前に神主さんを呼んで地鎮祭を行う。しかし、ここ異世界では建物が完成した後にその加護を願うのだそうだ。そこでマオンさんと相談した結果、商売をする僕らは金運が上がる加護を授けてくれるという蛇神ヴァシュヌ様にその加護を願う事にしたのだ。他にも健康長寿とでも言おうか、ヴァシュヌ神は生命力の象徴でもあるらしい。蛇からイメージされるのは金運と生命力、このあたりは地球と同じような認識のようだ。
……………。
………。
…。
「本日はありがとうございました。皆さんのおかげで無事に立派な煙突が完成、ヴァシュヌ神様の御加護も賜り万々歳。そこでお疲れの皆さんを労うべくこちらに一席設けさせていただきました。どうぞご遠慮なくお召し上がり下さい」
僕たちは建築に携わってくれた皆さんにちょっとした食事を用意した。
「な、なんじゃこりゃああ!?」
建築作業中に汗をかいていたので今はジーパンに履き替えたゴロナーゴさんがお腹に手を当てて戦戦とふるえながら叫んだ。
「飲み込みたくねェよ…待ってくれよ。俺はまだ飲み込みたくねェよ。…なんて美味えんだよコレ…」
手にした白身魚のフライを挟みこんだパンを目にしながらゴロナーゴさんが呟いている。なんかどこかで見た事があるような気がする光景だ。
「す、凄え…。なんて美味いんだ」
「こんな料理見た事ねえっ!」
他の猫獣人族の皆さんにも大好評だ。それだけではない、ヴァティさんをはじめとするヴァシュヌ神殿関係者の皆さん…こちらは全員が蛇獣人族なのだがこちらにも大好評だ。それと言うのも…。
「これは卵を使ったソースなのですね…、すごく美味しいです」
人生初のタルタルソースに舌鼓を打つヴァティさん。
「この間、好評だったおでんも用意してありま〜す!!」
「「「うひょ〜!」」」
職人たちから歓声が上がる。
「へっへ?こうなるとアレだな…。さ、酒が欲しくなっちまうぜ…」
謎のテンションから回復したゴロナーゴさんが酒好きらしい発言をした。それさガントンさんたちも同様のようだ。
「では焼酎をお出ししましょう。ですが、まだ日が高いですからね。…一杯だけですよ?」
「ぐっ!!ぼ、坊や、そりゃあ少な過ぎるんじゃねえかい?」
弱々しくゴロナーゴさんが抗議する。
「いやあ…、二杯でも三杯でも…そう言いたいのはヤマヤマですが…」
「じゃ、じゃあどうして?」
「日も高いうちから酒盛りになると…、おかみさんが…」
僕はオタエさんの存在を匂わす。
「む!?…ぐ、ぐぐ…。し、仕方ねえ!い、一杯だ、一杯で我慢する!」
いかにも不承不承…、そんな感じでゴロナーゴさんが納得した。カカア天下というのは異世界でも健在のようで喧嘩では向かうところ敵なしのゴロナーゴさんに至ってもそれは例外ではないようだ。さすがに棟梁が酒を一杯で我慢するのに下の者が無制限には飲めない。それを見てドワーフの皆さんも付き合う事にしたらしく酒は一杯だけとなった。皆そろっておでん片手にチビチビと飲っている。
「師父様、お尋ねしたい事があるのですが…」
「はい、姫様。何でございましょう?」
「あの煙突…いささか不思議な形をしております、あれはなんの為でございましょうか?」
モネ様は出来上がったばかりの煙突を見上げながら僕にそう問いかけてきたのだった。