第363話 針仕事と白いパン。
ミーンの町の領主であるハンザ・ツグイ・ナタダ子爵のお屋敷を訪問した翌日、冒険者ギルド内での早朝パン販売を終えマオンさん宅に戻りしばらくすると鎧こそ着けていないが二人の騎乗した騎士と思われる人と立派な馬車がやってきた。
「師父様、おはようございます」
「おはようございます、姫様」
馬車から御者さんやお付きの侍女の方、そしてモネ様が降りてくる。それぞれ挨拶を交わし、早速マオンさんを紹介する。マオンさんの事は僕の遠い血縁であると説明した。
「本日よりよろしくお願いします、お婆様」
なるほど…、凖父親みたいな存在の親戚で年齢を重ねているからお婆様か…。
「さすがにしっかりされておられますねえ。こちらこそよろしくお願いします」
「ところで師父様、本日は何をなさいますか?」
うーむ、この歳でしっかり敬語が使えてる、立派なものだ。
「本日は姫様に針仕事をしていただきます」
「針仕事…、お針子にございますか?」
「はい。そして本日は姫様と同じくらいの年頃の子供たちも参りまする。皆で一緒に針仕事をしていただくのですが…、二つほどお願いがございます。一つ目に姫様に対する口調を改める事をお許し下さい」
「はい、師父様」
「姫様におかれましても同じにございます。私の事も、マオンさんについても…そして他の者に対しても同様にございます」
「承知いたしました」
「そしてもう一つは…、姫様にはお召替えをお願いいたします」
□
「にいちゃー!!」
一番年少の子が僕の姿を見て声を上げる。シスターさんに連れられて孤児院の子供たちがやってきた。今日は布マスクを作ってもらう為に子供たちがやってくる日であった。
「みんな、おはよう。さて、今日はみんなに針仕事をしてもらう前に僕からプレゼントがあります」
「「「えー、なーに!?なーに!?」」」
子供たちが目を輝かせる。
「モネちゃん、こちらへ」
上は黒いポロシャツ、下はジーンズを着た姫様がやってきた。
「いつも頑張ってくれるみんなに服を贈るよ。これと同じものが人数分あるから部屋の中で着替えておいで。これを着てみんなで仕事しよう」
そう言って女の子たちの着替えにマオンさんに見守ってもらう。男の子に関しては僕が受け持つ。年齢はいかに近くともどうしたって貧富の差というものはある。それが現れやすいのが服装だ、だから制服じゃないけどみんなで同じものを着ればその差は目に見えにくくなる。
「脱いだ服はこの籠に入れておいて…、よし着替えたらみんな外に行くぞ」
そう言って外に出る。男の子たちはガントンさんに任せ鍛治仕事の下働き、女の子たちは針仕事だ。
「さて、仕事にかかる前に…。今日、みんなと一緒に働く子を紹介するね。モネちゃんだよ、みんなよろしくね」
僕の言葉に合わせ姫様はぺこりとお辞儀する。
「よし、じゃあみんな。仕事を始めようか!」
……………。
………。
…。
「お姉ちゃん、ここはこうやると良いよー!まとめてこうすれば早く縫えるー!」
「ここを…、こう?」
「うん、そう!」
悪戦苦闘するモネ様の横に座った一番年少の猫獣人族の女の子のチルルちゃんが何かと世話を焼いている。彼女はまだ幼く猫耳や尻尾を引っ込める事が出来ないが、手先は器用でなかなかに針仕事が上手い。
モネ様は手際が悪い訳ではないが、手慣れたチルルちゃんはモネ様が一つ布マスクを作る間に二つは作る。
「あー、終わったー!!」
「お腹すいたー」
鍛治の下働きをしていた男の子たちがマオンさん宅の地下にある鍛冶場から上がってきた。
「終わったかい?鍛冶場は暑くて汗をいっぱいかいたろう。裏の井戸に行って汗を流して一休みしておいで」
マオンさんが声をかけた。
「じゃあこちらもキリの良いところで終わりにしよう。今日はクリームシチューだよ」
「「「やったー!!」」」
女の子たちが声を上げる。カレーも人気だけど女の子たちにはこのクリームシチューの方がより人気が高い。
「モネちゃんも大丈夫?」
「は、はいっ!もう少し、もう少しですから…」
モネ様は余裕が全くない、とにかく必死にやっている。
「あー、お姉ちゃん。あたしに貸してー、ご飯までに終わらせたげるー」
自分の作業が終わったチルルちゃんがモネ様の作りかけの布マスクを引き受けた。よどみなく進むチルルちゃんの針、そしてそれを無言で見つめるモネ様の姿を僕はクリームシチューの準備をしながら見守るのだった。
……………。
………。
…。
「うンめぇ!!やっぱゲンタ兄ちゃんの作るものはいつだって美味いなー」
決して楽ではない鍛治仕事の手伝いを終わらせたばかりだと言うのに男の子たちは元気いっぱいだ。
「この『くりぃむしちゅー』も良いけどマオン婆ちゃんの作るパンも凄いぜー!」
「こんな真っ白で柔らかくて…、ここでしか食べられないもんね」
「んー。ふだんは酸っぱい黒のパンだもんねー」
「え?黒の…パン?」
モネ様がチルルちゃんの発した黒のパンという言葉に反応する。
「うん、黒麦で作ったパン〜」
「そうだよなー、俺ここで初めて小麦を使った白いパン食べたぜー!」
シチューとパンを頬張りながらそんな話をしている孤児院の子供たち、そんな彼らをモネ様は何も言わずに見つめていたのだった。
□
シスターさんが迎えに来た子供たちを見送り僕はモネ様と向かい合った。何か思い詰めたように口を真一文字にして、目からは涙をこぼさないように必死に耐えている。
「師父様…」
「はい」
「私は何を学んできたのでしょうか…」
そう言うとモネ様はぽろぽろと涙を流し始めてしまった。




