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第360話 面会、子爵夫人。


 ミーンの町の中央部から領主様の屋敷がある北東部へ至る道を進んでいくと緩やかな登り坂になった。北東部に進めば進むほど高級住宅地とでも言おうか、しっかりした立派な建物になっていく。


 一般的な町の衆が住む木造剥き出しの建物からだんだんと石造りのものの割合が増えていく。町の中央は商業地域だが、この辺りは領主様に仕える人たちの家が多いらしい。日本的に考えれば旗本や御家人(ごけにん)が住む武家町(ぶけまち)のようなものだろうか。もっともただ単純に領主様の屋敷に近いからというだけではなく、有事の際には主君の住まいに近づけさせない為の防御機能としての意味もある。


「あっ、見えてきたわよ。あれが子爵様のお屋敷なの」


 町の入り口から簡単には領主様の屋敷に着かないように何度も右に左にと曲がる事を繰り返し進む事数十分、一緒に歩いていたイッフォーさんが声をかけてくる。僕が訪問するにあたりイッフォーさんとクーゴさん、彼らにも今回共に訪問をと依頼があったらしい。そして僕とシルフィさんも共に今は四人、領主様の屋敷に向かっている。


「曲がりくねった道でなければもう少し早く着くんでしょうけどねえ。防衛の為には真っ直ぐな道じゃなくて、こうやってあっちを向かせたりこっちを向かせたり…」


「袋小路にしたり高低差を活かしたり、有事の際にはここに立て篭もる訳ですからね」


 僕の言葉にシルフィさんが応じる。


「その点、町中は十字路が多いからラクで良いわよね」


 商業地域などは確かにそうだ、これは効率を最優先しているからだろう。もっともそれは商業地域が多い町の中心部などに限った話で、そこから離れれば不規則なものになっていく。ただの(エル)字のカーブだったり丁字路(ティーじろ)だったり…、行った事は無いがスラムに至っては迷路のようだという。


「奥方様からの御依頼により参りました、冒険者ゲンタと申します。お取り次ぎをお願いいたします」


「しばし待て」


 子爵邸の門の前、僕はシルフィさんに教えてもらっていた通りの口上を述べると門衛の一人がそう言い残し中に入っていった。



「よくぞ参った。ハンザ・ツグイ・ナタダが正妻(つま)、ラ・フォンテーヌである」


 若いな…、子爵夫人をチラリと見て最初に受けた印象だ。しかし、そんな感慨にふけっている場合ではない。


「ご尊顔を拝し恐悦至極(きょうえつしごく)にございまする。御前(おんまえ)に侍りまするはミーン冒険者ギルドよりまかり越しましたゲンタにございます。奥方様にはご機嫌麗しゅう…」


 案内された庭園で片膝を着きながら僕はこれまたシルフィさんに教えてもらった口上を述べていった。現代社会を生きる僕にはこの手の挨拶と自己紹介は非常に長々としたものであったが、小さな頃に祖父母と見ていた時代劇の影響だろうか…。それに似たようなシーンがあった事を思い出し、そこまで大きな違和感はなかった。


「苦しゅうない、(おもて)を上げよ。そなたらの直立を許す」


「ははっ!」


 許可が出たので僕たちは立ち上がり子爵夫人と向かい合う。庭園の一角に(しつら)えたテーブルと椅子のセット、その椅子の一つに座る夫人がこちらを見ている。最初に長い黒髪が目に入った。たしか子爵様は四十歳を超えたと聞いている。そこから比較すると相当若い、僕よりいくつか歳上の二十代ではなかろうか。そんな女性が事務的な表情をしてこちらを見ていたが、やおら口を開いた。


「噂は聞いておる。才覚溢れる商人だそうだのう」


「これは過分なるお言葉、恐縮の至りでございます。さりながら、(わたくし)にはそのような大それたものはございません。ただ日々の商売(あきない)に追われる駆け出しにございます」


 どうにも慣れない馬鹿丁寧な言葉使い、しかしこういう物言いを繰り返していたらそりゃあ貴族というのは腹の探り合いにもなるよね。僕が聞き手の立場なら耳が気持ち良くなる美辞麗句の乱立だ、本音を心の奥底に沈めて上辺(うわべ)ばかりの言葉が飛び交う…そんなやりとり。


「…ふむ。ここまでじゃ」


 そう言って子爵夫人は椅子から立ち上がった。


「同席を許す、楽にしやれ」


 そう言ってラ・フォンテーヌ様は空いている四つの椅子を指し示した。どうやら座って良いらしい、僕たちはお言葉に甘えてとばかりに席に着いた。


「貴族というのも何かとしきたりがうるさくての…。本来は客として迎えたいところじゃが中々そうもいかぬ…。じゃからこうして依頼とした、何かと造作(ぞうさ)をかけたようじゃの」


 なるほどね、だから依頼か…。しかし、依頼で来たとは言えテーブルに同席できるのは扱いで言えば客としての立場で扱われている。


「形式ばかりで中身が(ともな)わぬばかりか人の手数と要する時間ばかり増えよる…。貴族というのも難儀な事が多いのじゃ」


 そう言って笑うラ・フォンテーヌ様の表情は事務的なそれから人間味あるものへ変わっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 貴族とのやり取り、此れからの展開が非常に楽しみです。早く次が読みたいです。
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