第358話 貴族階級からの依頼、受ける?受けない?
領主からの指名依頼が入ったとシルフィさんは言った。しかし、それがなんでイッフォーさんが泣きついてくる事につながるんだろう?
そんな事を思いながらも僕はとりあえずイッフォーさんにその辺の事情を聞いてみる事にした。
……………。
………。
…。
「…そうなの。そんな訳でアタシ、つい嬉しくて奥様に話しちゃったのよ」
イッフォーさんの話をまとめるとこうだ。
この町の領主はハンザ・ツグイ・ナタダ子爵というそうで、町の北東部にあるお屋敷に住んでいるそうだ。イッフォーさんは以前、依頼を通じてナタダ子爵夫妻の知遇を得た。馬が合ったのか、とりわけその奥方様に気に入られてたまに話相手を勤める事もあるらしい。昨日もイッフォーさんは奥様と面会、髪が綺麗になっていると言われ嬉しくなったイッフォーさんは色々と話してしまったらしい。つまりはシャンプーの存在がこの町の領主の奥様の知るところとなった訳だ。
「それでね、アタシったら奥様に髪が綺麗になったと褒められて…。つい嬉しくなってゲンタちゃんの魔法の霊薬たる『しゃんぷー』の事を話しちゃったの。そしたら奥様も大変興味をお持ちになって…」
なるほどねえ…、さもありなん。『オンナはね、綺麗になる事に貪欲なのよォ』とはイッフォーさんの弁、奥様も当然女性だから同じ気持ちになったとて不思議ではない。
「頭を上げて下さい、イッフォーさん。今も昔も東も西も、美しくありたいと願うのは自然な事だと思います。それにネネトルネ商会や昨日はゴクキョウさんのマンタウロ商会と大きな取引をしました。領主様のお耳に達するのもきっと時間の問題だったかと思います」
「ううっ、ゲンタちゃあ〜ん!!ア、アタシィ〜!!」
感極まって涙ぐむイッフォーさんをなだめながら今度はシルフィさんに話を聞いてみる事にした。
「ところでシルフィさん。奥様は僕を指名で依頼されたんですよね?出頭とか召し出しではなく…」
「はい、金貨一枚(10万円相当)の報酬も御提示されていますね。昼過ぎの時間であれば何日後でも良いから是非来て欲しいと…。お茶でも飲みながら見聞を広めたい…ただ、その際は併せて『しゃんぷー』を試してみたいと仰られております」
「ふむ…」
さて、どうしたものだろう。僕はこの異世界での貴族階級というものがどんなものか知らないしなあ…、当然どんな人かも知らないし…。
「アタシがこんな事を言えた義理じゃないんだけど…、出来れば受けてもらえないかしらゲンタちゃん?」
聞いた感じ悪い感じはしないけど…。
「私が知る限り悪い噂は聞いていません。個人的には反対する理由はありませんので受ける受けないはゲンタさんの心一つかと…」
僕の考えていた事を察したのかシルフィさんがそんな助言をしてくれた。でも、僕は礼儀作法とか全く知らないしなあ…大丈夫だろうか?
そのあたりを尋ねるとイッフォーさんもシルフィさんも失礼な態度を取りさえしなければ問題は無いであろうと言う。そもそも貴族階級から見れば大半の人は出自卑しい者ばかり。ましてや冒険者ともなれば経歴不問だ。極端な話、腕っ節ひとつで成り上がった者も多い。そんな者を呼ぼうと言うのだ、初めから礼儀作法など求めていないという事のようだ。…あくまで見苦しくなければという大前提は付くけれども…。
用件としてはシャンプーがお目当てのようだし楽な依頼に思える。しかし金貨一枚(10万円相当)の報酬、ただシャンプー持っておしゃべりというには高すぎる報酬だ…。さて、どうしたものか…。
「…イッフォーさん、少なくとも奥様は僕を冒険者…というか腕が立つとはお考えではないですよね?」
「え、ええ、そうね。冒険者ギルドに所属してるとは伝えたけど…」
そうなるとやっぱり商人というか、興味ある品物を持っている者という認識だろう。それならなんとかなるかな?
「ゲンタさん、不安でしたらギルド側の御目付役として私が同行しましょうか?何があっても…、私はあなたの隣にいますよ」
シルフィさんが同行を申し出てくれた。きっと至らない僕を的確に補佐してくれるだろう。これはとても心強い。
「ありがとうございます、シルフィさ…」
僕はシルフィさんにお礼を言おうとした。しかし、そこでハタと動きを止めた。
(何があっても僕の隣に…、それってどういう意味だ?)
そんか思いが頭を過ぎる。
(これってただのアドバイザー的な意味合いじゃないんじゃないか?過分な報酬、貴族階級との接触、もしかするとシルフィさんは万が一の際には生きるも死ぬも一緒だと言ってくれてる気がする)
シルフィさんは僕をまっすぐに見つめている、その相貌はいつもの冷静美人。だけど僕を大切に思ってくれている情の深い人。
「ついてきて下さい、シルフィさん。僕と一緒に」
「…はい!」
シルフィさんが力強く頷く。こうして僕は子爵夫人からの依頼を受ける事にした。三日後にシルフィさんを伴って訪問をさせて欲しいと申し出たところ、その日のうちに先方から承諾の返答を得た。
せっかく与えられた猶予、有効利用しないとな…。そんな事を思いながら僕は子爵邸への訪問に備えるのだった。