第357話 おネエさん、シャンプーを使う。
「俺はクーゴだ…。よろしく頼む」
イッフォーさんの相棒の方が口数少なく自己紹介した。
「改めまして、ゲンタです。いつも御贔屓いただいてありがとうございます。まあ、立ち話もなんですから…」
そう言って僕は二人をテーブルに誘った。向かい側に座った二人に緑茶を注いだ。改めて二人の名を知った訳だが、正直そこまでキャラクターが分かっていた訳ではなかった。
イッフォーさんは人族、クーゴさんは獣人族の冒険者だ。クーゴさんは狐獣人族という種族で狐耳と尻尾を隠すようにはしていない。それとこの人イケボだわ…。女性ファンが多く発生しそうな感じ、逃げちゃ駄目だとか言って欲しい。
一方のイッフォーさん、こちらは前髪をブローさせたかのように立たせた髪型だ。今まで気づかなかったが、こうして話してみて初めてイッフォーさんがおネエさんという事が分かった。今までは単純にどちらかと言えば軽装と言える装備に身を包んだ戦士…みたいに思っていたのだ。
と言うのも二人とも使い込まれた革製の鎧を着ているが、なんだか金属のように硬そうな感じがする。ああ、これはもしかすると硬革という奴か…、皮革を特殊処理して硬度を持たせたもの…。平成前半くらいまでのファンタジー小説なんかだとよく出てくる素材だね。
最近のファンタジーはやれオリハルコンだとか、なんとかドラゴンの鱗だとか単純に素材を説明しただけのざっくりした設定の装備の描写が多いからなあ。硬革鎧を登場させる作品なんて中々無いよなあ。
僕はそんな事を考えながらイッフォーさんと話をしていった。
……………。
………。
…。
翌日…、僕はスーパーで買ってきたシャンプーを手に冒険者ギルドにいた。早朝のパン販売を終え今はいつものテーブルにいる。
「こ、これが『しゃんぷー』…」
冒険者ギルドの中で再びイッフォーさんと話した僕はお求めのシャンプーを渡した。カスタネットほどの大きさの蜆(しじみの事)の貝殻に入ったシャンプーを見て嬉しそうに呟いた。
「ああ、一刻も早く使ってみたいわぁ!!今すぐにでも!」
「じゃあ、使ってみましょう。裏庭でなら問題無さそうですし」
裏庭に移動し排水路代わりの溝の上でイッフォーさんは頭を垂れ髪を洗う姿勢をとる。
「まずはお湯で髪を湿らせて軽く洗って下さい、それから手でシャンプーを泡立てて…」
火精霊のホムラ、水精霊のセラの力により生み出された入浴に適した温度になっているお湯が盥になみなみと張られている。それを手桶に汲み頭にかけてイッフォーさんが予洗にかかる。
「そろそろ良いかしらね…」
そう言って両手の平でシャンプーを軽く泡立てシャカシャカと音を立て髪を洗い始めた。
「こっ、これよォォ〜ッ!」
いきなりイッフォーさんが叫び出す。
「この花のような香り…。ああ、鼻の奥にビンビン来るわァ!それにこの指通り、洗うたびにどんどん滑らかにィィィッ!!」
白い泡を盛んに立てて一心不乱に髪を洗うイッフォーさん。
「気に入ってもらって何よりです」
「うん!うん!アタシ、嬉しいのォォ!オンナはね、綺麗になる事に貪欲なのよォォ!アタシ、幸せェ!」
そして頃合いを見計らってイッフォーさんは泡を洗い流すと手早く髪を布で拭いた。
「こんな感じに仕上がってますよ」
そう言って僕は百円ショップで買ったコピー用紙で言う所のB5サイズの鏡を取り出した。三百円コーナーにあった物だ。
「こ、これが…アタシ…?」
鏡に映る自分の姿を見てイッフォーさんは目を見開く。軽く右を向いたり左を向いたり、様々な角度から自分の姿をチェックしているようだ。
「きゃあああん!!最ッ高!!アタシったら最高よォォ!!」
自分の体を抱きしめながら歓喜の声を上げる。
「こういうの欲しかったのよォォ!ほら、アタシって冒険者でしょ?生活も不規則だし、お手入れも中々出来ないから髪がいたむの。それがこんなにツヤツヤになるなんて…」
どうやら大変気に入ってもらえたようだ。
「ありがとね、ゲンタちゃん。昨日のミケちゃんの髪を洗うところを見てコレだと思ったアタシのカン、やっぱり間違ってなかったわぁ!」
……………。
………。
…。
数日後。
「ゲ、ゲンタちゃあああんッ!!」
冒険者ギルドでイッフォーさんが突然泣きついてきた。
「ど、どうしたんですか?イッフォーさん」
「アタシ…、アタシィ…」
どうしたんだろう?何かあったんだろうか。
「ゲンタさん」
シルフィさんがやってくる。
「指名依頼がありました。依頼主は…、この町の領主様です」