第356話 おねえさんがあらわれた!
「そのままで良い、聞いてくれ!二度は言わねえからな!」
「「「「う〜す…」」」」
ギルドマスターのグライトさんが冒険者たちに呼びかける。広場での催し事…大販売会の翌朝、夜を徹しての打ち上げにより冒険者ギルド内はどよんとした雰囲気に包まれていた。
二日酔い、徹夜明けの疲労、あれやこれやで多くの冒険者たちが使い物にならないような状態である。元気なのは酒に強いドワーフの皆さんやグライトさんにナジナさんなど。ウォズマさんはご家庭もあるので途中で抜けたしエルフの皆さんは酒量をセーブし紅茶などを飲んでいたから二日酔いにはなっていない。ちなみにエルフの皆さんは頑張れば十日くらい徹夜しても問題ないらしい。
だけどそんな状態ではちゃんと稼げないのではと思う人がいるかも知れないが、そこは心配いらない。それと言うのも…。
「よーし、それじゃ昨日の報酬を支払う。俺と受付三人の前にそれぞれの役目別に並んでくれ。俺は会場全体の警備の者、シルフィにはステージ警備の者、フェミのとこは『かれー』と『たいやき』の屋台関係、マニィはそれ以外の屋台関係だ」
そう言うとぞろぞろと冒険者たちが四列に分かれて並ぶ。その報酬は役割によって少し額が違うが誰もが銀片12枚以上(1万2000円以上に相当)にした。この異世界では人数にもよるがひと家族がだいたい十万円くらいで暮らしていける。冒険者は宿屋暮らしの人が多いので生活費は一概には比べられないが、単身者だし日割り計算的に考えれば少なくとも二日分の稼ぎにはなる。
丸一日拘束した労働時間であったが、食事付きでおまけに酒までついてくる。その食事も石と言われるような固いパンと薄い塩水のようなスープではなく日本で食べるようなしっかりと味付けがされたもの。日本人の感覚で言えば、異世界の一般的な食事は固くなった冷飯に温めた塩水をかけて食べるような感じだろうか。一方で僕が提供する食事は火精霊と水精霊の協力もあり温かいカレーやマオンさんのふっくらしたパン、その他に様々な品目があり雑味の無い酒が振る舞われる。
「凄えご馳走に美味い酒までついて…、こんな仕事は他には無えぜ!」
そんな事を言っていた冒険者の人がいたのでかなり満足のいく労働条件に感じてもらえたようだ。そんな訳で今日は働かなくてもそれなりの金額が懐に入った冒険者たちは無理をしなくても良い訳で、休養日にしている人が多いようだ。
冒険者たちへの報酬の支払いを見届けると町の南門へ…、
「ゴクキョウさん、昨日はありがとうございました」
「おお、ゲンタはん!見送りに来てくれはったんか!」
1億円を超える購入をしてくれたゴクキョウさんを見送る為である。護衛につくのはフィロスさん、そしてエルフの姉弟パーティ。戦闘力はもちろん精霊魔法を駆使して襲撃を早い段階で察知、対策を立てるそうだ。いわゆる『殺られる前に殺れ』である。これだけの品を仕入れた事は嫌でも噂になっているだろう。荷馬車を襲う事を考える不届き者がいたっておかしくはない。これだけの荷を積んでいるのだから手練れの護衛をつけているのは容易に予想出来る、しかし『これだけのお宝を前にして命なんて惜しくねえや』と考える愚か者がいてもおかしくはない。
「まあ…、そんな輩がいたら…フフ。後悔させてやりますけどね…。いえ、むしろバッチこい!殺ってやりますよ…」
目に見えるほど黒い魔力をまとわせてフィロスさんが呟く。
「お姉ちゃん、ちょっとご機嫌ナナメなの」
こそっと近くに来たロヒューメさんが僕に言った。
「どうして?」
「昨日、紅鮒団でカップル成立した人たちいたでしょ?」
「うん」
「それに…」
「ん?」
何やら少し言い辛そう。
「ゲンタさんが…モテモテだったでしょ?シルフィお姉ちゃんたちに兎獣人族の人たちとか歌姫さんとか…、あんな小っちゃな子まで…。だんなさまとか言われてたし…」
「あ〜」
そう言えばそんな僕たちの様子をハンカチ噛みながら見てたような…。ま、まさかそれで…。
「うん。お姉ちゃん…いつでも暗黒面に行けるよ、多分」
「うわあ…」
「でも、あれぐらい簡単に行けたら良いのになあ…」
「え?」
「お嫁に…」
ロヒューメさん、それを言っちゃあ…。
□
ゴクキョウさんを見送り、再び冒険者ギルドへ。時計のように正確な時刻で言えば午前八時過ぎだ。
「昨日はありがとうございました」
次に会ったのは猫獣人族ゴロナーゴさんら鳶職の皆さんと、その奥様方。鳶職の皆さんには広場の色々な設営、奥様方には昼以降のカレー屋台の調理補助を担当してもらった。作ったそばから売れていくカレーを品切れさせないようにとにかく作り続ける事が大事だ。そこでゴロナーゴさんの奥さんであるオタエさんとその友人の皆様方に御出馬願った…そんな訳で…。
他にも手伝いをしてくれた孤児院の子供たちへの日当も払い、昨日の一連の催し事の精算は終わった。一息つこうとギルド内の一角でマオンさんと緑茶を飲んでいると声がかかった。
「ちょっと良いかしら?」
そこには二人組の冒険者の姿が。名前は知らないけどよくパンを買ってくれる常連さんだ。
「はい、なんでしょう?」
「実はね!アタシ、昨日坊やちゃんが売っていた『しゃんぷー』?アレに興味シンシンなの!ねえ、まだ残っていたらアタシにも売ってくれない?昨日は警備してたでしょ、お仕事中だからさすがに持ち場を離れる訳にいかなくてぇ…買いそびれちゃったのよぉ!だからね、アタシ昨日は大人しく良い子にして日を改めた今日お願いしようと思ってぇ…」
足をモジモジさせながらその人は事情を説明してくれた。
「あ!ヤダ、アタシったら!まだ名前も言ってなかったわね、もうアタシのバカ!アタシ、イッフォーって言うの!坊やちゃんのパン、美味しいからよく買ってるけど…この顔見覚えあるかしらン?」
自分の頭を軽く拳でコツンとやりながら自己紹介、名前こそ知らなかったがもちろん顔は覚えていた。
「あ、ハイ!もちろん、いつもパンを買っていただいてますし!おネエさんの事は当然覚えてますよ!」
し、しまったあァァァァッ!ど、動揺してつい発音がおかしくなってしまったあ!!
「おねえ…さん…?」
ぴくり…、その人…イッフォーさんの片眉が痙攣するように動いた。ま、まずい、怒らせてしまったか!?
「きゃああああんっ!!ねぇ、ちょっと今の聞いた?お姉さんよ、お姉さん!このコ、分かってる!分かってるわぁ!アタシがオンナだってちゃんと分かってるゥゥ!」
「…良かったな」
隣にいる相棒の方だろうか、その人の背中をバンバンと叩きながらイッフォーさんは大喜びしている。
そう、僕に声をかけてきた『おねえさん』は男の人だったのです。
新キャラです。
アルファベットで書くと『IFFO』さんです。
ハイ、それだけです。
次回もご奉仕、ご奉仕ィ!