第355話 胸に秘めた爆弾。(終編)(ざまあ回)
これにて今章は終わりです。
次はどうしようかな…。
「わははははっ!乾杯〜!!」
今日何度目だろうか、乾杯の声がする。それもあちこちから…。一日働いた達成感や用意した酒や料理が喜ばれているのが分かりホッとする。
最初の乾杯からある程度の時間が過ぎ、宴に参加する皆さんの腹も膨れ酒が回ってきているのが感じられる。サクヤたち精霊のみんなも甘いものを大喜びで頬張っている。頃合かな…、そんな感じがした。
「さて、皆さん」
風の精霊の力を借りて僕は広場にいる皆さんに声をかけた。
「夜空を借りて少し出し物をします。少し皆さんの手元が暗くなりますが楽しんで下さいね」
そう言って僕は光精霊たちに明かりの力を弱めてもらう、手元や足元を見るのに不便がない程度に…。何が始めるのか、周囲からはそんなざわめきが起こる。
「皆さん、川の真上あたりをご覧下さい。ホムラ、お願い」
ひゅ〜……ぱあぁぁ〜ん!!!ぱらぱらぱら…。
「おわぁ!!な、なんだありゃあ!!」
夜空に咲いた大きな打ち上げ花火、それに驚いた誰かの声がする。およそ十万円分、買い込んだものを今こうして使ってる。
「綺麗やな」
「ふむ、風流な…」
ゴクキョウさん、ザンユウさんが感想を述べた。
「ほっほっ。建物内では厳しいでしょうがこういった野外でステージをする際には演出にも一役買いそうですな」
「そ、それや!ヒョイはん、それ貰たで!」
しゅっ!…ぱあぁぁんっ!
しゅしゅしゅしゅしゅっ!!ぱぱぱぱぱあぁぁんっ!!
「こら売れる!人が集まる!これだけを見にこの町に来る者もおるやろ。これに以前に見せてもろた一豊石を使た蒸風呂とか『しゃんぷー』を組み合わせたら誰にも負けへん宿屋が出来る!ゲンタはん、あんさんやっぱり宿屋やりまひょ!あんさんならこの国…、いや大陸一の商人になれるで!」
がしっ!
大小様々な花火が乱れ飛ぶ中、ゴクキョウさんが僕の手をがっしりと掴む。
「だめっ!」
僕のすぐ横にいたアリスちゃんが僕にしがみついた。
「ゲンタは私の!どこにもやらない!」
「ふ、ふふふっ!大丈夫や、嬢ちゃん!」
ゴクキョウさんが微笑みかけた。
「なにもゲンタはんをどっかに連れて行こ言うこっちゃないで。このまま…このままこの町で商売してもらうんや。だから嬢ちゃんが嫁になる邪魔はせえへんで」
「ほんとう?」
「ああ、ホンマや」
「なら良い」
アリスちゃんは納得してくれたが離れようとしない。
「でも結婚は私たちの方が先ですよぅ」
フェミさんが言うとマニィさんとシルフィさんが頷いた。
「じゃあ私たちも〜」
「私もですよ、だんなさま」
「儂もあと何十年か若ければねえ…」
ミミさんたちやメルジーナさん、そこに悪ふざけをするような感じでマオンさんまでもが話に加わってくる。
「うわ〜ん、だめ〜!!」
アリスちゃんがいっそう強く僕の胸元にしがみついた。それを見て周りからは大きな笑い声が上がった。視界の隅でフィロスさんがハンカチを噛みながら『うう…、結婚』と嘆いていたが…見なかった事にしよう。
あれ?そう言えば胸元に抱きつかれたけど胸ポケットにいたカグヤの感触がない。チラッと見たがやはりいない、きっとサクヤたちと甘いものを食べているのかな。
こうして打ち上げも無事に終わった。盛り上がった僕たちはそのままヒョイさんが営む社交場に。貸し切りでそのまま夜通し宴を続けた。四億近い稼ぎがあったのだから溜め込むだけではミーンに金が回らない。なので少しは使おうと思った事もあった。そうして夜は更けていった。
□
時は少し戻って、広場で花火が打ち上がり始めた頃…。
商業ギルドのマスターであるハンガスは自邸に逃げ帰り自室に引きこもっていた。浴びるように酒を飲み憂さを晴らそうとする。
「クソがッ!クソがッ!」
口から出るのは恨み節ばかり。
「旦那様、商業ギルドのお歴々(れきれき)が…」
手代が室外から来訪者の到来を告げた。
「ああン?なんだ、俺様に文句でもあるってのか?夜に訪ねてくるなんざ失礼な奴らだぜ」
不機嫌だったハンガスは酔いも手伝い商業ギルドの幹部たちを追い返してやろうと店の前に出た。すると口々にハンガスへの非難の声、馬鹿な対応さえしなければ今頃大儲けしてた頃なのに…そんな身勝手な事を言ってくる。幸いにも冒険者たちは逃げた自分を追いかけてまで報復はしないという事を聞かされ気が大きくなったハンガスはこいつらを追い返してやろうと一歩前に進み出た。
『私はお前を許さない』
そんな声が聞こえた。
「だ、誰だ!今、俺様を許さないと言ったのはッ!!」
ハンガスは周りにいる商人たちを怒鳴りつけた。しかし、周りの商人たちはキョトンとしている。
『たとえ逃げても許さない』
「だっ、誰だ!?許さねえとか!前に出て物を言えッ!」
ハンガスは唾を飛ばして激昂する。
「お、おいハンガス氏。大丈夫か、誰も何も言ってないぞ」
「悪酔いしているのか?」
そんなハンガスの様子に周りの商人たちは半ば呆れている。
『だから報いを受けさせる』
「報いだと!?…グガアッ!」
突如ハンガスは膝から崩れ前のめりに倒れた。体が言う事を聞かない、受け身も取れず地面に顔面を強打する。
「どうした?飲み過ぎだろ、ハンガス氏」
『まだ終わりじゃない。まだまだこれから』
両膝と顎先だけを地面に着けたハンガスにそんな声がする。痛みで少し感覚が鋭くなったのか声の主は随分と幼い、少女のようなものである事に気づく。
しかしそれもつかの間、四つん這いならぬ三つん這いとでも言おうか…とにかくその体勢でいたハンガスだが今度は勝手に両腕が動き出した。
『仕返し…』
両腕が以前、ギリアムがゲンタとマオンにそうしたように捻り上げられていく…。これ以上曲がらない、そこに至ると後は苦痛を生んでくる。
「ぐわっ!い、痛てててっ!や、やめろ!ゴガアァァッ!!」
「何をしているんだ?痛いならやめれば良いだけじゃないか」
まるでここにはいない誰かに向かって文句を言っているようなハンガスに商人たちは不審がる。
『痛い?でもここから、ここから倍にして痛めつける』
抑揚のない、およそ感情というものが感じられない声の主。あるのはただ事務的な、自分への処分を告げるだけの声。ハンガスはそれにどこまでも続く深い深い闇のような恐ろしさを感じていた。その間にも腕は捻り上げられる、いよいよハンガスの洩らす呻き声が大きく切迫したものになっていく。
『終わり』
大きな音がした。
それは大きく、そして鈍く低い音だった。同時にハンガスの一際大きな声が響いた。両肩の骨が外れたのだろう。そして次の瞬間には糸が切れた操り人形のようにだらりとその両腕は力無く垂れ下がった、不自然な曲がり方をしている。苦痛に耐えられなかったのかハンガスは泡を吹き気を失っていた。
後に残された商人たちは言葉もない。神罰か…、不意に誰かが言った。その言葉に商人たちは慌てふためく。次に自分に神罰が下ったら…それを恐れ彼らは慌ててハンガスから離れその場から逃げ出していく。後に残ったのは壊れた人形のようになったハンガスとそれを介抱しようとする店の使用人たちだけ…。
くすっ…。
ハンガスの頭から抜け出てきた小さな黒髪の少女が静かに呟く。
『神じゃない。…私は闇精霊』
これにて今章は終わりです。
次回より新章開始。
次回、『おねえさんがあらわれた』。
新たな章でもご奉仕、ご奉仕ィ!




