第354話 胸に秘めた爆弾。(後編)(ざまあ回)
「戻ったぞい!」
ハンガスからの賠償金を受け取ったところにガントンさんたちが広場に帰ってきた。ハンガスが手代に金を取りに行かせている間にマオンさん宅に旗竿にした支柱や旗、今日はもう出番のない荷車などを持ち帰ってもらっていたのだ。
賠償金を受け取り、引き出しの付いた荷車にしまいこんでいると僕に声をかけてくる者がいた。商業ギルドの連中だ。
「アンタ、元々は商業ギルドに加入希望だったんだろう?だったら今からでも入らないか?アンタなら今すぐ幹部の席に座れる!」
「そうだ、それが良い!ギルド加入者同士なら品物の売買に手数料はかからない!それにこの広場などの催し事でも手数料がかからない!」
「そうすれば我々のような長いこと商売をやってきた者とつながりを得られる、ありがたい助言などもしてやれるぞ!それに商品も融通してやれる、ちょうど我々にはおすすめの品々が…」
「それにアンタの品物があれば我々も王都やれ商都で一儲け出来る!同じ町の者同士、そこは勉強した仕入れ値で入れてくれるんだよな?」
「ちなみに零細である辻売以外のギルド加入者は収入の二割が税金になる!だから今日稼いだ金貨4万枚弱のうち二割はさっそく納入してくれ!」
口々に自分勝手な事をまくし立てる商業ギルドの面々。
「商業ギルドに入る利点、どこにあるんです?」
思わず僕は吐き捨てるように連中に向かって口を開いていた。
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「ん、聞いていなかったのか?今言ったばかりだろう。仕方ないな、もう一度言ってやるからありがたく聞きたまえ」
ついつい口をついて出た連中への問いかけ、奴等はそれに上からの物言いで返してきた。
「その必要は無い」
「な、なんだと!」
「その必要はないと言ったんだ」
ついイライラしてだんだんと僕の返答する口調が早まり、熱がこもっていく。
「黙って聞いてれば勝手な事ばかり…。なんの利点があると言うのさ?そもそもそこのハンガスはパンを売る店であると同時に小麦や黒麦など穀物の問屋でもある。こちらに小麦が入らないようにわざと小麦の販売を止めていたじゃないか?もっとも、その品質は味も香りもこちらの方が上質なものを用意したから無意味だったけどね」
まずはパンについてハンガスに向けて言ってやった、さらに言葉を続ける。
「それに品揃えについてはあなたがたも同じだと思いますけどね」
「ど、どういう事だ!?」
連中の問いに僕はわざとらしくため息をつきながら僕は返答する。
「はあ…分からないんですか?今日の一番最初、そっちが用意したものと僕が用意したもの…どちらがゴクキョウさんに買っていただいたかは覚えていますよね?」
ぐるり…、僕は連中を見回しながら言った。
「せやな…、てんで比べ物にならへんかったで…」
呟くようにゴクキョウさんが今日最初の取り引きの感想を述べた。
「そう…、こちらはあなたがたの品を仕入れずとも自前でより良い品を用意できる…。つまりそっちからあえて何か買う必要はないという事だ」
「「「あ、ああ…」」」
商人たちは言葉もない。
「助言についても同じかな。商業ギルドのお偉方でしたっけ?僕は商売を始めてまだ二月にもならない駆け出しだけど品揃えもお客さんの入りも大差をつけたと自負している。こんな素人同然の短い経歴しかない僕にいいようにやられているあなた方からどんなありがたい助言を得ると言うの?まさか『俺みたいになるな』とか言うつもりではないよね?」
「ぐぐう…」
「それを勉強して安く売れ?それをアンタらは商都で売って一儲け?嫌なこった」
両手を開きやれやれと言った感じで苦笑して見せた。
「そもそも商都への商売はゴクキョウさんがいらっしゃる…お偉方のアンタたちに売るものは無いね。そう言えばありがたい話はゴクキョウさんのような方から学びたい、何気ない会話の中にも商人の心構えが詰まってる。やっぱりお呼びじゃないんだよ、アンタたち」
「わ、我々が…お呼びで…ない…」
「それと最後に商業ギルドそのものについて。加入してない僕たちでもここにいる皆さんの力を借りて大成功できた、ギルド総出のアンタ方とは違ってね。それに何の役にも立たない商業ギルドに加入しても会費と税金を抜かれるだけ…。まさに百害あって一利なし。ギルド加入の商人…確かに信用を得られるのかも知れないけどさ、お客さんはそんなものより良いものを選ぶ…ただそれだけの事だよね」
「ああ、確かにそれじゃ商業ギルドに加入する方が損だね」
「そういう事ですね、お婆ちゃん」
そんな風に僕はマオンさんと頷き合う。
「それにね、個人的にも商業ギルドとは取り引きなんかしたくない。アンタら昨日の冒険者ギルドでの態度を思い出しなよ、随分と馬鹿にした態度を取ってくれたじゃない。そんな相手の利益になるような事すると思う?お断りだよ、お断り!お、こ、と、わ、り!!」
最後は『お断り』というフレーズを一音ずつ一本だけ立てた人差し指を右に左にと動かしながらゆっくりと言ってやった。きっといつか見たドラマの影響だろう。
「ク、クソ…」
「お帰りはあちら」
そう言って僕は広場の出口を指し示した。商人たちの顔が憎悪に歪む。しかし彼らの恨みをそのまま買うと言うのも面白くない。何かその恨みを逸らす方法はないか…そう考えていた時…。
「さて、それじゃその男の体で落とし前をつける時間だな」
ナジナさんがボキボキと鳴らしながら指を地面に転がしたハンガスにそんな一言を言った。
「な、なんでだ!?か、金なら払っただろうが!!」
「それは本来稼ぐはずだった兄ちゃんの売り上げ…、つまりお前がつけたのは商人としての落とし前だ。だが、俺たちは冒険者だ…やられたら倍にしてやり返す。こっからは冒険者としての落とし前だ、…覚悟するんだな」
「フ、フヒィィィィッ!!」
それを聞いてまったくもって無様な格好でハンガスが逃げ出した。
「逃がさないよ、『下肢拘束の蔓状植物』!」
近くにいたロヒューメさんがハンガスを逃走させないように植物の蔓で縛りつける魔法を放とうとした。彼女の足元の地面からボコッボコッと蛇のように蠢く蔓が顔を出した。
「ロヒューメさん、待った」
僕は彼女を制止する。
「え、なんで止めるの?」
「正直、あんな無様に逃げてる奴を捕まえて制裁を加えると弱い者いじめに見えるかも知れません。悪くすれば皆さんのお名前に疵をつけかねません。他日もしヤツに出会したら…その時はお願いします。…それにね、あんなヤツを相手にしてもつまらないじゃないですか?何と言っても今日は一方的な完勝と言っても良い勝ちっぷりです」
僕は今日の商売に力を貸してくれた冒険者の皆さんやヒョイさんら社交場の皆さん、設備の設営など加わったゴロナーゴさんたちに売り子として頑張ってくれた孤児院の子供たち…彼らに向き直った。
「皆さん、今日はありがとうございました!おかげさまで望外の結果となり喜びにたえません。後は我々が楽しむ番です、…そう!こっからは打ち上げだあ!」
右拳を上げて彼らに向けて宣言すると鬨の声のような大きな声が上がった。
「皆さんを待っている酒や料理はあそこだ!!」
僕がビシッと効果音が付きそうな感じで広場の一角を指差すと光精霊サクヤによって大きな酒樽や沢山の料理が浮かび上がった。
「さあ、こっからは我々が楽しむ番だァ!思う存分飲み食いして下さい!もちろん無料だ、腹いっぱい飲んで食べて喜びを分かち合いましょう!」
うおおおおっ!!
歓声と共に彼らは酒や料理に向かった。
「バ、バカな…」
「あ、あれだけの商売をした上でまだこんなものを用意していたというのか…」
「か、勝てる相手じゃねえ…」
そんな呟くような声が聞こえてきた。
「ああ…、まだいたんですか」
僕はまだその場にいた商業ギルドの連中に声をかけた。そうだ、せっかくなら利用させてもらおう。…ハンガスの事を。
「それにしても残念ですね、皆さん」
「「「「………?」」」」
商人たちが顔に疑問符を浮かべる。
「先月の一日。僕たちが商業ギルドに行った時、ハンガスが短慮を起こさず僕たちと良好な関係を築けていたら…。ギリアムが僕たちを痛めつけていなかったら…」
僕はため息を吐きながらヤレヤレと首を振ってみせる、自分だったら…そんな事を言外に匂わす。
「あの輪の中にいたのはあなたたちだったのに」
「「「「ッ!!!」」」」
面白いほど商業ギルドの連中は反応した。
「もし売り上げが山分け、なんて事になってたら今日一日で…。そうですね、仮に十人で山分けしたなら金貨で四百枚弱(四千万円弱)ですか…。皆さん大儲けの機会逃しましたね、残念だ」
「くっ!!」
さすがに腐っても商人だ、利益には目ざとい。品物は僕が用意したんだから売り上げを山分けするなんて事はあり得ない。しかし話を分かりやすく、僕からハンガスたちに目を向けさせる為に聞こえの良い事を言っておく。
ハンガスのせいで…ギリアムのせいで…、そう思ってくれたなら良いなと思い焚き付けてみたがどうやら効果があったようだ。その視線は僕ではなく、今ここにいないハンガスに向けている…そんな印象を受ける。
ぎゅっ。
「んっ?」
足に誰かがしがみついてくる感触がしたので視線を向けると、そこには子供用メイド服を着た小さな頬を膨らませたアリスちゃん。
「ゲンタ、今日かまってくれなかった」
どうやら小さな姫君は不満を抱いているらしい。
「ゲンタ」
「だんなさま」
気に入ったのかステージ衣装である制服ファッションのミミさんたち兎獣人族の皆さんやメルさん、シルフィさんたちも僕を見つめている。
「おおい、坊や!婆さん!早く来てくれよ!主役が来ねえと俺たち始めらんねえよ!!」
遠くからそんな声がする。
「行こうかね、ゲンタ」
「はい、マオンさん」
僕たちは今日一日を共に戦った仲間たちの元に向かった。町の皆さんに楽しんでもらった広場だが、今からは僕たちが楽しむ為の場所になる。
「それじゃ、乾杯!!」
輪の中に加わった僕は木製のコップを高々と掲げて宴の開始を告げた。その掲げたコップの先、広がっている夜空には日本では見られないようなたくさんの星が瞬いていた。
本来はここでまとまるはずだったんですが長くなってしまいました。あとちょっと、あとちょっとだけ続くんじゃ。
次回、『胸に秘めた爆弾』(終編)。お楽しみに。