第353話 胸に秘めた爆弾。(中編)(ざまあ回)
商都…大阪のイメージ。特に戦国時代の堺のイメージです。
王都…江戸、または鎌倉のイメージです。
ミーン…山梨県あたりのイメージです。
距離や位置関係は少し違いますけど…。
「ゲンタはん、あの昼過ぎに出していた『しゃんぷー』…、アレ売ってもらえまへんやろか?」
「もちろんです、では追加のご購入という事で…。荷運びの途中で漏れたりしてはいけませんから石木の小樽に入れてお渡ししますね。これなら石と変わりませんから匂い移りとかもないでしょうし…」
「おおきに。酒の中にはその樽に木の香りを染み込ませるモンもあるが、今回はそうなったらアカンからな。それにしてもこら売れるで…。商都ならすぐに売り切れてまうやろ」
「では、一樽につき百回分より少し多く入っています。根こそぎ移し替える事ができるとすればだいたい百十回分くらいですかね」
「ほなら、それが十一樽。ざっと千百回分やな」
「はい。今回はまとめて買っていただいているので、一樽あたり百回分相当の分量として販売させていただきます。合計千百回分…一回分につき白銅貨五枚(日本円で五百円相当)でお分けしますので全部で銀貨五十五枚(日本円で五十五万円相当)でのお渡しになります」
「よっしゃ、商談成立や!これで仰山稼いだるでえ!」
「ありがとうございます。シルフィさん、シャンプーを十一樽お買い上げいただきました。売り上げは銀貨五十五枚、追加の記帳をお願いします」
「はい、新たに書き加えます」
見た目も中身もデキる女といった感じのシルフィさんがサラサラとルーズリーフに商品名と売り上げ金額を書き込んでいく。
「ああ…、そんな。ここにきてさらに売り上げが増えるなんて」
商業ギルドの連中が青い顔をして何か言っている。
「姉御、こっちの金勘定は終わったぜ!」
マニィさんやフェミさん、マオンさんたちが硬貨を五十枚ずつの束にして固定するガントンさんたちが作ってくれた木工細工を使って売り上げ金を分かりやすく並べてくれている。
「分かりました、項目と金額を順に伝えて下さい」
「まず酒を売った『じはんき』の機巧からは白銅貨が1万8115枚(181万1500円相当)、『かれー』は白銅貨にして23万440枚(2304万4000円相当)だな」
「こっちはぁ『たいやき』が完売でぇ白銅貨が6000枚丁度ぉ(60万円相当)…、衣服も完売でぇ銀片で6396枚(639万6000円相当)だよぉ!」
マニィさん、フェミさんがそれぞれの金額を伝える。
「儂たちの方はねえ…」
続いてはマオンさん。こちらはイベント終了後のパン販売の売り上げを勘定している。しかしカレーパンをはじめとして三種類のパンを売ったのでマオンさんだけでなくエルフの姉弟たちのパーティが手伝ってくれている。その結果、三種類合算で白銅貨換算で2万800枚余り(208万円超)になった。
それとゴロナーゴさんたち獣人族の皆さんに出したおでんと酒は一人銀片三枚(銀片は一枚千円相当)で450人余りが参加したから売り上げは135万円余り…。そこに町衆の皆さんに小売りしたシャンプーの売り上げを加え、さらにミミさんたちやメルジーナさんのコンサートのチケット代…これは出演者側のヒョイオ・ヒョイさんが7で僕が3の割合で売り上げの分配が行われ僕は20万円余りの収入を得た。僕としては一割でも問題ないと考えていたが、今回のようなステージ演出や楽曲などこれからも監修してほしいとヒョイさん側からの希望があり『今後とも良いお付き合いを…』という意味でも今回の取り分となった。
「それでさあ…姉御、最終的にいくらになったの?」
お役御免とばかりにすっかり気に入った緑茶を飲みながらマニィさんがそんな声をかけた。
「金貨1315枚と銀貨9枚、それと白銅貨25枚ですね」
ざわっ!!
商業ギルドの連中だけでなく冒険者の皆さんからもどよめきが起こった。
「…っ!!と、となると…う、売り上げを日本円に直したら…」
き、金貨が…い、一枚10万円になるんだから…。あまりの金額にどうにかなってしまわないようにあえて考えないようにしておいたけど…お、億超えてる…。い、1億3159万2500円…?す、凄い…、一流のプロ野球選手みたいな稼ぎだ!
しかもこの売り上げには税金がかからない。と言うのも広場に店を出す商業ギルドに支払った参加手数料が税金代わりでもあるのだ。したがって何かさっ引かれるという事はない。
「き…」
ハンガスが一言…、いや一音だけ声を発した。
「き、きききき…、金貨1315枚だとぉ…」
愕然とした表情で呟いている。
「そう言えば…」
僕はゆっくりとヤツに向き直った。
「今日一日の売り上げの倍額を先日の補償金として支払う…だったよね?」
「バ、バカ言ってンじゃねえ!い、一日の売り上げが金貨千枚超えなんて話があってたまるかッ!し、知らねえッ、そんな話知らねえぞッ!!」
ハンガスが開き直った。
「ほぉ…。聞いたか、ウォズマよぉ?」
「ああ、聞いた。この男。すっとぼけるつもりのようだな…相棒」
逃がさないように早くもナジナさんたちはハンガスの近くに居場所を移している。
「やられたら倍にして返す…それが冒険者の流儀だ。払えねえってんなら仕方ねえ、金貨の枚数分…倍にしてやられたのを返してやるか。ウォズマ、金貨何枚だったっけか?」
「1315枚だ。…つまり」
「1315倍にしてこの兄ちゃんの恨み、その身体で晴らさせてもらう事にするかァ!」
ナジナさんが芝居がかった口調で凄んだ。
「ヒ、ヒイイッ!」
「ま、待て!それは横暴だ!」
「そうだ!無茶苦茶だぞ!」
ナジナさんたちの迫力に怯えるハンガス、そして抗議の声を上げる商業ギルドの幹部に名を連ねる商人たち。
「あんさんら何を眠たい事言っとるんや!ワイはしっかりこの耳で聞いたでえ!昨日、冒険者ギルドで今日の売上の倍額を払う言うとったんを。それを反故にする言うんならワイも黙ってへん!今後一切ミーンの商人とは取引せんで!」
ゴクキョウさんが強い口調で商業ギルドの連中を糾弾する。
「それだけやない!ここの商業ギルドはすぐに約束を反故にする…せやさかい品物納めても、いざ銭払う際には払わへんと言い出す悪党やと周りの町や村にも触れ回ったる!もちろん商都にもや!」
「そ、そんな!それでは荷が入って来なくなってしまう!」
「仕入れ代金を払わないなんて事はない!あくまでその小僧への金と言うだけで…」
「同じ事やないかい!払うモン払わンとよくもぬけぬけと言うたモンや!ええやろ、それが商業ギルドの総意やっちゅうんなら…。あんさんら、その1315倍の仕返しを全員で受けたらどうや!?」
「「「「えっ?」」」」
間の抜けた顔で商業ギルドの連中が声を洩らした。
「一人の身体に1315倍の仕返しなんぞしたらそこの『じぶたれもん(出来損ないの事)』、骨もよう残らん粉みたいになってまうやろ。だからあんさんらがみんなでその責を負うんや。見たトコ十数人おるんや、みんなで分割して受ければ百倍ちょっと…それなら骨も原型くらいとどめられるかも知れへんで。どないや!?」
「い、いや我々は…」
「言い出したのは組合長ですし…」
「そ、そうですよっ。ハンガス氏の言った事です!」
商人たちはすぐにハンガス擁護の立場から一転する、中には物理的な距離を取ろうとハンガスから一歩二歩と離れていく。
「さて、と…。あとはあんさんの心一つやで」
ゴクキョウさんがハンガスに向かって言い放った。孤立無援、もはやハンガスを助けようとする者は誰もいない。
「わ、分かった!お、俺は今から自宅に戻って金を取ってくる!だ、だからそこをどいてくれ!!」
そう言ってハンガスはこの場を離れようとする。
「もしも〜し、何処へ行くのかなぁ〜?」
そのハンガスの襟首をナジナさんが逃さじとばかりにむんずと掴んだ。
「お前はここに残るんだよ。一度自宅に戻ったら誰が何と言おうとも店ン中に閉じこもって後は知らぬ存ぜぬハッくれる気だろう?」
「…ッ!?そ、そんな事はない!か、必ず払うッ!」
「信じられるかよォ!!」
ナジナさんはグンッと掴んでいた腕を引きハンガスを地面に転がした。
「別にお前が行かなくても良いだろう。手代にでも行かせれば良いだろうが!」
「その通りや。アンタ、どうするんや?商売で開けた穴はキチンと払うんが商人や。チャッチャと腹ァ決めなはれ」
ここまで言われるとハンガスも万事休す。自分の商会の手代を呼びつけ何事か命じた。何やら戸惑っていた手代だがすぐにこの場から走り去ると小一時間程して数人の手代たちと手分けして今日の売上の倍額を持ってやってきた。
偽金ではないかと誰もが疑ったがこれは間違いなく本物という事が分かり、僕たちは補償金を確かに受け取った。本来の売り上げに加え補償金を合わせるとおよそ4億円弱のお金が転がりこんできた…。想定外の収入に僕はただただ驚いていた。