第351話 明日の売り上げ。
「ちょっと待ったァ!!」
イベントの閉会を告げた後、会場に響いた声。
日も暮れて辺りはすっかり宵闇が包み込んだ世界。
「だ、誰の声だ?」
「どこから…?」
そんなざわめきも聞こえてくる。
「此処だよォ!」
「ああっ!!?あそこにィィ!」
その瞬間、ステージから広場の出口に向かう方に光精霊によるスポットライトが上空から照らされた。
「パ、パン売りの婆さんだッ!!」
観客の指摘通り、そこにいたのはマオンさん。
「さあさあ、皆の衆!帰りがてらに土産はどうだい!?昼間、アンタたちが食べてみたいと言っていた美味しい美味しい『かれーぱん』!今日と言う日の思い出に一つどうだい『かれーぱん…」
日本で言うなら香具師の口上、小気味良く客の耳にはスラスラと流れるようなその口上、たちまち山と積まれたカレーパンに視線が集まる。勿論その口上は風の精霊により観客たちによく聞こえるようになっている。
「食べてみないか『かれーぱん』、油で揚げたよ『かれーぱん』!焼きとは違った作り方、口に入れればカリッとするよ。さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今なら一つ銀片一枚(日本円で千円相当)だよォ!」
「ひ、昼間見てから食ってみたかったんだ!」
「冒険者にしか渡されてなかったからズルいと思ってたんだァ!」
人々がカレーパンを作っている屋台に押し寄せる。
「こりゃあいけない!ミミさん、メルさん、ありがとうございました。僕、手伝いに行ってきます!」
そう言って僕はステージを降り、カレーパンを売る厨房荷車に向かう。
「こっちはマオン婆さんのふんわりデカい白いパンだ!あのエルフの食通ザンユウ氏が認めた白雲のパンだ!」
カレーパンを売るスペースの先ではもう一つ屋台があり、そこでは普通のパンを売っている。そこには売り子をしているナジナさんが声を張り上げている、たくましい肉体にパンダのアップリケが付いた可愛いエプロンがなんとも似合わない。フェミさんとかものすごく似合っているのになんか残念な事になっている。しかし売り上げの方は…。
「おい、押すなよ!…絶対に押すなよ?フリじゃねーぞ!沢山焼いてあるから並んでりゃそのうち買える。なんなら追加も今焼いてる、安心して並べ!」
移動式のパン焼窯を示してナジナさんが押し寄せる人並みに待ったをかけている。
「か、『かれーぱん』くれ!!」
「は〜い!」
こちらは僕が応援に来たカレーパンの販売ブース。集団お見合いイベントをやっている時からマオンさんがカレーをパン種に包みマニィさんがパン粉を塗していた。それをどんどん油で揚げていく。揚ったらバットに移し余分な油を切る。
それを子供たちが肉まんを包む紙容器に入れてお客さんに渡す。銀片一枚と高額だが飛ぶように売れる。
「う、美味えっ!カリッカリッだぜぇ!」
気の早い男性客が買ったそばからカレーパンにかぶりついている。
「そのパンはねぇ」
客から見えるオープンキッチン状態でパンを揚げている僕の後ろからマオンさんが声を張り上げる。
「パン種の周りにこの…、魔法の粉を塗してある!それがこのサクサク、カリカリを生み出してるんだよォ!焼いたパンには無い感触、味わっておくれェ!」
普通のパンにはない特徴を挙げ耳目を集める。
「だが、今日はたらふく食っちまったし…」
行列には並んでいないが興味はあるといった感じの客がそんな呟きを洩らす。
「安心して下さい!」
想定内の反応だ、僕は声を張り上げる。
「実はカレーというのは香り高いものですが、一晩寝かせると美味さが増すのです。熟成されると言うんでしょうかね、それはこの白雲のパンも同じ…カリカリからしっとりと、そして味が深みを増していくんです!」
「「「「な、なんだってェ!!」」」」
「ですから、今はお腹いっぱいでも明日の朝にいかがですか?朝からカレーパン、略して朝カレー!」
おお…、どよめきが洩れる。
「では、その感想を…、ナジナさん!」
「おうっ」
エプロン姿のまま、駅前の歩道で街頭演説する時に使いそうな箱にナジナさんが飛び乗った。白雲のパンの販売コーナーの混乱は落ちついているようだ。それゆえこちらに来る余裕が生まれた。
「みんな、見てくれ!これは昼前に揚げた『かれーぱん』だ!今からこれを食べるッ!見ててくれ!」
ぱくっ!!
「良いッ!!」
ナジナさんが叫ぶ!
「なじむ、実になじむぞッ!『かれーぱん』!!最高に美味いってヤツだァ!!これなら今食わなくても明日の朝はご馳走だぜぇっ!」
「お、俺は買うッ!」
ナジナさんが観客たちの目の前でこれ見よがしに食べた事で買うか悩んでいた人たちがカレーパンの行列に加わる。男性客が多い。
「もう一押し…、シルフィさん!」
僕は恋人の名を口にした。
「心得ています」
空から降り注ぐ光精霊のスポットライト。
こちらから少し離れた、ステージから見て広場の出口に向かう右手側に僕らのカレーパンの販売コーナーがある。その反対側に闇精霊によって姿を隠蔽していた第三の屋台が光に照らされ姿を現した。こちらにはシルフィさんをはじめとしてエルフの皆さんに販売を任せた。
「こっちは女性の皆さんオススメの屋台だよお!こちらのは『あげぱん』!油で揚げたパン種に真っ白な砂糖を塗したもの…、それと粉末にした『ちよこれいと』だよー」
こちらではロヒューメさんが声を張り上げた!
「ちょ、『ちょこれいと』ッ!」
「お砂糖ってホント?」
案の定、女性たちの食いつきが良い。僕たちのいる広場では開始から終了までずっと盛り上がりを見せる、狙い通りだ。
今日一日の売り上げの倍額を補償として支払う、ハンガスが言い出した条件だ。そこで僕が考えた最後の売り上げアップ作戦。それは町の人々の明日の食費も頂戴してしまおうというもの。
「それに明日の分のパンも売れれば、それだけあのハンガスの店の売り上げも減るだろうからねえ」
そんなマオンさんとの作戦会議でのやりとりを思い出しながら僕はせっせとカレーパンを揚げる。
「な、なあ、パン売りの兄ちゃん!この『かれーぱん』、明日からも町で売ってくれよ!」
行列からそんな声がかかった。
「私はあのジャムを塗ったのが良いわ!」
向こう側の揚げパンを売る屋台に並ぶ女性客からも声がかかる。俺もそうして欲しい、私も!そんな声で溢れかえる。だが、次の瞬間!
「うっ、うううう〜っ!!!」
マオンさんが悲痛な声を洩らし地面に崩れ落ちたのだった。
突如崩れ落ちたマオン、一体何が起こったのか?
その時ゲンタは?そして密やかに動き出したのは…。
次回、異世界産物記。『胸に秘めた爆弾』。
お楽しみに。