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第349話 仕上げに向けて。


 メルジーナさんがステージ上で歌っている。


 一つ前は燃え上がる炎のような激しい恋の歌、今は青白い月の光に照らされるようなしっとりとした恋の歌。聞いているだけで甘く切ない思いに駆られ、ステージ周りの観客は言葉も忘れ聞き入っている。


 メルジーナさんはとても魅力的な女性だ。地球でも人間と人魚の恋を題材とした物語があるが、今の彼女を見たらその物語のように一目で恋に落ちる…そのくらい歌う彼女は美しかった。


「ゲンタさんはこんな才覚もあったんですなあ…。このように光の当て方を工夫して舞台を演出するとは…」


 真上から照らされるスポットライト、ステージで歌うメルジーナさんを浮かび上がらせる。深海のような濃いブルーのドレスを着たメルジーナさんを眺めながら貴賓席に座るヒョイオ・ヒョイさんが呟く。


「ミミたちの時もそうです。あの時は今のような白い光だけでなく、赤や青など様々な色の光を縦横無尽に走らせて…。見ているだけで楽しいものでした」


 ヒョイさんは目を細める。


「それにね、メルジーナを見てやって下さい。恋を題材に歌うのはよくある事、しかし今日のメルジーナはまさに恋そのものになりきっている。ねえ、輝いているでしょう?」


「確かに…」


 輝いている…。メルジーナさんはきらきらと…、まるでその身に銀の砂を振りまいたかのよう。


「特に目を引くのが…ゲンタさん、メルジーナは髪をとても大切にしているでしょう?その髪を見てやって下さい、いつにも増してあんなに綺麗に…」


 ヒョイさんが言うようにメルジーナさんの髪はとても美しい。上質な絹糸(シルク)でも及ばないような滑らかさと光沢を持っている。シャンプーのテレビCMなどで活躍する髪タレの方よりはるかに美しいのではないか…、そんな風に思える。


 客席が拍手と歓声に沸いた、メルジーナさんの最後の一曲が終わったようだ。鳴り止まない拍手に彼女はドレスの裾をつまんで挨拶をする事で(こた)えた。盛り上がりは佳境を迎えようとしていた。



 夕闇が迫る…。


 日本の街中と違い、ここ異世界ではだいたいこのタイミングで仕事を終え始める。そして帰宅し夕食を摂り就寝…、これが一般的だ。


 午前中から冒険者ギルド名義で借り受けたこの場所は常にお客さんでごった返した。誰もこの場を離れない、ある者は飲み食いを、ある者は衣服を求め、そしてミミさんたちやメルジーナさんのステージを楽しんでいた。


 僕が心がけたのが、お客さんをここから離れさせない事。ここに人がいなければ当然何も売れない。この場所にクギ付け…、そうする為に僕はとにかく人を呼び込むイベントをしようと思っていた。


「仕上げだね、ゲンタ」


 マオンさんが声をかけてきた。


「そうですね、屋台の売り上げはどうです?」


「ばっちりさ。しかし、『かれー』はやっぱり凄いね。行列が絶える事が無いよ。ステージで何かやってる時だけは少し息がつけるけど…」


「子供たちはどうです?」


「みんな手分けしてよくやってくれてるよ」


「そうですか、それは何よりです」


 メインで働いているのはマニィさんフェミさんだが、普段布マスクを縫っててくれている孤児院の子供たちにも働いてもらっている。火精霊(イグニスタス)水精霊(アクエリアル)たちの協力もあり燃料や水の確保の心配無く盛り付けと会計に専念出来る。


 会計については自動販売機の出番だ。お金を投入し食券代わりの木札が出てくる。赤色のペンキで塗装したそれは偽造もしにくい。ガントンさんたちがステージなどを作った際に切り落とした木材の端材(はざい)、それを加工したものでカレーと交換という事になっている。ちなみに鯛焼きは青色の木札と交換だ。


「あと、『こめ』っていう穀物…、あれも受け入れられてるね。腹に溜まるし、それに『かれー』がかかってる。あの噛み締めるとさりげない甘味が出てくるアレは若い者たちにすぐに受け入れられ始めたみたいだよ」


 おお、カレーライスが定着したら良いな。米なら研いでしまえば後は大釜で一気に炊けるから手間が少ない。火加減は火精霊たちが上手い事やってくれている、完全お任せモードだ。今回僕は50キロの米を持って来たが午後には使い果たしてしまっていた。明日以降、冒険者ギルドで使う為にストックしていた米を急遽運んでもらうほどの好評ぶり。というよりカレーが売れに売れてマオンさんが焼いたパンも大好評、大変な売り上げとなっているらしい。


 他にもノームのお爺さんの雑貨屋さんの出張店舗もまた売れているようで、やはり客足が多いのは大事だ。


 ぽん、ぽんっ!!


 人々の耳目をステージに集める為の小さな爆発(エクスプロージョン)。僕はマオンさんとステージに上がった。


「皆さん、ちゅうも〜く!!」


「さあ、今日の催し物も次が最後だ。次にやるのはあの『ゲンタん紅鮒(スカーレットカープ)団だよォ!今から半刻(はんとき)(約一時間)後に始めるから今のうちに飲み物、食い物の確保をしておいておくれ!!」


「同時に参加者も募集します。祭りの日ですからね、派手に恋の花を咲かせてみませんか?我こそは、と思う方はステージ近くで受付してますので奮ってご参加下さい!」


「ミーも参加(ジョイン)するぜぇ!」


 くどい笑顔と妙な横文字口調、見事なフラれっぷりでなぜか有名人気キャラになったルオーシマンさんがさっそく名乗りを上げている。こうする事でつられて名乗り出る人が出てくる。すぐに参加希望者が集まった。そうこうしているうちに半刻があっと言う間に過ぎていった。広場の警備をしている冒険者の皆さんが開始時刻が迫っている事を告知する声や集まった人々の話声が僕たちがスタンバイしているステージ下の奈落にも聞こえてくる。


「そろそろ頃合(ころあい)だね、ゲンタ」


「はい、マオンさん」


「派手にやろうね」


「もちろんです、行きますよ」


 僕がそう返事をするとシャツの胸ポケットからカグヤが飛び出した。ステージ周りが暗くなり開始するのが分かったのだろう、観客たちから期待に満ちたざわめきが上がった。


 ラジカセの再生ボタンを押す。


 アメリカのプロレスラーが入場する際の登場曲が流れる。少し間を置いて奈落から僕とマオンさんがサクヤによって照らされたステージにせり上がっていく。ステージまで奈落からの床板が上がりきると僕たちは軽いステップを踏みながら小躍りする。そしてとある曲のタイミングを見計って僕は膝の開脚屈伸のような姿勢でしゃがみ込み両腕に力瘤(ちからこぶ)を作るマッスルポーズ、その後ろで直立しているマオンさんは両手の人差し指一本を立てて天に向かって突き上げる。


 しゅばばばばばばばっ!!!!

 ぼわあっ!!


 そのタイミングに合わせステージ外周に沿って光の矢が真上に向かって機関銃のように放たれ、同時にステージの四隅(よすみ)から火柱が高々と上がった。前者はサクヤたち光精霊たち、後者はフィロスさんの魔法による演出である。


 うおおおおっ!!!

 きゃああああっ!!!


「ラストイベント…、初めから最高潮(クライマックス)ですよ」

「一瞬たりとも見逃すんじゃないよ」


 上がった歓声に僕たちはそう応じた。


 今回登場したアメリカのプロレスラーはショーン・マイケルズをイメージしています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マオンさんが どんどん弾けてますね(笑)
2022/06/21 13:37 TARKUS
[良い点] ハートブレイクキッドですね!懐かしい( ´∀`)
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