第342回 心尽くしと目と耳で分かる美味しさ(前編)。(ざまあ回)
「ラ、ライアー氏ッ!!」
学校などにある25メートルプールとだいたい同じくらいの広さのステージ、その中央近くから端っこに駆けていったハンガスはやや小太りの男に声をかけている。するとその男も心得たものですぐさま何かを木製のスープ皿のようなものに注いでいる。
ちなみにここまでの一連のやりとりはエルフのみなさんによる精霊魔法、具体的には風の精霊の能力により観衆にも聞こえるようになっている。いわゆるスピーカーのような感じだ。
「「ど、どうぞ!!」」
ハンガスとブド・ライアーと思しき男がパンとスープのような物をゴクキョウさんたちの所に持っていった。
「これは吟味に吟味を重ねた小麦の粉、そして最高の腕を持つ職人が作った至宝とも言えるパンですっ!!」
「こちらは我がブド・ライアー商会が用意いたしました塩と香辛料を選りすぐり、とことん突き詰めた終極とも言える味付けになったスープです、どうぞお召し上がり下さい!」
ハンガスたちが差し出したパンとスープを見てザンユウさんが呟く。
「ふむ…。至宝のパンに終極のスープか…」
ゴクキョウさんとザンユウさんの二人は徐に差し出されたパンとスープに手を伸ばした。それと同時に観衆のざわめきが消える。闇精霊のカグヤの力により、ゴクキョウさんやザンユウさんの感想がよく聞こえるように一時的だが周りの音や声を遮断したのだ。
ぶちっ!
手にしたパンを口にする為、二人が一口大にちぎった音が意外なほど大きく響いた。
「む…」
ゴクキョウさんが短く呟く。続いて二人はスープを一口…。
ことっ…。
ザンユウさんが手にしていて匙をテーブルに置いた。
「あ、あの…どうしたんです?匙を置いてしまって…」
その様子に不安になったのかハンガスが声をかけた。
「駄目だな、これは」
ザンユウさんが一言、感想を述べた。
□
「だ、駄目って…」
ハンガスは何か言おうとするが上手い言葉が出てこないようでその後が続かない。
「ど、どういう事ですか!?」
代わりにブド・ライアーが疑問を口にした。だが、そんな二人の言葉には応じずザンユウさんはこちらの方を向いた。
「そちらの皿を」
「はい」
僕たちもテーブルに自分たちの皿を運んだ。そこにはマオンさんが今朝焼いたパンとスープ用の深皿 。中身はクリームシチューである。
「むほほっ!コレやコレや!!」
ゴクキョウさんが菓子に飛びつく子供のようにパンを手に取る。手でちぎらずそのままかぶりつき、もう片方の手で匙を握りクリームシチューを楽しむ。ザンユウさんも落ち着いた所作ではあるがパンとシチューを楽しんでいる。気に入ってくれたようで何より。
「うむ…。これなら吟味に吟味を重ねた一品と言うのなら肯けるのだがな。あえてそちらの二人は口に出さなかったのだろうが…」
ザンユウさんが唸るように言った。
「な、何かの間違いでは!?」
「そ、そうだ!ウチで入手した塩と香辛料を使ったスープだ!そ、それが駄目なんて、想定の範囲外だ!わ、分かったぞ!ア、アンタ、そっちの二人と示し合わせてこちらをハメようと…」
「愚か者め!!」
ザンユウさんが獅子が咆哮えるかのように大喝した!
「邪推もそこまでにしておけ、俗物どもッ!!」
ぎろり。ハンガスとブド・ライアーをザンユウさんは睨みつけた。
「あのような物を出しておきながらよくもぬけぬけと吟味を重ねたなどとほざいたものだ!!まずはあのパン、柔らかさのかけらも無く口に入れればボソボソではないか!雑味、酸味も抜けておらぬ!」
厳しい口調のザンユウさんにハンガスたちは恐れ慄いていて反論する事も出来ない。
「それにな、あんさんら自分からワイらに饗じるパンを出す言うたんやで。それならワイらに何を食わせたら喜ぶか少しでも考えたんか?」
「か、考えたとも!!高額な香辛料を贅沢に使ってスープを…」
スープを用意した塩を扱う商会主ブド・ライアーが反論しようとする。
「それがアカンのや!」
「えっ、ええっ!?」
「ワイらエルフは刺激の強い香辛料を好まんのや。それにこれは猪の肉やな?それもバラ肉の脂の多い部分や」
「そ、そうだ!これならジューシーだし、胡椒を使った意味が…」
「エルフは肉の脂身も苦手なんや」
「なっ!?」
「いかに自分が良いモン用意したと思うたかて、それが相手にとっては苦痛にしかならん事もあるんや!アンタ、ワイらを大事な相手言うたな?相手の嫌がるモンを勧める…、それがアンタの相手を大事にするっちゅう事なんか!」
「ぐうう!!」
ブド・ライアーは反論出来ない。
「それだけではないぞ」
ザンユウさんが続いた。
「基本的にお前には人を大切にする心配りというものが皆無なのだ」
「そ、そんな!こ、こうして高額な香辛料を…」
「たわけめッ!!我らを前にまだ香辛料うんぬんと吐かすかッ!」
再びザンユウさんが咆哮えた。
「それだけではない!お前のような愚か者にもう一つ分かるように教えてやる!この『くりぃむしちゅー』が盛られていた深皿を触ってみよ!」
「深皿を…?あ、温かいっ!?」
「そうだ、あの少年はこの深皿…、石木で作られたスープ皿も充分に熱していたのだ。我々エルフ族が好む生乳をクリームに仕立てたもので丸鳥の肉と色とりどりの野菜を加えて煮た熱々のシチュー…、それを最後まで温かいまま食わせようと熱保ちの良い石と似た特性を持つ石木の器を用いてな…。だが、貴様のスープはなんだ!?湯気さえ立たぬぬるい塩水ではないかッ!!」
「あ、ああ…」
ブド・ライアーは返す言葉も無い。
「ま、待ってくれ!じゃ、じゃあパンはどうなんだ!どうしてウチのパンが駄目と言われなきゃならないんだッ!!?」
今度はハンガスが食い下がる。
「分からんのか?」
「あ、ああ」
ザンユウさんの問いにハンガスが応じた。すると、その返事を聞いたザンユウさんはこちらを振り向いて口を開いた。
「まだパンは残っておるか?」
「は、はい。まだ十分に」
ザンユウさんが立ち上がった。
「よし、では手伝ってもらおう。主、すまぬがパンを切るナイフを貸してもらいたい。二つのパンの違いをこの者の目でも分かるようにしてやろう」
「えっ?目で分かる…?」
どうするつもりなんだろう。僕もマオンさんも…、そして会場にいる誰もがザンユウさんの次の言動に注目するのだった。