第341話 じぶたれもん。(ジワジワとざまあ回)
ぽぉんっ!!ぽぉんっ!!ぽぉんっ!!
日本国内で例えれば、朝に市民体育大会などが開催されるのを近隣住民に伝える空砲のような音がミーンの町に木霊する。
「ゲンタさん、こんな感じで良かった?」
フィロスさんが問うてくる。
「はい、バッチリです。これで町の皆さんにも予定通り出店を開く事が伝わったでしょう」
威力を小さく音だけが響くようにコントロールした爆発の魔法、これは町中に僕が広場で出店を出す時の合図として事前に触れ回っておいた合図だった。
「よおし!!準備完了だぜぇッ!!」
地上から打ち立てた電信柱のような旗竿のてっぺんに幟旗を結びつけてきたゴロナーゴの親分がするすると降りてくる。ここだけではない、他に六本の旗竿があり鳶職の猫獣人族の職人さんたちが同じように降りてきた。
さらに辺りを見回して確認すると、僕らに与えられた出店スペースである下水流れるドブ川に面したサッカー場ほどの開けた場所、そのあちこち何本も旗竿が立てられている。普段なら悪臭漂う不衛生極まりないこの場所だが、光精霊たちと闇精霊たちの力により川の流れは清流へと浄化され悪臭も封じ込められている。
「こちらも抜かり無いわい!」
持ち運び出来る折り畳み式の舞台を設営していたガントンさんから声がかかった。見れば立派なステージが完成していた。
「ありがとうございます」
他にもミーン冒険者ギルドに在籍する全ての冒険者たちが色々な準備作業を行なっている。
「こっちも終わったぜ!」
会場のあちこちから準備完了と声がかかった。
「では、広場の開場まで時間があります。みなさん、朝食を食べながら最後の打ち合わせといきましょうか」
「「「「おおっ!!!」」」」
集まった冒険者、ゴロナーゴさんとそこに属する職人さんたち、さらには小さな精霊たちまで揃って拳を天に突き上げていた。
□
腕時計の針が午前9時を示そうとする頃、ハンガスを先頭にいくつもの荷車を引いて商業ギルドの連中がやってきた。
「おうおう、立派なモン作ったじゃねえか!ご苦労なこった!大切な客に不味いモン食わせるのにこんな舞台をこさえちまってよう!!恥っ晒しにならなきゃ良いよなあ…。なあ、お前ら?」
ハンガスがステージ上に立つ僕とマオンさんの方に近づいてきながら後ろをついてくる商業ギルドの面々に言うと、ハンガスと似た者同士なのかその連中も下卑た笑い声を上げた。
「恥っ晒しねえ…」
僕は意外な程に冷静に対処出来ている事に内心驚きながら次の言葉を続けた。
「そっちこそ下着と下衣の替えは持って来たのか?昨日みたいに良い年齢してお漏らしなんて僕だったら恥ずかしくて表を歩けないだろうなあ…」
「嫌だよ、儂は…。あんな奴のおしめを替える羽目になるなんてのは」
マオンさんもハンガスを煽りにかかる。
「テ、テメェ…」
ハンガスが顔を真っ赤にしてステージに上がってきた。激昂するかと思ったが意外な事にまだ余裕があるようだ。
「…へッ!生意気な事を吐かしやがって!だが、こりゃあ拍子抜けだぜ!開催時刻なのにまだ誰も客が来てねえじゃねえか!?広場の入り口に並んでる奴もいなかったしよう!まァ良かったかも知れねえよなあ、大事なゲストに無様を晒す所を人に見られなくてよう!」
「ああ、それを言う?もし広場の入り口に誰も並んでいないならアンタたちも見向きもされてないって事だろ。それに…」
僕はここでグッと間を溜める。
「お客さんは誰一人として来ていないんじゃない!!」
僕は大きく右腕を横薙ぎに払い叫んだ。
「サクヤ!カグヤ!始めるぞッ!!」
眩い光が一瞬だけ辺りを包む。そして次の瞬間!!
わあああおあああああッ!!
ステージの前方に突如たくさんの観衆が現れた!皆、今日このイベントの為にとっくに集まっていたのだ。闇精霊の力により姿だけでなく声など全ての気配が隠蔽されていたのだ。
「超満員!!もう既に来てくれていたんだ!」
「今か今かと痺れをきらしてね」
息もぴったり、僕とマオンさんのマイクパフォーマンスが始まっていた。
□
「ぬ、ぬうううっ…!!」
怒りか憎しみか、ハンガスがこちらを睨みつけてくる。
「まあまあ、その辺にしといてんか?」
「誰だッ!?」
ハンガスが声のした方を睨みつける。
「誰だとはご挨拶やな」
「マッ、マンタウロ氏っ!?」
そこにはテーブルについているゴクキョウさんとザンユウさんがいた。
「あんさん、減点1やな」
「え、えっ!?」
ハンガスが戸惑ったような声を上げた。
「大切なゲスト言うたな?それならなんで時間前に来てないんや。ましてワイは歳上、それを待たせて平気な顔しとるしな。ワイは元々こちらのゲンタはんと商売したいんやで。アンタお呼びやないんや、じぶたれもん(出来損ないの意味)」
「ま、待って下さい。その事については謝罪いたします。しかし、それは最良の物をご用意する為!!」
ハンガスは慌てて言い繕う。
「最良やて?」
ゴクキョウさんがいつもより低い声で問う。
「そ、そうです。材料、職人、細部に至るまで吟味した最高のパンですっ!そ、そこの二人のパンなど何の粉を使って焼いたか分からんような物とは雲泥の差である事は断言いたします!」
「ほう…、雲泥の差…」
ザンユウさんが呟く。
「は、はい!食通と名高いザンユウ・バラカイ氏にもお認めいただけるものと自負しております!」
「ならばそのパンとやら出してみるがいい」
「はいっ!今すぐ!」
だだだだっ!
控えている手代(従業員の事)と思われる人の元にハンガスが駆け寄っていった。何かを受け取ろうとしている。
「減点につぐ減点にならなければ良いのだがな…」
ザンユウさんが呟く。
「ではこれより音に聞こえたエルフの大商人ゴクキョウ・マンタウロ氏、食通ザンユウ・バラカイ氏に饗じるに相応しいパンはハンガス商会のパンか、あるいは当方のパンか…。味比べを行いたいと思いますッ!!」
ステージ上の成り行きを見守る観衆に僕はそう宣言したのだった。