第340話 売られた喧嘩。(ちょっとざまあ回)
「えっ?ゴクキョウさんへの商談を町衆の見ている前で?」
広場での販売を明日に控え、慌しく過ぎていく時間。そのタイミングで冒険者ギルドには商業ギルドマスターであるハンガスを先頭に商業ギルドの幹部たちが勢揃いでやってきた。
「そうだ。せっかく天下の大商人ゴクキョウ・マンタウロ氏に町を挙げて商談するんだぜぇ?こっちはギルド総出で良いモンを揃えさせてもらった。そっちも…、まあそこのパン焼き名人の婆さんがいるんだ。パンの一つくらいはそれなりのモンを用意すンだろ?でもよ、パンだけじゃ仕入れになンねえよなァ?だから、衆目の前で取り揃えた品物をマンタウロ氏に品定めしてもらうのさ」
断りも無く僕の向かい側のテーブルに座ったハンガスを先頭に商業ギルド側の連中は自信満々な様子でこちらを見ている。どれもこれも見下しているのを隠そうともしない嫌な顔つきだった。
「何言ってんだい!!そんな申し入れが出来る立場なのかい!本来ならそっちが頭下げて商談の末席にでも加えて下さいって頼むのがスジじゃないのさ!」
マオンさんが声を荒らげて抗議する。
「こっちは親切で言ってやってるンだぜぇ?満足にパンが焼けるのかあ?材料が手に入らなきゃ雑草でも混ぜたパンでも作る気かあ?」
ハンガスがそんな挑発をしてくる。
「なるほどね…」
僕は思わず呟いていた。ハッキリ言って商品は日本から持って来た物を売りに出すつもりだ。
「ゲンタ…?」
「マオンさん、ケンカ売られてるんですよ…これは。ここ何日か町でこんな話を耳にしたでしょう。小麦の粉、あるいは小麦と黒麦の合挽き粉が手に入りにくくなったって…」
ニヤニヤとハンガスは笑っている。言葉にこそ出さないが、町での売り控えはどうやらコイツの仕業のようだ。
「どんな腕の良いヤツでも材料が無きゃロクなモンを作れねえよなあ?上手く板切れのパンを作っても味は酸っぱいもんなあ?ンなパンで俺ンとこの小麦のパンに勝てるかあ?パン売りのバアさんとその孫がよう…。まア、どう逆立ちしたって無理だろけどよゥ!」
「身の程知らずめ…」
「あ?」
「今日の所は大目に見てやる。それと共に品定めしてもらう件は飲んでやる。もう用は無いはずだ、こないだみたいに泣きベソかいて帰りたくなかったらさっさと帰れ!!」
「ンだとテメェ!!」
バァンッ!!テーブルを強く手で叩き、ハンガスが勢いよく立ち上がった!!しかし、次の瞬間ハンガスはその場から動けなくなっていた。
「………ッ!!」
ぴたり…。
僕の視界の左から伸びた細剣がハンガスの鼻先に突き付けられていた。
「動かない事ね…」
最愛の人の声がする。
「容赦無いね、シルフィ嬢」
「お前もな、ウォズマ。俺みたいに殴るくらいにしとかねえと…」
護衛の為に後ろに控えていたウォズマさんとナジナさんの声がした。視線を上にやるともう一本、少し幅広の剣…ウォズマさんの物だろうか。
「相棒、お前だって…」
「まあ…な。場合によっちゃ素手で敵を殴り殺す事があるのが戦ってモンだからな」
あっと言う間の出来事だったけど三人は何事もなかったかのように平然としている。
「あ〜あ〜、お漏らしでちゅかぁ〜?」
近づいてくるマニィさんの声がした。僕はその言葉に反応しハンガスの股間を見てみると下衣に染みが広がりつつあった。少しばかり漏らしてしまったらしい。
「おトイレはここではないですよぉ〜」
小さな子供をあやすようにフェミさんがのんびりと声をかけた。
「ご存知かも知れませんが、僕の護衛をしてくれている方々は凄腕の方ばかりでして…。前みたいに危害を加えられないように抑止してくれたようで…、ありがたい事です。…あれ、聞いてない?」
どうやらハンガスは失禁しただけでなく、恐怖のあまり気を失ってしまったらしい。
「お漏らしに気絶…。どうやら商業ギルドの大将さんは赤児と何ら変わらないようですね」
声も発せずにいる商業ギルドの面々に僕はそう声をかけた。
「あなたたち全員に言える事だが、あまり人をナメないでいただきたい。馬鹿にするのは勝手ですが、商人なんですからそれをあまり顔に出すのはね…」
どうやら緊張状態が終わったと判断したのだろう、シルフィさんたちと同様に瞬時に動いていた四人の精霊たちが僕の頭の上や胸ポケットなど思い思いのお気に入りの場所に戻ってくる。もっとも商業ギルドの連中には見えていないようだ。
「そこの体の大きな赤ちゃんが目覚めたら念の為もう一度伝えておいでもらえますか?売られたケンカは買いますよと。明日の朝、騎士の刻広場で商売比べをやりましょうと」
騎士の刻…、だいたい午前十時くらいの事である。
「あなた方が用意した品物と僕が用意した品物、どちらが選ばれるか…。さて、話は終わりです、その男の尿がズボンを伝って床を濡らす前にお持ち帰りいただけますか?」
僕はそう言って宣戦布告をしたのだった。