第338話 大商売(おおあきない)になる程、事前の準備は肝要です。
翌日…。早朝のパン販売を終えた僕はマオンさん宅に戻るや否やすぐに日本に戻った。
売ってお金になるのなら何でも良いとばかりに日本に戻った僕は買い物に勤しんだ。飲食店などの方がよく利用するという業務用商品を扱うスーパーを中心に仕入れをしていく。
異世界で高く売れそうな物はリサーチ済みだ。それをとにかく買い込み自宅へ。そうこうしているとスーパーのオーナーさんに顔を覚えてもらっていた。
「もしかして一度に持ち帰れる量を買って何回もピストン輸送をしてるんですか?」
僕が原付の荷台やリュックにパンパンになるまで商品を積んで往復している様子を見て一人の男性が声をかけてきた。年齢の頃は四十代といったところか、このスーパーの店員が身につけるエプロンをしている。
「ああ、すいません。いきなり声をかけて。私はこの店のオーナーの手島と言います」
「は、はい…」
「いえね、実はお客さんがいつもたくさんご利用くださっていて。しかもそれを原付に山積みにして行かれるでしょう?しかも今日はこれで二度目だ。今までにも一日に二度、三度と来てくれる事があったから…」
手島さんと名乗った男性はそんな風に僕に話しかけてきた理由を話した。
「はい、こちらのお店にはお買い得な物も多くて利用させてもらっています。何しろ必要なものが多くて…、それでこうして原付で往復しています」
「今日もまだこれから何回かご利用の予定ですか?」
「はい、そのつもりです」
「もし良ければ…」
そう言って手島さんはとある提案をしてくれたのだった。
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スーパーから持ち帰った物を自宅に置いて今度は別の店へ。
お目当ては古着屋さんである。僕が通う混修大学の最寄り駅近くにあるこの店はいわゆる全国的なチェーン店である。
冬休みが終わり、卒業シーズンを迎えるくらいに就職などでこの地から引っ越す人などが衣類を処分するので春先には沢山の服が出回る。だが今はコロナ禍の真っ最中、今年は緊急事態宣言が発出されかなりの在庫がダブついているらしい。陳列スペースにはパンパンになる程の服がかけられ、会計の為にレジに来てみればレジの後ろにもダンボールが山積みになっている。確か去年はこんな事はなかったはずだ。
以前デニムのオーバーオールをガントンさんたちに贈った時に利用して以来の来店だが、その時と比べても在庫が増えている。
「店長〜、在庫置くスペースもう無いですよ〜」
買い物を終えて駐車場に停めた原付の所に戻って来るとそんなやりとりが聞こえてきた。
「うわ!在庫がハケてないのに次から次へと…本部からの送り込みかあ…。いくら安くしても客入りが無いこの状態じゃなあ…」
うんざりと言った感じでアルバイトと思しき女性と男性がそんなやりとりをしている。よく見ると成人男性がやっと抱えられるようなダンボールが五十箱はある。
「いくら安く入荷できるって言ってもなあ。売れなきゃ仕入れ代が出て行くだけだし…。中を開けて在庫出すだけでも一手間だしなあ…」
「どうします〜?レジ後ろだってもう後ろ置くトコ無いし」
「ウチに持って帰る訳にもいかねーし…。いっその事、福袋ならぬ福箱とか言って売り出すか!そうでもしないと店が潰れちまう」
それを聞いて僕は何十箱とある衣服の詰まったダンボールを前に途方に暮れる二人に声をかけたのだった。
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「ありがとうございました」
「いや、礼を言うのはこっちの方だよ。在庫全部ハケた上に即金で買ってくれたんだし」
「レジ後ろのまだ開けてもいなかったのもスッキリしたし〜」
僕が住む自宅アパート前にはダンボールが山積み、そこには僕と先程の古着屋さんの二人がいた。仕入れ額に少し利益を上乗せした一箱五万円で僕は未開封のダンボールに入った衣類を仕入れた。中には紳士婦人も関係なくクリーニング済みの衣類が入っていると言う。
古着…、つまり中古品なのだから新品で同一商品が入ってくるのとは異なり一着一着の損傷の度合いは異なる。それらをチェックする必要があるのだ。さらには元々一箱いくらで入荷した物だ。中に何が何着入っているかもまちまち。その一品一品に原価と売価を設定していかねばレジが通らない。その手間とダブついた在庫を一掃出来ませんかと僕が持ちかけた所、店長さんは話に乗ってきた。
もちろん僕はいきなり現れた訳だから信用なんかあるはずが無い。そこでその場での現金一括払いを打診し出来れば家の前に運んでもらうように頼むと喜んでとばかりに応じてくれた。やはり現金払いは強い、商売をしている人ならよくご存知と思うが商品の仕入れは基本的に掛である事が多い。掛と言うのは仕入れ代金を一か月単位にして翌月とか翌々月などに支払うというものだ。
「それが入荷した日に現金化するんだから…」
店長さんが嬉しそうに言う。そう、売れない限りいくら頑張っても儲けにも…極端に言えば一銭にもならない労力なのだ。しかも入荷してしまえば仕入れ代金が発生する。人通りが極端に減ったこのご時世にいつ売れるか分からない在庫を抱えているのは不安でしかない。レジ後ろにまで積み上がった…、人間に例えれば胃袋どころか喉元まで迫り上がってきた胃の内容物にも似ているだろう。
古着屋の二人を見送り、その場に残ったダンボールを大急ぎで室内に運ぶ。室内外の出入りにいちいち靴を履いたり脱いだりするのが面倒になったのでブルーシートを室内に敷いた。箱は大きいし意外と重い。室内にカグヤがいるが、背格好は十歳くらいの女の子のそれだ。こういう事はさせられない。一時間くらいをかけて部屋に運び込むとかなりのスペースを食ってしまった。
「あっ、もう約束の時間だ。忙しないな…」
時計を見れば約束の夕方五時が迫っていた。飲み物を飲んでアパートの前で待っていると白い軽トラがやってくる。
「お待たせしました」
スーパーの手島さんが荷台に米や焼酎など重い物を積載して到着したのだった。