第335話 試食と商談。〜邪魔者〜
重い音を立て出入り口の扉が閉まると外の喧騒がだいぶ和らいだ。犬獣人族と猫獣人族、二つの種族の人たちが試食用のおでん片手に和気藹々(わきあいあい)。そんな元気な声だった。おでんの盛りつけはなぜかハカセさんがやりたいと申し出たのでお願いする事にした。
「おでんの後は紅茶よりこちらが合いますかね」
ギルド内のテーブルを囲んで席に着いた面々にそんな声をかけ緑茶を注いだ。僕の両隣にはマオンさんと補佐についてくれるのであろうシルフィさんが座った。僕の後ろにはナジナさんとウォズマさんが護衛の為に立つ。向かい合う位置にゴクキョウさんとザンユウさんが座った。
「ワイも商人やから目利きは出来るつもりや。しかし、今日はバラカイはんがいてくださる。あらゆる食い物の難しい事はぜーんぶバラカイはんにお任せしたろ思うてな」
「ふっふ。まんまとゴクキョウさんにダシに使われてしまうとは…」
そうは言いながらもザンユウさんはどこか嬉しそうだ。
そしてテーブルの両端には猫獣人族の顔役であり鳶職の棟梁ゴロナーゴさん、犬獣人族の長老さんがそれぞれ座った。そんな二人を改めてゴクキョウさんに紹介する。
「もし実際に宿を建てるとすれば鳶職の方の力は不可欠と思いましてね。また、犬獣人族には腕の良い狩猟士の方が多いですし…。この町で商売をするにあたって決してマイナスにはならないと考えたもので…」
そんな雑談から商談に入っていく。
「それにしても、『かれー』とかでも俺たちは大満足だったが…どうして『おでん』って料理か?アレにしたんだい?」
ゴロナーゴさんが問うてきた。
「正直、カレーも考えたんですが親分さんが朝方言ってた事が頭に浮かびまして…」
「俺なんか言ってたかあ?」
「五日後、冷え込みそうだと」
「ああ、それでか!だから温まるような料理を…」
「それと一つの鍋を皆で分け合うようにして食べれば、より犬獣人族と猫獣人族の皆さんの親睦が深まるような気がしましてね。ラーメンも良いですが、とんこつ味と醤油味…違う味のものですから…」
「なるほどのう…。しかし、今朝話したばかりじゃぞ。それを二つの種族が共に喜ぶようなものをこんな短い時間で用意するとは…」
「な、なんやてっ!『かんとんだき』は、朝からの準備で間にあったんかいな!!」
「ふむう…。これだけの一品、さらには両族の心を一つにしうるようなこの料理をわずか半日足らずで作り得たと言うのか…」
長老さんとのやりとりにゴクキョウさんが驚きの声を上げ、ザンユウさんは感心したような呟きを洩らした。しかし、そんなのはほんのわずかな間。そこはやり手の大商人ゴクキョウさん、すぐに冷静になり商談を始める。ジャムやドライフルーツなどどんどん値段を決めていく。ハッキリ言ってこちらとしては大儲け、しばらく話していくと簡単に百万円を超えた。
「挨拶代わり商売の手始めはこんなトコかいな」
「………」
金貨にして三十枚、三百万円を軽く超えてしまった。
「さすがにワイはまだゲンタはんにとっては新参者や。それやさかいまずは取引の実績を重ねていきますわ!末長うお付き合い、よろしくお願いしまっせ」
ゴクキョウさんからはそんなありがたい言葉をいただけた。もちろんこれは額面通りの言葉ではないだろう。なぜなら新参者なのはゴクキョウさんから見た僕も同じ事、こちらとしても信頼を得られるよう努力していかなければならない。
「こちらこそよろしくお願いします」
「ははは、ゲンタはんはそこまで形式ばらなくともよろしい!あんさんの人柄はワイの胃袋がよう知ってまっせ!」
そんなやりとりをしているところに横あいから声がかかった。
「あなたがゴクキョウ商会の会頭、ゴクキョウ・マンタウロ氏かな。私はこの町の商業組合の組合長ハンガスだ。この町に逗留していると聞いたもんで挨拶と、良い品物を揃えてあるんで商談に来た。是非、今から同行いただきたい」
振り向くとそこには僕がこの異世界に来た日に因縁が生まれた相手、父親から組合長の座を引き継いだハンガスの姿があった。