第332話 依頼、舞い込む。
冒険者ギルドで毎朝恒例のパン販売を終えた。今朝のメニューはゆでウィンナーをパンに挟んだもの。肉が苦手な人にはジャムなどを塗ったものを売った。緊急事態宣言が出され子供たちを含め自宅待機の人が増えたからだろうか、料理する必要がなくすぐに食べられる菓子パンや調理パンが手に入りにくくなってきたからだ。
そこに猫獣人族の顔役と言って良いゴロナーゴの親分さんと犬獣人族の長老さんがやってきた。
「朝っぱらからすまねえな、坊や。ちいっとばかし頼みがあるんだ」
「我ら両名、命を賭しての依頼なのじゃ!!」
ゴロナーゴさんは頭に鉢巻のようなものを巻き、長老さんはいつもの厚手の重装備の鎧に長さ二メートルはあろうかという鉄の剛弓に加えて蛮刀までも装備しての登場である。そんな二人にマオンさんが声をかけた。
「どうしたんだい二人とも。随分と物々しい格好じゃないか?まるで二人とも喧嘩に行くとか戦いに行くとか…そんな格好じゃないか」
「うむ、これはじゃな…。実は我ら二つの種族の友好が始まった記念日が近づいておっての、それを祝う宴の主催を坊やに頼みたいのじゃ」
「こりゃア、二つの種族の固〜い誓いなんだ。だからよう、しくじりは許されねえ。他の種族からすりゃア、大袈裟に見えるかも知れねえが俺たちは大真剣だ。だから命張って話に来たんだ、喧嘩支度の格好までしてよう…」
二人が簡単に説明してくれたのは百年以上も前の事、ミーンの町がまだこんな規模ではなくもっと小さかった頃の話だった。
山奥の小さな農村に過ぎなかったミーンであるが、海から遠くその物資が手に入りにくいという事を除けば山有り森有り平地有りと開発するにはそんなに悪くない土地だったそうだ。そこで様々な人々がやってきて暮らし始めたのだが、種族が違えば好みや生活習慣も違う。その為、諍いや小競り合いがあるのも珍しくなかったのだという。犬猿の仲のたとえではないが、特に犬獣人族と猫獣人族の関係は最悪で喧嘩騒ぎは日常茶飯事だったそうだ。
そんな時にあったのが森の奥から現れたという食人鬼の群れ、文字通り人をとって食う強靭な魔物だそうで町にも大きな被害が出た。そんな危機に一人の英雄と言えるような戦士が現れ食人鬼を倒し始めた。町の人々はその姿を見て自分たちも反目している場合ではないと団結しからくも町を守り切った。その団結は犬獣人族と猫獣人族にあっても例外ではなく、互いに力を合わせ仲良くしていこうと決めたそうだ。
「…それが今からちょうど百年前でよう…。いつもなら適当に酒でも飲んで騒ぐところなんだが…」
「今回はちょうど百回目、大きな節目でもある。それゆえ互いに好物の料理と酒を用意出来る坊やを頼ろうと思ったのじゃ!」
「そうそう、俺たちはあの魚の風味たっぷりの『しょうゆらめえぇぇ!ん』に…」
「わしらは『とんこつらめえぇぇ!ん』じゃの!」
「あの美味さはたまンねえよなあ!?」
「うむ!わし、おかわりしちゃうのじゃ!」
「「わははははっ」」
二人とも上機嫌だが…。
「あ、あの…。お二人とも…」
僕は二人に恐る恐る話しかけた。
「と、当分の間、ラーメンは手に入らなそうなんですが…」