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第331話 詠唱する間。


 天は二物(にぶつ)を与えても三物(さんぶつ)となるとそうは問屋が卸さない。伝説の(ダーク)エルフに覚醒し一般に遺失魔法(ロスト)と言われる超高難度魔法を操れるようになり、他のエルフ族の類に洩れず整った容姿を持つフィロスさんであるが良縁というものからは遠い所にいるらしい。


「その…。ゲンタさんと…共に歩もうと決めてすぐに次の嫁取りと聞いて私も突発的に言葉が出てしまって…」


 シルフィさんがすまなそうに言う。聞けば町のならず者たちと僕に一悶着(ひともんちゃく)あった事を聞いて仕事を一旦抜けて文字通り瞬間移動(とんできた)らしい。セフィラさんたち五人の姉弟(おとうと)たちとフィロスさんまで加わっての護衛態勢が敷かれていたから万に一つと言う事もないだろうが、そこは気になってしまったらしい。


 そして来てみればフィロスさんが嫁入りを目論(もくろ)む場面だったようで…。それがなんとも気まずい結果になってしまった。うーん、なんか良い方法はないものか…。


「あっ!」


 僕は思わず呟いていた。とりあえず年齢については『終身名誉十七歳(えいえんのじゅうななさい)』という事でカタがついた。それなら何か他の気持ちが強くなるようなものがあれば…そう思ったのだ。困った時には何とやら、思いついた事があった。


「あ、あのフィロスさん…。じゅ、重婚になってしまうみたいなので僕がフィロスさんの夫にはなれないのですが、一つ考えがありまして…」


 僕はフィロスさんにそう声をかけた。


 幸いな事に僕の言う事に耳を傾けてくれたフィロスさん。今は元気を取り戻し少なくとも落ち込んだ状態からは脱したようだ。


「そ、そんな魔導工芸品(アーティファクト)が存在するなんて…」


「い、いや…、まあ、その…」


 ま、まずい。そんな食い入るような目線で僕を見ないで下さい、フィロスさん。ハッキリ言ってそんな真剣(ガチ)に来られるとですねえ…。とうしよう、今さら気持ちを強く持ってもらうための気休めですとは言えない…。


「そ、そう言えばフィロスさん!セフィラさんたちも、あのならず者たちを一網打尽にしたお手並…お見事でした。でも、あの男たちのセリフじゃないですけど一体いつの間に魔法を詠唱(とな)えていたんですか?」


「ああ、あれはねえ…」


 ロヒューメさんがすり替えた話題に乗ってきた。ナイスです、ロヒューメさん!それからの僕は繊細な話題にならないよう最新の注意を払いながら会話を続けるのだった。



「なるほど…、事前詠唱(プレキャスト)という魔法使いの技術なんですね」


「そうなの!前もって魔法を詠唱しておいてあとは発動するだけの状態にしておくの。そうしておけばいきなり戦いになっても安心でしょ!」


 ロヒューメさんが元気に応じる。


「いきなり戦いに…。そうか、今日みたいにいきなりイザコザに巻き込まれるかも知れないんだし…。森とかでいきなり茂みから何かが飛び出してきたりとかするかも知れないし…」


「いかに魔法が強力でも、私たちは肉体的には一般の人とそう変わりませんからね…」


「あれ?でも、フィロスさんはあのならず者の拳を平然と受け止めていたような…」


「ああ、あれは『肉体強化(フィジカルエンチャント)』の魔法ですね。姉様の得意な魔法です、魔力で身体能力を何倍にもするのです。筋力も素早さも…、ゆえにあの体格の男が繰り出す一撃もあの時の姉様には児戯(じぎ)にも等しいものだったでしょう」



「まあ、アレはね…。幸い、『肉体強化』の魔法を事前詠唱しておいたからね。いざとなれば接近戦もあり得るのが世の常。いくつか準備しておいた魔法にたまたま肉体強化があっただけよ」


 サリスさん、セフィラさんのこと(げん)に応じる形でフィロスさんが説明する。


「でも、まあ…そうですね、魔法を使おうとすると詠唱中はどうしても精神を集中する必要がありますからその間は無防備になります。いかに迅速に魔法を詠唱し魔法を練り上げるか…、戦闘時には接近戦を回避するか。魔法使用者(マジックユーザー)はその立ち位置や立ち回り方、タイミングが(きも)になります。もちろん、広く戦場を見る事もですね」


 そこで言葉を切り、フィロスさんが緑茶に口をつけて一息ついた。そして、話を再開する。


「その為、詠唱無しでいきなり放てる『事前詠唱』は魔法を用いる者には命綱にもなり得るのです。戦いがいきなり近距離で始まった際に魔法使いが何も出来ないで斬られて終わる…なんて事にならないように。何の魔法を準備しておくか…、それもまた大事なのです」


「もっとも、フィロスお姉ちゃんは何種類(いくつ)も用意してるだろうからその辺は安心だね。私なんか二つしか用意出来ないよ」


「あるいはシルフィ姉上のように剣士としての腕があれば近距離でも対応できるんですがねェ…」

「私も得物(えもの)は弓ですから恥ずかしながら近い間合いは…」


 タシギスさんとキルリさんは苦笑いだ。


「大丈夫よ、近接は得意でないと言っても昼間のあのくらいの手合いなら翻弄するくらい訳もないでしょう?」


 フィロスさんがそんな声をかけている。


「いかに魔法の使い手と言えど近接戦に巻き込まれる可能性はあります。そうなっても良いように私たちは最低限の鍛錬は積んでおりますので…」


 隣に座るシルフィさんがそんな声をかけてきた。なるほど、だから護衛として勧めてくれたんだろうなあ。


「ふふん!あんな雑魚(ざこ)なんぞ物の数ではなかろう。まあ、ワシらが同行しておれば前衛はこなしてやる。お主たちは後ろから景気良く魔法でも矢でも放つが良いぞ!」


 ガントンさんが豪快に言う。


「ガントンたちが前衛、フィロスたちが後衛って…。どんな敵から(わし)らを守るんだい?」


 マオンさんがそんな質問をした。


巨大猪(ジャイアントボア)でも、食人鬼(オーガ)でも万に一つも負ける気がしねえだ!」


「そんな物騒なの町中には出ないよ」


 マオンさんの声にそこにいた皆が揃って笑い声を上げた。


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