第329話 爆誕!超エルフ? 〜罰を与える〜
「あ…、こぁ…」
金を寄越せと因縁をつけてきたならず者の男が地面に転がっている。その口元から顎のあたりまでは石と化し、発音もままならないのだろう。先程まで悪口雑言の限りを尽くしていた口からは呻き声を洩らす事しか出来ない。
「何?聞こえないわよ」
フィロスさんは冷たく言い放つ。しかし、男は言葉にならない音が混じった息を吐く事のみ。
「ちゃんと謝罪をするなら許すかどうか考慮しようと思ったけど…」
ふう…、ため息一つ。男は涙目になりながら何かを訴えかけた。
「口が石になってちゃ謝罪のしようもないか…」
マオンさんが呟く。
「残念、謝罪するつもりは無いようね。もう良いわ。あなたそのまま一生、口元を石にして生きていきなさい」
男は地面に転がったまま鼻から上の顔半分を絶望の色に染めた。
「さて…、次。あなた、まだ刃物を握って…。危ないわね」
そう言うとフィロスさんは再び『石化』の魔法を唱えた。すると、たちまちナイフとそれを持っていた手が石化していく。それは右の二の腕あたりまで到達してその変化をやめた。
「凄い…。普通、『石化』の魔法はその生き物の体全体を石に変えてしまうのに…」
「おそらく魔法を一点に集中、あるいは収束しているのでしょう。『石化』の魔法自体高度なものですが、さらにそれをここまで操るとは…」
「…という事は、やはり…?」
「エ、エルフを超えたエルフ…。超エルフに…お姉ちゃんが…」
「ま、間違いないわ!か、髪の色も黒く変わっているし…。で、伝説のように『純粋な心を持つエルフが激しい怒りに満たされた時…、黒い髪持つ種族を超越したエルフが現れる』。た、確かにその通りだわ…」
エルフの姉弟たちが戦慄しながら呟いている。
「で、でも…!怒りは分かるよ、怒りは。お姉ちゃん、マジギレしてたから。だけど純粋な心って…、あ!」
ロヒューメさんがそんな疑問を口にする。だが、言い終えて気付いたのだろう。これではフィロスさんが純粋ではないと公言しているようなものだ。
「純粋よ…、ロヒューメ」
「ひゃ、ひゃいっ!!」
ロヒューメさんが縮み上がって返事をした。
「純粋よ…、とても純粋なものだったわ…」
ごくり…。誰かが唾を飲み込んだ音が妙に大きく響いた。
「年齢を重ねてさんびゃ…コホン!十七歳」
あっ、今実年齢を言いそうになったな。
「次々と結婚していく人たちを見送り続けて幾星霜…。その度に塩っぱい酒と濡らした枕を傍にして過ごしてきた…。その度に…、その度により強くなるものがあるの…。それが何か分かる?」
ロヒューメさんが首を振る。
「それはね、結婚願望。若い時は良いの、そう若い時は…。結婚する二人を見て憧れてさえいれば良いのだから。だけどそれがだんだん近い世代になってくる。やがて同世代、そしていつの間にか下の世代…。わ、私、結婚したいの!若ければ焦らないけど、年齢とると気持ちだけどんどん強くなるのっ!そんな私にあいつがババアだなんて言うからッ…!!」
なるほど…。それで怒りが頂点に達して…僕がそう思った時、近くで『プッ』と吹き出すような声が聞こえた。
「ッ!?」
見れば残るならず者たちが吹き出し笑いをしたり、ニヤニヤと馬鹿にした笑みを浮かべている。
「おのれ、下種男ォォォォッ!!!」
まるで刀身に龍の飾り彫りをされた刀を使う忍者のように嘲笑った男たちに憤怒の表情を向けたフィロスさん。男たちに向け杖を突きつけた。杖から黒い光が迸る!
「捕苦人、『残悔石化ッ!!』
黒い光が残る男たちを包み込んだ。
「うっ、うわああああ…ってなんだ?なんでもねえぜ!」
「お前たちには後悔をしてもらう」
「ああ〜?何が後悔だあ〜?」
「お前たちに向けているこの杖を再び地につけた時、魔法が発動される。その効果でお前たちの体は段々と石となっていく…。その間およそ百を数える間…」
「なぁにぃ〜?そんな事出来る訳が…」
すっ…。フィロスさんが地面に転がる男たちに向けていた杖を手元に引き、その石突きを地面につけた。
「ぬおっ!」
悪態をついていた男が驚いたような声を上げた。
「な、なんだっ?」
「うわっ!」
残る男たちも悲鳴を上げた。
「ああっ!コイツら足首から先が石化し始めたわ!」
ロヒューメさんが叫ぶ。それだけではない、それがだんだんと向こう脛のあたりまで石になっていく。
「この石化はだんだんと全身に回っていくわ…。残る時間せいぜい己が罪を悔いる事ね」
「なっ!?ふざけるなッ!さっさと元に戻せ!」
「悔い改めないのなら…、そのまま石になりなさい」
「クソがッ!?ヒイッ!?」
男が悲鳴を上げた、無理もない。石化はすでに腰の高さを超えた。
「た、助けてくれッ!」
「石になりたかないッ!」
「ま、魔法を解いてくれ!」
男たちは口々に懇願する。
「助かりたい?石になりたくない?」
フィロスさんが男たちに尋ねた。
「ああ!もちろんだッ!は、早く…」
「今まで被害に遭ってこられた方はどう思ってたでしょうね?何の咎もなく理不尽に暴行を受け、金品を盗まれた人たちは…。同じような事を考えたんじゃないかしら?」
「「「ッ!?」」」
男たちは黙り込んだ。その間にも石化は進み、男たちが生身でいるのはいよいよ首から上を残すのみとなった。
「さあ、どうするの?」
「ふ、ふざけやがってえええ!!」
「そう…。誠心誠意の謝罪をし悔い改めるなら解除しようと思ったけど無理な話だったようね」
その時には男たちの口元は石と化していた。もう謝る事は出来ない。
「謝罪する時間は与えた。しかし、お前たちはしなかった。物言わぬ石人形になり果てるがいい…、と言いたいところだが…」
すっ…。フィロスさんが再び男たちに杖を向けると鼻の上あたりまで石になっていた石化が止まった。
「石化を止めて欲しいか?」
フィロスさんが問いかけた。
「このまま石化が進めばお前たちは完全に石と化す。だが、ここで止めてやっても良い…。どうする?選べ、それを望むなら一度だけ目を閉じよ」
すると男たちは三人とも目を閉じた。
「そうか。ならばここで石化を止めてやろう」
フィロスさんが何やら呟くと三人の体を覆っていた石化の魔法の暗いオーラが杖に吸い込まれていく。
「お姉ちゃん、コイツら反省なんかしてないよ。良いの?」
ロヒューメさんの反応はもっともだ。
「問題ないわ。私は『石化』の魔法を止めただけよ」
「えっ!?」
「もはやこの者たちに残った生身は鼻よりも上のみ。出来る事はせいぜい目を動かし、思考するだけでしょう」
フィロスさんが男たちに向けていた杖を元の姿勢に戻した。
「与えた時間で謝罪もしない、悔いもしないと言うのなら…。これからの時間、せいぜい反省する事ね。元々、返り討ちにあっても文句を言える立場にはないのだから生かしてるだけありがたく思いなさい。大丈夫、体のほとんどが石化しているあなたたちは食べなくても石化している間に死ぬ事はないわ」
そんな風に微笑みかける。
「術者である私が死ぬまではね。寿命ならざっとあと五百年から七百年くらいかしら。時間だけはあるわ、たっぷり反省しなさい」
とん…。フィロスさんが地面に杖をつく音が響いた。