第328話 闇色のフィロス。
見逃してくれと口々に叫ぶ男たち、その対応をどうしようかと考えていた時にカグヤが現れた。そして男たちに近づいていく。
「な、なあアンタ!見回りの番兵とか来たらアンタも色々聞かれて面倒だと思うぜぇ?だから早く離してくれよ。ホラ、この通り!まっとうに生きていくからよォ」
カグヤはそんなこを言っている男に接近すると…。
「………」
なんと、その頭の中に潜り込んでいった。
「ヘッ!誰がまっとうになんかなるかよォ!さっさと此処からトンズラこいて別なカモ探すぜェ!!…な、なんだとッ!?」
カグヤが男の頭の中から出てきた。一方で男は自分で言った言葉に驚き戸惑っている。
「なるほど…。闇精霊は精神面への干渉はお手の物…。頭の中に入り込み本音を吐き出させたのでしょう」
腕組みしながらフィロスさんが語った。
「この場からずらかれればそれで良いぜえ!今度はもっと弱いヤツから金を巻き上げてやんだからよ!」
「クソが、反省なんてしてるフリだけで十分だろうが!番兵が来る前に早く離しやがれってんだ!」
「よくもやりやがったな!いつか隙をついて仕返ししてやるぜ!」
次々に男たちの頭の中に入り込み本音を吐露させていくカグヤ、まさに独壇場だった。
「度し難いねえ…」
つくづくあきれ果てた様子でマオンさんが呟いた。
「更生の可能性はありませんね」
僕はそう結論付けた。
「じゃあ…、サクッとやっとく〜?」
改めてロヒューメさんがナイフを近づける。
「そうですねえ、刃物を平気で持ち出すあたり手慣れた様子です。きっと余罪もたくさんあるでしょうからねえ。何らかの罰は受けるべきでしょう」
タシギスさんが冷静に意見を述べた。そこに他の三人の姉弟たちが加わる。
「どうせ盗賊扱いだしね。盗賊の対処は生死に関わらず…新しい投擲矢を飛ばす魔法の生きた的になってもらおうかしら?威力とかの感想をぜひ聞いてみたいわ」
「どうせ処断されるならその前に有効利用という事ね。それなら町の大通りにでも縛り付けておいたらどうかしら?今まで被害に遭われた方がいれば、その溜飲は下がるでしょうね」
「なるほど、町の人々の対応を見るのは良いかも知れませんね。その様子から普段この者たちが善悪どちらの顔で暮らしているのか分かりますね。善人なら助けられ、悪人なら報復を受ける。ただそれだけの事」
わざと恐怖をあおるようにしているのだろう。どうせいつか解放されるにしても、深く反省はさせるべきとは思う。
「ねえ、ゲンタさん。どうする〜?」
ロヒューメさんが軽い口調で尋ねてきた。
「僕は人間が出来てる訳じゃありませんからねえ…。だから罪を憎んで人を憎まず…なんて聖人みたいな事はとても言えません。重い罰を受けるべきだと思います」
「そ、そんな!一回だけの過ちで…」
「その一回だけの過ちを何回やってきたッ!!」
言い訳を続ける男に僕は思わず怒鳴っていた。
「働きもせず、金が欲しくなれば殺してでも盗ろう…そんな奴が何を言うのか!?」
すう〜っ、僕は大きく息を吸い込んだ。
「いまだに謝罪の言葉一つ言わず、何の償いの意思も示さない。それで逃してくれとだけ当たり前のように要求する、そんな奴にかける情けがどこにある!?仮に離してやっても、そこの泥沼に首まで浸かってる奴はこう言ったよね。いつか仕返ししてやると…。そんな奴を離したらこちらの身が危なくなる、逃がす道理は無いね」
「その通りね。然るべき対処をしましょう」
最年長者(317歳)のフィロスさんも僕に同意した。
「クソがッ!!そこの商人のクソガキもッ!エルフのババアもッ!離しやがれッ!」
「ババア…、ですって?」
フィロスさんが片眉をピクリと吊り上げた。
「ああ、ババアだッ!若いフリしてもテメェいくつだ!百か?二百か?三百かッ!?十分ババアじゃねえかッ!ああッ!?」
「生かすに値しないとはこの事か…」
ゆらぁり…。フィロスさんの動きが幽鬼のようになり、声色が途端に冷たくなる。
「ヘ…、ヘッ!なんだ、怒ったのかよ?だかなあ、ババアにババアと言って何が悪いんだよ!テメェなんざ若作りのクソババアなんだよォ!!」
男はどうせ助からない、そう思ったようで開き直る事にしたようだ。好き勝手に悪態をつく。それに同調し、周りの男たちも離せだのババアだの悪口雑言をがなり立てる。
「許さああああんッ!!」
突然、フィロスさんが怒声を上げた。いや、それはまさに咆哮と言っても良いぐらいのものだった。
「あ、ああ…。ま、まただ…。く、黒いオーラが…」
僕は思わず呟いた。先刻のギルド内での騒動の時と同じくフィロスさんの周りに暗い色のもやのようなものが漂っている。いや、今の方がより濃いような気がする。
「ッ!?あ、姉上様の髪がッ!?」
普段、冷静なタシギスさんまでが慌てふためいている。見れば美しい金色のフィロスさんの髪が変色していくではないか!どんどん暗い色になっていく、そして…。
「ぬあああああッ!!」
「フィ、フィロスさんの髪が完全に…、完全に黒い色に変わったあああッ!」
何という事だろう!フィロスさんが一声上げると髪色が黒…、というか闇のような色になった。それだけではない、先程まで体の周りを漂うだけに過ぎなかったもやのようなものが今は逆巻く嵐のようにフィロスさんの体を中心に吹き荒れている。
「あ、あああ…」
驚愕か、恐怖か。それともその両方か、洩れ出たマオンさんの声がした。僕はマオンさんを安心させようと反射的にその手を取った。
「な、なんだ、このババア?急に…」
ならず者の男が再び口を開いた。
「こりゃあ、アレか?ジジイやババアが歳食うと白髪になるみてーに、エルフは髪が黒くなるってかぁ?こいつァ傑作だぜ!」
「なん…だと…?」
姿が変容したフィロスさんがゆっくりと男に向き直った。
「ヘッ、白髪ババア!…じゃねえな、この黒髪ババアが!ざまあねえな、テメェなんざ…ヘブッ!!」
調子に乗ってさらなる罵声を浴びせようとした男の口にフィロスさんの持つ杖の石突きの部分が捻じ込まれた。当然男はそれ以上の悪口は続けられない。
「私は怒ったぞ!!!下種があッ!!」
フィロスさんが絶叫する。
「その口、二度と開かせんッ。生きたまま化石となるが良い、『石化』ッ!!」
そんな男にフィロスさんは魔法を繰り出した。
「が…、はっ…?」
散々好き勝手に悪態をついていた男が声を上げなくなり、言葉にならない音声が吐息と共に洩れ出るのみになった。そしてフィロスさんはゆっくりと男の口に捻じ込んでいた杖を引き抜いた。
「ああっ!?コイツの口の周り…、って言うか顎のあたりまで石になってる!」
ロヒューメさんが叫ぶ。その言葉通り男の口や顎の周辺が石となっている。
「お前は…」
呟きながらゆっくり…、ゆらぁ…とフィロスさんが男に近づいた。
「石と化した」
とん…。男の口から引き抜いた杖の石突きの部分が地面につく。
「口から顎にかけて、歯や舌も石と化している。何か言いたい事はある?」
フィロスさんは底冷えするような声で告げた。
「謝るなら今のうちね。許されるかも知れないわよ」