第327話 闇に堕ちるもの。
チンピラの一人…ザワルド(こんな奴の名前なんてすぐに忘れてもらって良いんですけどね)の周囲に無数の火の玉を展開させたタシギスさんの魔法『火精霊の結界』。ザワルドも抵抗を諦めるだろう、誰もがそう思ったのだが…。
なんとザワルドは諦めるどころか手に持ったナイフのようなものをタシギスさんに投げつけようとしたのだ。ま、まさか…、こんな絶望的な状況から脱するような策があるのかッ!?例えば時間を止めるとか…、ザワルドにはそんな能力が!?僕は目を見張った。
……………。
………。
…。
結論から言おう。
「うわっちいィィィィッ!!!」
そこには全身が火ダルマになったザワルドが地面を転がり回っていた。
「ええ〜〜〜……?」
なんだか少しだけガッカリしている僕がいる。それはタシギスさんも同様だったようだ。
「な、なんでしょうコレ?私、思わず遺言をするような気分になって思わず時計塔を探してしまいました。メッセージです…、みたいに」
うわあ、それ第三部の上位人気キャラですよ。
「ところでタシギスお兄ちゃん、そろそろ火を消した方が良くない?」
ロヒューメさんから声がかかる。
「あっ。僕とした事が…」
そう言うとタシギスさんは魔法を解除する。すぐに火が消えて、地べたにはボロボロになったザワルドだけが残った。
「うーん、まあ良いか…」
「だねー」
そんなザワルドを見て思わず呟いた僕にロヒューメさんが同調する。僕もずいぶんとおおらかになったもんだ。
「ヒ、ヒイイッ!!」
そう言うと最後の一人が恐れをなして背中を向けて逃げ出した。
「逃しませんよ」
このセリフはエルフ姉弟パーティの最後の一人、歳の順では五人のちょうど真ん中であるサリスさん。襷掛けした幅広の革ベルトに装着されていた投擲矢を数本抜き取った。
「ロヒューメは植物精霊。そして土、水、火と順に召喚された。ならば私は風精霊に助力を求めましょうか」
緑色のオーラのようなものがゆらゆらとサリスさんの体を包む。そして胸の高さで手の平を上向きにし魔法を放つ。
「狙い過たず我が敵を射よ!…ただし殺さないでね。『風精霊の飛散』!!」
するとサリスさんの手の平の上にあった数本の投擲矢が一斉に飛んでいく。その光景はまるで散弾銃から射出される弾丸のごとし。
たたたたんっ!!
次の瞬間には小気味良い音が響く。見れば逃走しようとしたチンピラの最後の一人が投擲矢に撃ち抜かれていた。しかし、血は流れていない。とある建物の板壁に男は両手両足の衣服ごと射抜かれている。まるで縫い付けるかのように。
「へえ、超遠距離に矢を飛ばす狙撃の魔法を近距離での射撃用にアレンジしたのね。やるわね、サリス。こんな応用を利かすなんて」
「ええ。遠距離での一射必中の射撃に対し、近距離での牽制用に多射多撃を重視して鍛錬したんです」
「それで投擲矢を…。弓用の矢と比べて投擲矢は小さいから咄嗟の場面でも多数を掴み取れるし、コントロールにかかる負担もごく少なくて済みそうね」
フィロスさんがサリスさんに微笑みかけた。そこに周りを探っていたであろうセフィラさんが声をかけてきた。
「もう安全ですよ、敵の無力化は終わりました。他に仲間もいないようです」
「後はコイツら、どうするかだねー」
フィロスさんをはじめとして護衛についてくれていた六人はなんでもなかったかのように話しかけてくる。ナジナさんたちが広場でカレーを販売していた時に因縁をつけてきたならず者たちを一掃してくれた事があるが、やはり実力上位の冒険者パーティの強さは凄い。
「あっ、ロヒューメ。念の為、最初に一撃入れておいた輩にも植物精霊の戒めを」
「はーい」
しゅるしゅるとツタのような蔓状植物がフィロスさんによって投げ飛ばされ地面に倒れている男をぐるぐる巻きに縛り上げていく。その刺激で男は意識が戻ったようだ。
「う、うぐぐ…」
「あっ、コイツ目が覚めたみたいだよ」
ロヒューメさんが学校帰りに蟻の巣を見つけた小学校低学年の子供のようにしゃがみ込み男の様子を見ていた。
「な、なんだあ、こりゃ!?やいっ、離しやがれ!俺を誰だと思ってやがる!」
目を覚ました男は怒りで痛みを忘れたか激しい言葉で悪態をつく。
「知らないわよ」
「知る必要もありませんからねえ…」
セフィラさんとタシギスさんが興味無いとばかりに応じた。
「テ、テメェら…。どうなるか分かってンだろうなァ…?」
男が凄む。しかし、そこにロヒューメさんが応じた。
「弁えた方が良いと思うよ〜」
「な、なんだと!?テメェ…ヒッ!!」
さらに悪態をついた男の目の前にナイフが突き付けられ男は言葉を飲み込んだ。しゃがんでいるロヒューメさんが他の男が地面に落としていたナイフを素早く拾い上げ、ピタリと男の目前で止めたのだ。
「そんな状態で何ができるの〜?このままプスっといったらアンタどうなる?生命力に自信有るのかも知れないけど、多分死んじゃうよ〜?」
「………」
「私は構わないよ〜。そもそも盗賊への対処は生死に関わらないのが御常法。金を寄越せと殴りかかってきて、刃物まで抜いたアンタたち…、世の中こ〜いうのを盗賊って言うのよね」
「ち、違う!た、たまたまだ、たまたま!俺たちはそんな大それた事しねえよ!飲代と小遣い欲しさにたまたまテメェらを見つけて…」
「テメェら〜?」
ロヒューメさんはさらにナイフを近付ける。まさに眼前、目から数ミリの所までナイフの刃先を近付けた。
「い、いやっ!アンタたちだ!ほ、ほんの出来心だ。頼む、助けてくれ!もうやらねえ、俺は心を入れ替えた!」
「そうですかねぇ…?」
そこにタシギスさんが割って入る。
「一つ!よろしいですか?」
人差し指を立てタシギスさんは質問を始めた。
「あなたたちは最初、こう仰ったじゃありませんか、ゲンタさんに『かれー』を売っていたな…と。儲けているんだからそれを飲代や小遣いとしてありがたく使ってやると…。つまりこれは大繁盛の『かれー』売りである事を知っていて待ち伏せていた何よりの証拠じゃないですか。売上金を狙って、刃物まで抜いて…ね」
「う、うぐぐ…」
それでもたまたま見かけたと言い張れば、それを否定する証拠が無いのでそれまでだが男は返答に窮している。図星を突かれたのだろう。
「飲む金や遊ぶ金が欲しいなら額に汗して働きなさい!これは決して許される事ではありませんよっ!!」
普段は冷静なタシギスさんであったが、今に限っては声を荒らげて叫んだ。正義感がとても強いのかも知れない。
「わ、分かった!も、もうしねえ、もうしねえよ!だから見逃してくれっ!」
「…悪事に手を染めないのは当たり前の事なんですがねえ…」
半ばあきれたようにタシギスさんが呟く。
「どうする〜?ゲンタさん」
ロヒューメさんが僕に問いかけてきた。
「な、なあアンタ!た、頼むぜ!金輪際こんな事はしねえ!神に誓う、だから離してくれ!」
「そ、そうだよ。真面目に働くッ!」
「見逃したくれよォ!?」
魔法によって拘束されている他のチンピラたちも口々にそんな事を叫ぶ。
「本当か…?」
「あ、ああ!間違いねえ!約束する」
こんなに簡単に人とは悔い改めるものだろうか。舌先三寸、都合の良い事だけを言ってるようにしか見えないのだが…。
そう思っていると僕のシャツの胸ポケットからモゾモゾと動く気配がする。
ふわり…。
「カグヤ…」
闇精霊のカグヤが僕の目の前に浮かび、にこ…と静かに微笑んでみせた。そしてスーッと男たちに近づいていった。
次回、ずっとカグヤのターン。
『闇に染まるものたち」、ご期待下さい。