第326話 闇に堕ちるもの。
冒険者ギルドから帰宅する際に立ち塞がるように現れた男たち。少なくともまっとうな感じではなさそうである。だらしない格好で顔にはいかにも品が無い。
「なんだい!お前たち!?」
マオンさんが威勢良く男たちに声をかけた。
「俺たちよぅ、飲みに行きてえんだが先立つモノが無くてよォ。そんな時に目についたのがアンタ。だからちいっとばかし小遣いを貰おう…って話になったんだ。たんまり儲けてるんだろ?だったら、俺たちに小遣いの一つや二つ出したってバチは当たらねえよなあ?」
「そー!そー!俺たちがありがたーく使ってやるぜえ!?」
男たちはそんな身勝手な口上を述べると、周りの男たちが同調するように下卑た声で笑い声を上げた。
「お断りだ」
僕は一言だけ、声が上ずらないように注意しながら応じた。
「ああん?今、何言ったァ?」
正面にいる男が凄みながら聞き返してきた。
「可哀想だねー」
そんな緊張の場面でロヒューメさんがなんとも平和的な…、間延びした声を挟んだ。
「ああ!?」
「お・こ・と・わ・り、って言ったの聞こえなかったんだー。大変だよねー、頭が悪いだけじゃなくて耳まで悪いなんて」
「テメェっ!?このっ…」
男は一瞬で逆上した。
「あらあらダメですよ、そんな事を言っては。ロヒューメ」
タシギスさんが窘める。
「そんなに飲みたければ自分たちで飲代を稼いで飲めば良いんですよ。そんな事も分からない愚か者に頭が悪いと言うなんて…。ロヒューメ、口が悪いですよ」
タシギスさん、それも十分に煽ってます。
「とりあえず…。商売をして得たお金は材料を作った人、料理を作った人、そして販売を手伝ってくれた人…みんなが働いて得たものです。何もせず金だけ寄越せというアンタたちに渡す金は硬貨一枚だって無いよ」
ロヒューメさんやタシギスさんの言葉に勇気付けられ僕もハッキリの拒否の意思を示した。
「へっ…、おとなしく出しておけばよう…、痛い目みなくて済んだのになあ…。お前、バカだろ!?」
先頭の男が近づいてきた。僕の前にはなんとフィロスさんが進み出る。
「そのエルフが護衛でもヨォ、こんだけ近づいちまえば魔法も詠唱えるヒマも無えだろうが!痩せっぽちのひょろひょろエルフなんざ斬った張ったの喧嘩にゃ役立たずだぜぇッ!!」
そう言うと男は僕の前に立ったフィロスさんに殴りかかってきた!
□
男は体格に恵まれていた。180センチはゆうに超えているだろう、そんな男が160センチ足らずで華奢なフィロスさんに拳を振り下ろすように殴りかかる。
「フィロスさんッ!」
僕は思わず叫んでいた。
「…『鬼力(ストレンクス・オブ・オーガパワー』!!」
次の瞬間、フィロスさんは一声発すると殴りかかってきた男の拳を左手の平で易々と受け止めた。普段より低く、とても凛々しい声…。氷や雪を含んだのではないかと思うくらいだ、僕はまるで気温そのものが下がったかのように錯覚する。
「な、なんだとっ!」
簡単に拳を受け止められ、男は驚愕の声を上げた。さらにフィロスさんが受け止めた拳を受け止めた左手で握り込んでいく。
「なるほど…。少しは考えたみたいだけど…」
みし…、ごりがり…。骨がきしむような音がする。
「あっ、あががッ!は、離しやがれ!!」
強がった口調で男が言うが、フィロスさんは握り込むのをやめない。
「残念ね。離さないし、先程の考え方もまるで見当違いだわ」
ぐしゃあっ!!鈍い音がした。
「い、痛え!俺の拳があ!!」
「お前が言ったように私たちエルフ族の体の構造は華奢よ、人族に比べれば貧弱…確かに言う通りだわ」
フィロスさんは痛みを訴える男に構わずまるで独り言のように話す。
「ただそれをそのままにしておく程、私たちは怠け者ではないのよ。フフ…。食人鬼…、冒険者でなくともこの怪物の名は知ってるわよね?」
食人鬼…。ファンタジー系のロールプレイングゲームではおなじみの怪物だ。背丈は軽く2メートルを超えるらしい。聞くところによれば、知能は高くないがその肉体は強靭で一度その振るった腕に当たれば普通の成人男性では即死してしまう事も珍しくないらしい。
「私は魔術師、冒険者と言えど肉体的には一般の人と大差ないわ。でも、古代語魔法には自らの肉体を強化する魔法があるの。まるで食人鬼の力が宿ったかのように…」
そう言うとフィロスさんはぐいっと左手を高々と持ち上げた。すると、何という事か!!拳を掴まれていた男がフィロスさんの頭上にまで軽々と持ち上げられた、そして次の瞬間!!
「ふううううウウウウウウウンッッッ!!!!!」
上げていた腕を一気に振り下ろした!!
「わっ!わあああああッ…」
男は子供のような叫び声を上げていたが、地面に打ちつけられそれが途切れる。
「お気の毒様、エルフをあまり甘く見ない事ね。魔法で人一人を持ち上げて投げ捨てる事が出来る程度には肉体強化をするのは得意なの、私」
フィロスさんが悪戯っぽく笑った。
「…ロヒューメ、何か言ってやりなさい」
「こんな凶悪い強化術を使えるのフィロスお姉ちゃんだけだよぉ…」
タシギスさんとロヒューメさんがそんなやりとりをしていた。
□
桁違いの強さを見せつけたフィロスさん。
「あははっ。ダメね、この魔法」
彼女は自嘲的に、それでいて楽しそうに笑った。
「ど、どうして笑ってるの?お姉ちゃん」
「この魔法…確かに肉体強化の効果は凄いけど…、持続時間がとても短い。もう効果が途切れたわ。これなら効果は落ちるけど普通の肉体強化の方が安心感があるわね、良い実験になったわ」
凄い。こんなチンピラなんぞまるで歯牙にもかけてない。凄まじい荒事の現場だが、彼女にしてみれば単なる新たな魔法のお試しの場に過ぎなかったのだ。
「あ…、圧倒的じゃないか…」
僕は思わず呟いていた。
「さすが二つ名持ちの凄腕冒険者…、魔法姫…」
目の前に立つ細身で華奢なフィロスさんの背中がこれ以上ないくらいに大きく、そして頼もしく感じた。しかし、それだけで男たちがおとなしく帰るかとなれば違ったようで…。
「ビ、ビビるんじゃねえッ!てめえらっ!」
チンピラの一人が大声を上げた。
「もうコイツの魔法は時間切れだ!今だ、囲んでやっちまうぞ!」
「おうっ!魔法を使われる前にッ!」
「殺っちまっても構わねえ!魔法を使われるよりはッ!」
そう言って男たちが刃物を抜き、僕たちを取り囲もうと動く。
「絡み付け!『下肢拘束の蔓状植物』!」
こちら側で最初に動いたのはロヒューメさん。何やら声を発すると取り囲もうと動いた男の一人の足元が突然『ボコッ』と音を立て蔓状のような植物が大地を割って飛び出し、その下半身をぐるぐる巻きにする。男はたちまち地面に引き倒され身動きが取れなくなった。
「泥沼の捕獲!」
「水精霊の輪環!!」
続いてセフィラさんとキルリさんが魔法を発動させた。セフィラさんは一人の男の足元を泥沼に変え、ズブズブとその体を沈み込ませていく。その沈下は首から上だけを残したところでようやく止まった。一方のキルリさん、こちらは水で出来た土星の輪のようなものをいくつも発生させ一人の男を縛りつけた。
「こう見えて僕は案外派手好きでしてねェ…。だって分かりやすいじゃありませんか」
タシギスさんが一人の男に向け手の平を突き出した。
「火精霊の結界ッ!!」
次の瞬間、刃物を手に飛びかかろうとした男の周囲にいくつもの火の玉が生まれた。それはピンポン球ほどの小さいもの。その数は百や二百ではない。それが男の周囲、前後左右も頭上も完全に包囲されている。
「チッ!!」
思わず動きを止め見回すが、周囲を完全に火の玉に囲まれチンピラの一人が舌打ちする。蟻の這い出る隙も無いとはまさにこの事。
「触れれば発火する火精霊の結界はッ!!」
いつの間に移動したのだろう、タシギスさんは近くの教会のてっぺん…鐘突き塔のような場所の上にいた。
「すでにお前の周囲全て、半径20インチ(約60センチ)の距離に発動させてもらった…。ここからならお前の動きも手に取るように分かる」
これはッ!?もはや逃げ道は無い!変な動きを見せればそれこそ一瞬で無数の火の玉の餌食になる!
しかし、チンピラは諦めの表情を浮かべない。
「テメーッ、間抜けかァッ!?よく見ておきやがれッ!このザワルドの…、ザワルドの根性をッ!」
そしてそのチンピラは手に持つナイフのようなものを振りかぶり、タシギスさんに投げつけようとした!
次回、タシギスの運命はッ!?
→ TO BE こんてにゅー…?