第325話 闇に堕ちるもの。その3
翌朝…、冒険者ギルドにて…。
「お待たせしました!みなさん、今日の朝食は名付けて七色のパンならぬ七種のパンです!」
そう言って早朝のパン販売を開始した。
「まずはこちら!肉を食べたいと言う人向けだよォ!」
販売スペースでマオンさんが声を張り上げる。
「みんな、大好き『うぃんなあ』!茹でたてのコイツをパンに挟んだモンだ!渡したらそこにおいてある赤と黄色のタレをつけて食べとくれ!あっ、でもつけすぎは御法度だよ!特に黄色いの、こりゃあ凄く辛いんだ!」
「フ、フヒィーーッ!!ば、婆さん、そういう事はもっと早く言ってくれよ!!か、辛え!鼻先をブン殴られたみてえに効くぜえっ!!」
「おやまあ、『大剣』の旦那。それは少しで良いんだよ。『うぃんなあ』の脂身のコクと赤い方のソース…『けちゃっぷ』って言うらしいんだけどね、それが甘酸っぱさを加える。だけど、それじゃシマリがないから好みで少し効かせるくらいで良いのさ。それなのにそんなにたくさんかけるから…」
パンに粗挽きのウィンナーを挟むホットドックをイメージしたものにさっそくかぶりついているナジナさんが悲鳴を上げているのをマオンさんが窘めている。どうやらマスタードをつけ過ぎて四苦八苦しているようだ。
「だ、だってよう!あそこに黄色いのをたっぷりかけたのを笑顔で食べてるのが…」
そう言って示した先には火精霊のホムラが小さく切り分けたウィンナーを挟んだパンを食べていた。確かに赤いケチャップも黄色いマスタードもたっぷりかけたものを顔や手をベタベタにしながら美味しそうに食べている。
「ダメだよ、旦那。あの子は大の香辛料好きなんだ。旦那も知ってるだろ、胡椒も唐辛子もなんでも食べる、それこそ毎日の食卓でね。特に辛いものなんてすぐにペロリと平らげちまう。儂らにとって火を吹くようなモンでもあの子には御馳走なのさ」
「ま、毎日の食卓で胡椒を…?」
「すげえ…。そんなの毎日砂金を食うような贅沢な暮らしだぜ…」
周りの冒険者たちがざわついている。確かにそうだよなあ…、いつものスーパーで百円もしないで購入できる胡椒がこの異世界じゃ同じ大きさの砂金…金や他の鉱物が混じりあった自然金と同じ価値で取引される。一般に胡椒を黒い琥珀金と言うらしいから、確かにホムラの食生活は異世界基準なら高価なこと極まりない。
「甘いものが欲しい方はこちら、ダン君とジュリちゃんよろしくね」
ウィンナーのとなりには大瓶のジャムなどを用意した。そう、今日のパン販売はコッペパンに具材を挟んだものを販売する事にしたのだ。コッペパンに切れ目を入れたものを用意し、そこに七種類の具材を用意した。ウィンナーの他にはイチゴジャム、マーマレード、ピーナツバター、チョコレートクリーム、小倉あん…五種類の甘いもの。そして七種類目は…。
「最後、七番目の具材はこちら!!猫獣人族の皆さんに特にオススメ、ツナマヨです。魚のほぐし身を秘伝の調味料で和えたものを挟んでいます」
そう言って僕は小さなマヨネーズ容器に入ったパンにつけて食べる具材をコッペパンに挟むように仕込んだ。
「く、下さいっ!!」
「はいっ!白銅貨五枚です!」
シスター見習いのミアリスさんが飛び込むようにやって来る。彼女はツナサンドを以前試食した事がある、だから迷い無く買う事を決意したのだろう。伸ばした右手と僕の伸ばした右手が重なる。
「毎度ありッ!」
差し出された手には一枚の大白銅貨(白銅貨五枚分の価値、日本円にして五百円相当)が手渡されていた。残る左手で作りたてのツナマヨパンを渡す。
ぱくっ!!
受け取るやいなやミアリスさんはツナマヨ味のコッペパンにかぶりつく。
「〜〜〜ッ!!」
声にならない声を上げ、たまらないといった表情でミアリスさんが体をプルプルさせている。いつかのようにネコミミと尻尾がぴょこっと飛び出している。久々のツナマヨは我を忘れるくらい美味しかったのだろう。それを見て駆け寄る影が数人。
「ッ!!?ぼ、坊やッ!アタイもその『つなまよ』のパンをッ!!」
ミアリスさんと同じく猫獣人族のミケさんが手を伸ばす。その後ろには彼女の弟さんたちも続いた。
「はい、毎度!」
「ああっ、海の魚だよ!普通、山ン中じゃ食べられない御馳走だよ!」
「それにこの『まよ』って言う味付けがたまらなく美味え!」
ミケさんたち姉弟も大満足のようだ。それからはひたすら売りまくった。やはり肉、ウィンナーが一番人気。ケチャップとマスタードを自分の好みの量にかけられるのも人気の秘密のようだ。
ついで人気なのはマヨネーズの味がウケているのかツナマヨである。各種ジャム類もそれに続く。終わってみれば大盛況、今日の売り上げも二十万円に迫る勢い。そしてこれが新たな販路と一つの仲違いを生む事になるのだが、それはもう少し先の話…。
「さあ、片付きましたし朝食にしましょうか」
僕たちはいつものように朝食のテーブルを囲むのだった。
……………。
………。
…。
「本日はこのフィロス、万難を排し完璧なる護衛をする所存!」
朝食を終えマオンさん宅へ戻る際、フィロスさんが力強く所信表明をする。昨日の事もあり、なんとか罪滅ぼしをしたいのだろう、かなり張り切っている。
「護衛のセオリーからいけば複数人、前衛職が必須ですが姉様程になれば町中での護衛には問題ないでしょう。いざとなれば球体の精霊を召喚出来ますし、頭数が足りないという事もないと思います」
それでも用心の為、セフィラさんたちも合わせて護衛してもらっている。そんな時だった。
「おい、お前!『かれー』売りのヤツだよな」
帰り道、立ち塞がる数人の男たちが現れたのだった。