第320話 キッチンカー?
翌早朝…。いつも通りに冒険者ギルドへ向かう途中で…。
ガントンさんゴントンさんの二人を中心に新しく作ってもらった新型の荷車を引きながら僕はマオンさん、そして護衛をしてくれているナジナさんとウォズマさん、さらにはドワーフの皆さんも同行している。ちなみにドワーフの皆さんにはもう一台、荷車を引いてきてもらっている。
「兄ちゃん、変わった荷車だなあ。こんなに湯気を上げて…」
ナジナさんが荷車を見ながら感想を述べる。そう、今まさに煮炊きをしながらこの屋台は移動している。炎はホムラ、水はセラ、二人の精霊が手を貸してくれる事で燃料の心配は無い。
この荷車は日本で言うところのラーメン屋台のような形状をしている。さらに言えばただ煮炊きスペースがあるだけの屋台ではない。折り畳み式の作業台が付随している。それを展開する事も可能で上から見ると煮炊きする方と、野菜や肉などを切ったり出来る作業台の方とでL字型に展開するように出来る。
「親方をはじめとして皆さんに作ってもらったんです」
「驚きましたヨ。こんな荷車を考えつくなんて…、ゲンタ氏の発想にはいつも驚かされてばかりです。細工を考えるのが楽しかったですヨ。デュフフフ…」
そう言っているのは機巧を作ったり考えたりするのが好きなハカセさん。今回の荷車を作るにあたって最大の工夫をしてくれたのが彼だ。
「ハカセさんには肝になる機巧の為に沢山の試行錯誤をしていただきました」
「ゲンタ君、その工夫と言うのは?」
興味を持ったのかウォズマさんが聞いてきた。
「えっと…例えば坂道みたいな傾斜がある所でも鍋や釜、それと熱の源になる火を傾ける事なく常に水平に保てるんです。これなら煮炊きをしながらでも移動出来ますからね、仕込んで出発して目的地に着くまでにしっかり煮込む事ができます」
「なるほどね。それなら移動している間に火を通して到着したらすぐにでも販売が出来るという訳だ」
「はい、おっしゃる通りです。料理する厨房としての機能、そして荷を運ぶ荷車としての機能を併せ持つので厨房荷車と名付けました」
一瞬、『シャブシャブとスキヤキの良い所を合わせたので…』みたいな子供っぽい名付けかなと思ったが、他に言い様がないのでこの名前にした。
「それにしても兄ちゃん、なんで煮炊きしながらギルドに行くんだ?兄ちゃんにはいつもの『じゃむぱん』とか『うぃんなあぱん』があるじゃないか」
ナジナさんの疑問はごもっとも。しかし、これには事情があるのだ。
「実は今日、十分な数のパンが用意出来なかったんです」
□
「あれ?ゲンタさんどうしたんですかぁ?いつもの裏口からじゃなくて正面の入り口から入ってくるなんて。あと、ナジナさんはどうしてそんな落ち込んだ顔をしてるんですかぁ?」
到着した冒険者ギルドで僕たちを最初に出迎えたのは受付嬢のフェミさんだった。その声に周りの冒険者たちが一斉にこちらを振り返る、みんな今か今かと僕を待っていたような…そんな雰囲気だった。
「待ってたぜえ、坊や!」
「昨日は坊やのパンが無かったから他所の店で買ったパンを食ってたんだがありゃもうダメだ」
「そーそー!ありゃあパンじゃねえな、紛いモンだ!」
「アタイ、もう坊やのパン無しじゃ生きていけないよ!」
口々にそんな事を言いながらこちらにやってくる。
「ん?どうした、大剣。この世の終わりみてえなツラして。お前が一番坊やのパンを楽しみにしてたじゃねえか!」
「そうだそうだ、もっと嬉しそうな顔しろよ!」
「お前ら…、これを聞いたらお前らも同じツラするようになるぜ…」
「ん、どういうこったい?」
「兄ちゃんが…、パンを用意出来なかったみてえなんだ…」
「「「「な、なんだってーッ!!!!?」」」」
朝一番、冒険者ギルドに悲鳴にも似た絶叫が響き渡った。
「すいません、本当です。どうしても十分な数の用意が出来なくて…」
「お、おい…」
「マジかよ…」
一気にお通夜みたいなムードになるギルド内。中にはガックリと膝から崩れ落ちている人もいる、スキンヘッドにゴツい体…ギルドマスターのグライトさんだった。
「そんな訳でして、パンはご用意出来なかったんですが代わりの料理を用意しました。もし良ければそちらを食べてみませんか?皆さん大好きな物です、今回はそれに変わった穀物を合わせた料理です」
ざわ…。
「に、兄ちゃん…。それがさっきの…、煮炊きしてたモンなんだな?」
ナジナさんが僕の肩に両手を置いて問いかけてくる、真面目な顔だ。ここまでの真面目な顔、なかなか見た事がない。
「はい。訳あってギルド内ではこれを煮炊きする訳にはいかないので表の通りで準備しています。一人前、銀片一枚(日本円で千円相当)で販売いたします。よろしければお召し上がり下さい」
そう言って僕は一礼し、ギルドの外に出る。そこにはマオンさんが待っていた。頷いた、準備出来てるって事だ。
さあ、これが上手くいくかどうか…。大丈夫だとは思うんだけどなあ…。僕は成功を願いながら厨房荷車に向かうのだった。




