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第31話 マオンさんに毛布を、しかし価格は高かった(前編) 〜物には物の相場があります〜

商業区…。

文字通り商店が多く立ち並ぶ地区である。


ただ、それ以外の地区に商店を開いてはいけないという

取り決めはない。そういった理由で、物作りをする職人達の

出入りを見込んで職人街で飯屋を開いたり、その彼らが使う

道具を取り扱う商店も存在する。

要はしっかりとその場所に利用される見込みがあるかを

見極め、あとは客が納得出来るだけの価格と(クオリティ)のバランスが

維持できれば、余程ひどい外的要因…、ある種の避けようが

無い不幸でも起きない限りは事業は継続できる。

ただ、そのひどい外的要因…新型コロナウィルスの猛威が

今日(こんにち)の日本をはじめ、世界中で懸念されている訳だが…。


僕達一行は丁度その商業区に差し掛かった所だった。

冒険者ギルドを出て十分を過ぎたくらいだろうか。

町は完全に動き出している。行き交う人々は皆それぞれ

行き先に向かって歩を進める。目的を持っている者の

足取りだ。日本で例えれば、スケジュール帳に書かれた

その日のたくさんの予定をこなしていく仕事人(ビジネスマン)だろうか?



「あっ、あの人はきっと薬師(くすし)か、薬種問屋(やくしどんや)の方ですよ」


ミアリスさんの声に僕は彼女が示した方を見ると、遠くに

何やら変わった鞄のような物を手に()げた男性が

歩いてくるのが見える。服装に何か特徴がある訳でもなし、

彼女はなぜその人の職業が薬を扱う人だと思ったのだろうか?


僕が何やら思案しているのを表情から読みとったのだろう。

ウォズマさんが、僕に問う。


「ああ、なるほどね。ゲンタ君、なぜミアリス嬢は

 あの男性を薬師か薬を取り扱う商人かと分かったか…、

 それを当てられるかい?」


ミアリスさんとウォズマさんはあの男性の職業が薬品関係で

ある事が分かっているようだが…。ヒントはやっぱりあの手に

提げている鞄のような物かな。鞄…ではないのか、布のような

もので包まれた何かだけど…。


「うーん、分からないですね。服装も特には他の人と違う所は

 無さそうだし、あの手に持っている布がかかっている物に

 意味がありそうだけど…」


「ふふふ。目の付け所は良いさね、ゲンタ。

 あのかかっている布の中身は鳥籠(とりかご)だよ」


「鳥籠…」

よォーし、とりかごだ!凄く偉大な門番の人が言ったとか、

言わないとか…、そんなフレーズが頭に一瞬浮かんだが、

とりあえず無視して現実に向き合う。

ちなみに僕は『さんかくとび』を使う同じポジションの人の

方がキャラ的には好きだけど…。


鳥籠を持って歩く人…、そうか、あの中に矢鳩が…。

マニィさんが矢鳩を飛ばしてからまだそんなには

()っていない。だけど、もう薬草の購入に動く人がいる。

『良い物は、より早く』か…。流通に関してここミーンの町は

日本より確実に不安定だろう。毎日、それもいつの時間に

入荷するとも限らない。だからこそ、矢鳩を使い早急に(しら)せる。

それも、ミアリスさんが大変だけど良い品質の物が()れる

夜の時間帯に採取された上質な物だからなおさらだ。


現代日本のように、携帯電話やPC、ファックスがある訳じゃ

ないけど、人は今ある状況の中でその時出来る最善の手段を

取ろうともがく。その最善の方法を取れた者こそが、

その時の成功へと導かれるのだ。


そう、その時の成功に。



しばらく歩いた後、僕達はミアリスさんと別れた。


彼女は下働きをしている教会へと戻った後、しばらく仮眠を取り

午後からは教会の用事や仕事をこなすのだという。


「なるほどなあ、商業区と職人街の間にある教会が

 嬢ちゃんのいる所だったんだな」


先程までミアリスさんから働いている教会の場所を聞いて

いたのか、歩きながらナジナさんが話している。


「そう考えると、冒険者(うち)のギルドも商業区だし、

 御婦人のいるのも商業区。みんな近くに固まってるし、

 不思議な縁でもあるのかも知れないね」


(わし)もこの(とし)になって初めて冒険者ギルドに

 入ったし…、世の中何が起こるか分からんねえ」


(ちげ)()え。俺もあんな美味(うめ)えパンを食ったのは

 生まれて初めてだし、まだまだ分からねえ事ばかりだぜ」


そんなやりとりをしていると、雑貨屋が(のき)を連ねる一角に

やってきた。僕の希望を言わせてもらって悪いが、毛布を

買いたいと思ったのだ。


今朝、マオンさんと待ち合わせた時、彼女は外で待っていた。

まだまだ朝夕は冷え込む春先だ。あんまり長い時間外にいるのは

体にも良くない。もしかすると、炬燵(こたつ)の下に敷く

銀色の保温シートでは冷え込みに耐えるには不十分だったのかも

知れない。…いや、きっと不十分だろう。納屋は板で作られ、

その板の厚さはそれなりでしかない。雨露(うろ)はしのげても、

忍び寄る冷気はどうにもならないだろう。


これから先の季節は暖かくなっていくようだけれど、

しばらくはこの冷え込みが続くだろうから心配だ。


「うーん、やはり毛布は高いものだからねえ…」

申し訳無さそうにマオンさんが呟く。

雑貨屋さんに見せてもらった毛布はどれも銀貨二枚を

()えてくる値段だった。銀貨一枚は一万円だから、

大体毛布一枚で二万二千円から二万五千円ぐらい。

日本でなら、かなりの高級毛布の部類だろう。


今日のパンの売り上げが四万七千円、利益(もうけ)は四万円くらい、

毛布一枚で半分以上が飛んでいく。なかなかに異世界の

商品は割高である。


「大丈夫ですよ、マオンさん。それよりも大切なのは体です。

 元気がなくちゃ働く事も暮らしていくのにも困ります。

 それに、(かまど)を再建してパンを焼かないと!」


「だかのう…、これじゃゲンタのパンを売ったお金が

 かなり飛んで行っちまうじゃないか…」


申し訳無さそうにマオンさんが言う。


「お客さん、悪いね。丁度秋の終わりから来月くらいまでが、

 毛布は一番高い時期なんだよ」

店主と思しき男性がそう声をかけてくる。


「高い時期?」

僕は思わず聞き返す。


「ああ、そうさ。今はまだ夜は冷えるだろ?だから温かく

 寝る為にも毛布は入り用さ。それに新しく毛布を作るにも

 羊毛(ウール)の刈り込みはもう少し先だ。刈っちまったら

 さすがの羊もまだ寒いからな」


要するに欲する人が多く、値段を下げなくても買い手はまだいる。

たくさん余っているなら値段も下げようがあるが、今は材料の

羊毛が手に入ってくる時期ではなく、新しい物を生産し

毛布の在庫が増えてくるような状況にはまだ早いという事か。


僕は値段の事は気にしないで下さいと言ったのだが、

マオンさんは結局買うことを良しとせず、店を出る事になった。


「すまないねえ、旦那達もゲンタも。あんなに高いんじゃ

 (わし)はどうしても…」


「良いんだぜ、婆さん。孫ってなあ可愛い(モン)なんだろ?

 無理させたくない、そう思うのも無理は無いぜ」


「しかし、毛布が高い時期だったとは…。運が悪いと言うか…」


「ああ、せめて銀貨二枚よりも安かったなら…、ゲンタの

 好意に甘えようとも思うたんじゃが…」


「ッ!!」


すっかりお通夜みたいな雰囲気になってしまった僕達一行だが、

突然ナジナさんが立ち止まった。まるで、天からのお告げ.

いわゆる天啓を得たかのように目を見開いたまま動きを止め…、

「ばっ、婆さん、俺についてきてくれ!あるかも知れねえ!

 その婆さんの求める毛布(モン)がよおっ!

 い、いや、ついてこいなんてまどろっこしい!」


言うやいなや、ナジナさんはマオンさんを背中に背負うと

走り始めた。(あわ)てて僕とウォズマさんが後を追う。


(ひらめ)いちまったぜぇ!冒険者(おれ)ならではの奇策(アイディア)って奴をよぉ!」


先頭を走るナジナさんは何やら嬉しそうに、マオンさんを

背負ったまま何処(いずこ)かへと駆けていくのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 毛布だったら日本で安物を購入してもかなり質はいいかな。 薄手の毛布を2枚プレゼントしても1万円以下かな。
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