第313話 それは甘く、そしてほろ苦いもの。その2
明けましておめでとうございます。
前話は下書き設定を忘れて途中でアップされてしまいました。前の回を見て、短すぎと思われた皆様、ご心配をおかけしました。
その『血誉呼礼闘』とやらは本物なのだろうか?誰かが洩らした疑問の声。あまりに大げさなエピソードは確かに眉唾物だ。
「皆さんの疑問はごもっとも!されど、心・配・御・無・用ッ!!」
さあ、元ネタは分かりますか?僕は漢字で書けば五文字の心配御無用を身振り手振りを交えながら一音ずつ区切って言ってのけた。
「誰も見た事がない甘味、誰が本物が分かるんだ?…そう思いますよね、皆さん!?」
観客の皆さんが頷く。
「そこで僕は考えました。僕たちじゃ分からないなら分かりそうな方に食べてもらえば良いと」
おおお!
観客が湧いた。
「おいで!精霊たち、ちょっとこれを食べてみてくれないかい!?」
ぽぽぽぽんっ!!
たちまち姿を現したサクヤたち四人の精霊。さらには、僕やマオンさんの声を会場に届けてくれていた風の精霊、日没後の広場を照らしてくれていたサクヤの友達の光精霊たちが一斉に集まってくる。
ずらり…。精霊たちが空中で綺麗に整列した。
「せ、精霊ッ!精霊なのかッ!?」
「は、初めて見た!」
驚く観客、一方で僕は焦っていた。
「は、ははは…。こ、こんなにたくさん集まってくるとは…」
□
チョコレートの真偽についてだが、これは一瞬で本物と知れ渡った。あまりに大勢の精霊が集まった為、訳ありお得用ミルクチョコレート…生産途中で割れてしまったものを集めて大袋に入れたものだ。これを大皿に盛って精霊たちに差し出した。
「す、凄え…」
「美味しそう…」
精霊たちが大皿に一斉に向かう。彼らは言葉を発さないが、その食べっぷりと喜びはしゃぐその様子が何より雄弁に物語った。
「ほ、本物だ…」
「ど、どんな味するんだろ…」
そうだな、分からないと話にならない。
「それじゃあ誰かに食べてもらい感想をお聞きしますかね。えーと、それじゃ…。あ!アリスちゃ…」
「その役目、このバラカイ・ザンユウが引き受けよう」
僕は会場に来ていたアリスちゃんを見つけたので声をかけようとしたら、名乗りを挙げたザンユウさんがずいっと前に進み出た。
「だ、誰だ…?」
「ほら、アレだよ。エルフの食通の…」
観客の中にはザンユウさんを知っている人がいたのだろう。でも、僕はアリスちゃんを呼ぼうと思っていたので、
「あ、いや、アリスちゃんに…」
「んん?」
眼力たっぷりにザンユウさんがこちらを見る、凄い迫力だ。これは言っても聞かないな…。
「分かりました。ではザンユウさん、どうぞ」
「うむ」
「あと、アリスちゃん!お願いできる?」
「うん!!」
「む…」
「ははは、ザンユウさん。これは観衆の皆さんの為ですよ」
「むっ?」
ザンユウさんが何か言い出しそうだったので、僕は先んじて声をかけた。おそらく子供と同列に味の評価をさせるのか、と言うところだろう。
「ザンユウさんならそれこそ的確な味の批評をいただけるでしょう。それこそ正に理にかなう…と言ったような…」
「ふむ…」
「だからこそ…、ですよ」
ててててっ!ぎゅっ!
駆け寄ってきたアリスちゃんが僕の手を握って『えへへ』と可愛く笑った。そのアリスちゃんの姿を見て、再びザンユウさんに向き直った。
「あ、あんなに簡単に…、自然と男の人の手をぉぉ…」
最前列で体育座り、ハンカチを噛みながら涙を流すフィロスさんの存在を認識したがここはあえてスルーした。
「こちらのアリスちゃんには口に入れた瞬間の反応を見てもらいたいと思ったんです」
「ふ…、ふふふ。ふははははっ!」
ザンユウさんが小気味良いとばかりに笑った。
「そうか、主人…こういう事か。その娘には口に入れての思うままに、そして私には言葉を尽くして説明させる。情と理…それぞれを伝えさせようと言う事か…。ふふふ、高くつくぞ。だが、代わりにその娘は何を支払う?」
「私はゲンタのお嫁になるから良いもんっ!」
「ふはははっ!良い目のつけどころだ!」
「うぉんうぉんうぉん!!あ、あんな年端もいかない子がもう嫁入りしてるよぉ…」
ザンユウさんは笑い、フィロスさんはさらなる号泣…。現場は混沌と、参加者たちをそっちのけで展開されていくのだった。
□
「甘くて美味しい〜!!ん〜!!」
満面の笑みの美少女ちゃん。
「こ、これはただの『血誉呼礼闘』ではないっ!!確かにかの甘味の味がする!だ、だが、この滑らかな舌触りは何だッ!これはかの国の王とてこれほどの美味は知らぬ筈だ!」
「な、なんだって!ザンユウの旦那、どういう事か儂らにも分かるように説明しとくれよッ!」
マオンさんがザンユウさんに問う声が風の精霊たちの力により広場にいる人全てに響く。
「まずはこの滑らかさだ…。口に入れた瞬間にサラリと溶ける。だが、本来の『血誉呼礼闘』というのは外皮を剥くとたちまち液体と化してしまう『神の食物』の種子を個体の状態にする為に錬金術士が苦心の末になんとか固体化に成功したのだ」
「え?それならおかしくはないだろう?元は液体だったんだから…」
「そういう理屈ではない、この種子は理外の存在だ。液体でしか存在出来ぬものを無理に個体としている、その為に無理に個体につなぎ止めている核となる部分…そこが味はともかく歯触りはデコボコ、ゴツゴツとしたものとなる。だがこれにはそれがない!かの錬金術士ガナッシュでさえ叶わなかった均一に固体化させ口溶けをこれほど滑らかにするなど…」
「そ、そんなに凄いのかい?」
「それだけではないぞ!」
「ま、まだあるのかい?」
「これは単純に『神の食物』、生乳、白砂糖を混ぜただけにはとどまらぬ。さらには香料に…植物と生乳から精製した油脂か…他にも様々なものを加えている。それが甘く…それでいてほろ苦く、濃厚なコクを伴いさらには香り高く鼻をつく。この香りは…むうっ、分からん。植物のものとだけは分かるが…」
「と、とにかくどうなんだい、旦那!美味いのかい、それとも不味いのかい?」
焦れたようにマオンさんが尋ねた。
「美味い!!」
うおおおお!
観衆が喝采を上げる。
「僕の故郷では年に一度、女性から男性に恋心を打ち明ける機会があります。その時にこのチョコレートを渡し、思いを伝えます」
「ほう…、そのような風習が…」
「はい、恋は甘いだけでなく、時にほろ苦いもの…。それと同じような味がするこのチョコレート…、思いを託して伝えるのにこれほど相応しいものはありましょうや?」
「気に入った!!ガワナカっ!これを購入するぞ、言い値で良い。後で主人と話をまとめておけ!ふははは、愉快であったわ!!」
豪快に笑いザンユウさんは立ち去っていった。後にはチョコレートを食べ終わり笑顔で僕の手を握っているアリスちゃん。
「ヘ、ヘイ、坊や!ミーたちのラブの催し…フォゲットされてない?」
ルオーシマンさんの声が寂しく響いた。