第312話 それは甘く、そしてほろ苦いもの。その1
「「ゲンタ〜〜〜んッ、確認ッッッ!!!!」」
僕とマオンさんは右手の親指と人差し指をL字型になるように立て右目の横でキメのポーズをした。
「さてさて…、現場では…。おおっと、男性の4番!ルオーシマンが何やらやらかしたようだ!!」
「これはアレだね。自己紹介で軽いギャグを入れたら思いの他ウケなくて滑っちまったんだね」
ちなみにルオーシマンは実は冒険者だったりする。その彼は一番に参加者として名乗りを上げてくれた。
「藪からスティックに面白い催しじゃないの!ミーが出てあげるよ!ウィズミーしようぜ!」
これが五日前。その一番に名乗りを上げた彼が今、窮地に立たされている。
「ああっと!?ここで上手くフォローを入れたのは女性側の2番、ブレンダさんだ!」
「これは大人の対応だね。自己紹介の合間に大皿料理をみんなに取り分けながら場をしっかりと回している。こりゃあ一本取られたね。結婚するならこういう娘、そんなイメージを植え付けるには最良の場面だったね」
「なるほど。マオンさん、これは当意即妙のナイスプレイという事ですね!さて、ちなみに現場の十人の男女には我々二人、そして今ご覧になっている皆さんの声は風の精霊さんたちのお力添えにより届かないようになっております」
「お、自己紹介が終わって乾杯するみたいだ。ゆっくりとした展開だったね。だが、いよいよ本格的にスタートだ。酒が入れば本音が出やすい。短期決戦にこれがどう効果を及ぼすのか…、期待して見てみようか」
「さあ、まだ始まったばかり。しかし、残り時間は半刻(約一時間)を切っている。
……………。
………。
…。
「そして、あっと言う間に時は流れ告白タイムだよ!参加者たちはそれぞれ男女に分かれておくれ。我々もすぐ行くからね!」
風の精霊による僕とマオンさんの声は参加者にも観衆にも聞こえるように変化してもらった。そう言って僕たちは参加者たちの方に向かう。
広場の中央、この町を見守るように立つ大きな木。遠目には大きなキノコのように見える。実をつける訳でもない為、誰もがその大きな木の種別を知らない。しかし、あまりに大きな木なのでいつしかその木は『伝説的な木』と呼ばれるようになったという。その木の下に参加者が集まった。
参加者たちは観客から見て木の右側に男性陣、左側に女性陣とそれぞれ別々に立っている。こちらも僕は男性陣、マオンさんは女性陣へと分かれてこの一時間の手ごたえの印象を聞いてみた。緊張であまり話せなかった、食べ物の好みが一緒だと分かったなどそれぞれが印象を語る。
「さあ、告白の前に今回の参加賞の紹介です。今回、お土産としてご用意したのは…チョコレートです!」
そう言って僕は金色の包装紙に包まれた小判サイズのチョコレートを取り出した。
「な、なんだアレは…?」
「異国の金貨か?」
観客からざわめきが起こる。
「ぬうっ!あれぞまさしく『血誉呼礼闘』!!」
「知っているんですか!?マオンさん」
「あ、ああ…。あ、あれは遙か遠い遠い海を渡った国に伝わると聞いた事があるよ…。お、御伽噺みたいなモンだとばかり思っていたが…現実に存在するとは…」
…血誉呼礼闘。
死んでさえいなければどんな傷も病もたちどころに癒すと言う霊薬、その材料の一つが『神の食物』と呼ばれる木の実である。伝説では神々が永遠なのはこの実によってその若さを保つと言われている。それを使って作ったのがこの『血誉呼礼闘』である。
本来『神の食物』の実は神でない者が加工しようとするとすぐさまその形を失い液体となってしまう。つまり、霊薬のように液体でしか存在出来なかったのである。しかし、それを伝説の錬金術士ガナッシュが編み出した秘術により固体化が可能になった。
『神の食物』に新鮮な生乳、純白の砂糖と言う選りすぐりの材料を加え錬金術の秘技を駆使して作られた『血誉呼礼闘』は褐色の固形の甘味である。その味わい、香りは大変素晴らしく口に入れると溶けるのは神でない者が触れると形を失い液体となる『神の食物』の名残だと言われる。
なお、この甘味は当然ながら大変高価で口にする事は大変困難であった。というのも『神の食物』の実自体が同じ大きさの純金と同等の価値があるとされ、この木の実の平均的な大きさから換算すると2過重(2008グラム強)以上の価値がある(1グラム7200円換算で1445万円以上)。なお、この木の実は外皮などに包まれている為に可食部はさらに中にある五つの種子部分である。その為、実質的にさらに希少度が増す。
当然の事ながらこれを口に出来るのは王族か大貴族くらいのもので、それ以下の身分の者たちが口にする事はなかった。しかし、唯一の例外としてとある王が催した死合(命を賭けた真剣勝負、現在の試合の元となった)『血誉呼礼闘』で優勝するとその栄誉と共に上級騎士として仕官する事ができ、褒美として金銭と共にこの『神の食物』を使った甘味を与えられた。
しかし、あまりにこの死合は血生臭く多数の犠牲者を出した為に後の代の王がこれを廃止した。だが、その甘味の味わいと価値からその甘味自体がいつしか『血誉呼礼闘』と呼ばれるようになり現在に至ると言う…。
……………。
………。
…。
「そ、そんな甘味が…」
「で、でもよう…。そんな貴重な甘味、偽物って事は…」
観客から不安と疑問視する声が洩れ始めた。