第303話 実演販売、七色の酒。
「この一見すると水のような酒だが…、んぐんくっ!」
ガントンさんが一口酒を飲み、ぷはあと息をつく。
「ワシらを満足させる強い酒じゃ!ドワーフは嘘はつかぬし信義は違えぬ!ワシらドワーフの喉を満足させるガツンと来る、そんな酒じゃ!酔いたいならこのまま飲め、腹の中まで燃えたぎるぞ!」
「引き続いてはこの俺だ。俺もガントンと同じ、強い酒が恋しいクチだ…」
そうしてナジナさんは一息ついた。
「だがよ、もう一つ捨てがたい飲み方がある。俺のオススメだ。『みどりのこうちゃ』、海の向こうじゃようこんな紅茶があるんだってよう!それでこの酒を割ってやるとよォ、喉も口ン中もスッキリサッパリ…清々しい事この上ねえ!あまり強い酒はちょっと…ってヤツは是非試してくれ!」
そして、ガントンさんとナジナさんはチンとグラスを乾杯せると肩を組んで一気飲みをした。空になったグラスを掲げる二人に観衆からはうおおおと今日何回目かの歓声が上がった。
「ドワーフが納得する強い酒かあ…」
「あの『大剣』が好きな飲み方ってのも…」
町衆の反応も上々だ。
「お二人ともありがとうございました。さあ、続いては五人一気に登場いただきましょう。いずれも揃いも揃って美男美女、森を愛し魔法と弓矢に長けた一行…『エルフの姉弟たち』、出番です!」
そう言って僕たちは壇上の中央部を空けた。誰もいない空間から僕とマオンさんに聞こえるくらいの声で『始めるよ?良い?」とロヒューメさんから声がかかる。
『お願いします』
僕が小声で応じると次の瞬間それは起こった。
ごうっ!
壇上の何も無い空間に炎が生まれた、それは渦を巻く直径数メートルの炎の竜巻となった。火と風の精霊の力を借りた『火嵐』という魔法らしい。熱を伴う竜巻は夕暮れ時の空よりも茜色に辺りを染めた。
「おおおっ!!?」
町衆たちが度肝を抜かれている。
人間、巻き上がるものを見ると視界はその行方を追って自然と上を向く。その先に何かが生まれた。
さぱーんっ!!
それは水であった。冬の朝、バケツに張った薄氷のような水の膜。それが落下し炎の渦を瞬時に消した。そしてそれは壇上を濡らすかと思われたが、その直前に水を受け止めるものがあった。小さな土の粒、砂と言って良いくらいのもの。
『火嵐』の魔法の時間は数秒である。本来なら直径十メートルを超える範囲を一瞬で焼き尽くす魔法らしいが今回は小さいものであった。それをパッと消して見せた、上へ下へと忙しい視線の行き来で誰しもがより強く壇上に引きつけられる。そこにいきなり五人のエルフが現れる。
「派手な登場じゃわい」
ガントンさんが呟く。
「い、いきなり現れたあっ!」
町衆が沸いた。しかし、ロヒューメさんたちは壇上の片隅にいたのだ。炎が巻き上がり皆の視線が上に向いた時、
『行くよ』
セフィラさんの声。五人が一斉に動く気配。だが、その姿は見えない。『不可視』の魔法である。視覚は光を捉えるものだが、その光を精霊の力を借りて捉えられないようにするものである。そして闇の精霊の力で光の精霊の魔法を打ち消す。すると見えなかった彼らの姿が再び見えるようになった、それだけの事である。
折り畳み式の演台、僕の住んでるワンルームほどの面積だが既に場を支配しつつあった。
□
「コレは『うーろんちゃ』と言う黒い紅茶でしてねぇ…」
しゃあああっ!
某人気刑事ドラマの主人公の警部殿が落差をつけて紅茶を注ぐように焼酎が少量入ったグラスに優雅に注いで見せるタシギスさん。
「これも海を越えた先で手に入る紅茶の一種らしいんですが、僕は知りませんでねぇ…。160年程生きて来まして紅茶好きを自称していましたが…僕とした事がこのようにお酒と合わせて飲む事なんて思いもよりませんでした」
そしてマドラーでグラスをかき混ぜた。ウーロンハイの出来上がりである。
「どうです、この色?良い色でしょう?異国の色だ!なんと言ってもこの濃さが良い。ああ、仰らないで!飲んでみないと分かりませんものねえ…」
なんだろう?どこぞの車のセールスマンみたいだ。しかし、タシギスさんはショーケースごとひき逃げされる事なく今はウーロンハイに口をつけている。
「んくっ!強い風味です。味の濃いものを食べても負けない風味、聞くところによると肉の脂をスッキリと洗い流してくれるそうですよ。これも口の中がサッパリします、肉を食べるならこちらの飲み方がオススメです」
「続いては四人一気にいくよー!!」
ロヒューメさんが声を上げた。
「私は黄色の檸檬、とにかく強い酸味が特徴ね。果物の風味は欲しいけど甘いのはちょっと…っていう人はこれね」
「続いてはこれです、葡萄。今は町から葡萄酒が消えていますからね。葡萄酒が恋しい方は飲んでみてはどうですか?でも一つだけ注意、葡萄酒よりはるかに葡萄の風味を楽しめますよ!」
「皆さん、見えますか?この発泡!これは紅玉果実、甘みの中に苦味もある大変珍しいお酒です」
「最後は私!皆、林檎って知ってる?神話に詳しい人は知ってるかもだけど『禁断の実』の事ね。実はアレ、海の向こうの国にはあるのよね。だけど神々の国にあるというのとは違って魔力は無いの、残念!だけど美味しさそのまま、それがこれ!青林檎、甘さと酸味がとにかく強いの!試してみて!」
そう言ってエルフの五人は横並びになり持っているグラスを掲げた。茶、黄、紫、橙、黄緑、美男美女が手にしたグラスには色とりどりの酒。…これ、写メ撮ったら凄いレベルの高い合コンとか思われるんだろうな…。
ちなみに紅玉果実とはグレープフルーツの事だ。葡萄と混同しやすいので何か良い呼び方はないかと調べていたらグレープフルーツには色で大きく二つの系統に別れるらしい。ホワイト種とルビー種、横に切った時に断面の果肉が白系統か赤みのある色の系統かで分かれるという。白は酸味が強く赤は甘みが強い。小さい時は白しかなかったようなイメージだけど…。
「うおおおっ!すげえ、色がみんな違う!」
「葡萄酒より葡萄の風味がするって何?私は断然あれね!」
「お、俺はあれだ!ドワーフが納得する強さっていう透明なままで飲むぞ!」
わあわあ、町の皆さんが盛り上がっている。
「さて、待たせたね。これから酒を楽しんでもらうんだけど、どうやって飲むか説明するよ!よーく聞いておくんだよ!」
マオンさんが声を張った。
「みんな、容器の用意は良いか〜!?」
「おお〜!」
「色々な味の酒を飲みたいか〜!?」
「おお〜!」
僕は聴衆を煽ってみた、大丈夫だ。盛り上がっている。
「じゃあ、説明するよ。みんなは塩やスープをこのギルド前で機巧から買った事はあるかい?」
「「ある!」」
会場から返事が返ってくる。
「基本的にはアレと同じさ!容器を置いて、硬貨をチャリン、酒がジャー!これだけさ。たったそれだけで美味い酒にありつけるよ!」
「おおおおっ!分かりやすいぜ!」
「もう一つ注意があります。今回の七種の酒を売るのに七台の機巧を準備しました。それぞれに色を塗っています、これです!」
そう言うとギルドの壁際に七台の箱型の機巧が現れた。セフィラさんたちと同様、精霊の力を借りた『不可視』の効果である。
白、緑、茶、黄、紫、橙、黄緑の七色。それを機巧に塗り、いわゆる自動販売機にして酒を販売する事にした。コーヒーやお茶、ジュースなど一台で多品目を扱える日本の自動販売機には及ばないけどドワーフの皆さん渾身の作だ。木と鉄だけでこれを作ったのが凄い。
「それぞれの色がそれぞれの味の酒に対応しています。茶はウーロン茶、紫は葡萄みたいに。ちなみに白は焼酎そのものだけです。同じ白銅貨五枚ですが、白からは焼酎が二割多くでます。とにかく強いのを楽しみたい方はこちらをどうぞ!」
待ちきれないとばかりに町の皆さんがお目当ての機巧に押し寄せ行列を作っていく。
「飲み過ぎに注意ですよー!」
多分、無理だろうけど…それでも一応言っておかないとね。こうして僕の酒の一般小売が始まったのだった。