第300話 久々にカレーを町売り。
「それにしても…」
「ん?兄ちゃん、どうかしたか?」
僕がふと思った事をつい口に出してしまった時に満面の笑みでハヤシライス(大盛)を食べているナジナさんがいち早く応じた。
「いえ、エルフ族の人って凄いなと思いまして。昨日、一口食べただけでこのハヤシの色と味わいを出している作物にピンと来た訳ですから。まあ、果実ではなく野菜なんですけど…。でも、一番驚いたのが真夏の太陽を地上に下ろしたようだとザンユウさんが言った時ですかね」
「ん、なんでだ?まるで詩人みてえな言い回しってのが気になったのか?」
「いえ、この赤色の野菜ですが真夏が旬なんですよ」
そんなゆるい会話をしながら僕たちは屋台の準備をしていた。ちなみにナジナさんは用心棒である。しかし、この時は思いもしなかった。あんなに忙しくなるなんて…。
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昨日に引き続いて僕は今日も町の広場にいた。昨日、冒険者ギルド関係者のみで行ったカレーの屋台販売だが町衆の皆さんが食べたいと冒険者ギルドに依頼が殺到した為である。
その為、シルフィさんが急遽商業ギルドに飛び昨日に続いて連日の広場借用を申し入れた。
「くう…。坊やよォ…、昨日の差し入れは嬉しいんだがよ。酒って訳にはいかなかったのかい?」
猫獣人族の親分、ゴロナーゴさんがなんとも言えないといった表情で僕に問いかけてくる。せっかくお金を出して屋台を開くんだ、人が集まった方が良いに決まっている。
(噂を広めてくれる人は…)
すると僕の頭にはゴロナーゴさんの奥さんであるオタエさんの顔が一番に浮かんだ。そこで『明日、広場でカレーなどを販売いたします。よろしければ是非お越し下さい』と魚の干物を数枚付けて冒険者の二人組ダン君とジュリちゃんに手紙を託した。その彼らは今日は店員として働いてくれている。
「あれが酒だったらよォ…。ウチの女房はあんまり飲めねえからよ、ほとんど独り占め出来ると思ったんだが…」
そんな風に愚痴をこぼしているゴロナーゴさんは。屋台のすぐ近くに敷いたブルーシートの上、ガントンさんらと昼間から飲み始めている。そして気を取り直してこう言った。
「まあ良いか!!こういう場所じゃ喧嘩騒動は付き物だ。おっ始まったら俺がすぐ行ってきてやるぜ!」
多分、自分が暴れたいんだろうな。鎮静化させるとか言って真っ先に飛び込んでいくから…。考えてみればゴロナーゴさんの周囲で飲んだり食べたりしてるのはガントンさんたちドワーフの集団にナジナさんにウォズマさん、ギルドマスターのグライトさんまでいる。他にも猫獣人族の鳶職のみなさんも…。揃いも揃って腕っぷしには自信がある人ばっかり、血の気が多い人も少なくない。そういう意味では僕や屋台の周りの用心棒には事欠かない。
商業ギルドに支払う広場の借用料は町の有志が出した冒険者ギルドへの依頼料で賄った。僕らは単純にカレーなどを売れば良い。売れば良いのだが…。
「ど、どうなっている!!とんでもない客の数だ!」
「マスター、そういうの良いですからぁ、キリキリ働いて下さいよぉ」
長蛇の列。いや、何というか映画で見た事がある多数の巨大なダンゴムシのようなものが群れで押し寄せてくるような感じだった。
「信じられない、1キロの業務用のカレールゥを次々に投入してるのに…」
「一杯食べてもまた並んでるんや!」
「ゴクキョウさん!?」
「どないなモンか見に来てみたけどホンマ凄いな!売れる思てたけど、ワイには『かれー』が分からへんからこうして実際に見にきたんや!せっかくやし、ちっと手伝ったるわ!」
「え?それは悪いですよ」
「かめへん!かめへん!ワイもな、あんさんに話あんねや!」
「話?それは…?」
「そら後や!お客はん、待っとるで!」
ぱぁん、ぱぁんと手を打ちながらゴクキョウさんが呼び込みをはじめた。
「あ、はい。カレー二つですね!どうぞ!」
「銀片、丁度!おおきに、また来てや!…ふふふ。売れる、これは売れるでえ!!」
……………。
………。
…。
セラやホムラが煮炊きの中心にいる。一豊石の石版を言わばIHのコンロに見立てそこでも煮炊きをしている。計算早く手も早い、そしておまけに客あしらいも上手いゴクキョウさんが会計をして屋台を切り盛りした。ダン君ジュリちゃんは言うに及ばず、シルフィさんたち受付嬢の応援、終いには野菜を切る手も足りなくなり、急遽オタエさんたち猫獣人族の奥様方数人が野菜や肉を切るなどの追加分に手を貸してくれた。
「う、嬉しい…悲鳴やな。せやけどワイ、途中からゼニに飲まれて溺れてまうかと思ったわ」
昼食時の販売を終え、夕方からの営業まで今はしばしの休憩時間。疲労感を漂わせブルーシートに座るゴクキョウさんが呟いた。
「坊やが『かれー』を売ると聞いた町衆がみんなお祭り騒ぎさ。だけど、夜はもっと来るよ。何しろ仕事で昼間来れなかった奴が来るだろうからね」
オタエさんが町の様子を教えてくれた。
「しかし、こりゃすげえな!もはや広場の催し物は坊やがいりゃあ成り立つんじゃねえか?町衆みんながまっしぐらだぜぇ!」
一部の列に並んだ人の間で諍いが起こり、喧嘩に発展した。嬉々としてそこに加わったゴロナーゴさんが上機嫌に話している。
「まったく!アンタは酒と喧嘩があるとすぐそれなんだから!」
オタエさんが呆れたように言う。
「良いじゃねえか!町の衆だってよォ…、イライラカリカリきてんだからよォ。もっとも俺はよ、坊やのおかげでそんなモンとは無縁だよっと来たモンだ!」
「え、どうしてそうなんですか?」
「どうして…って坊や、知らねえのか?実はここンとこよォ…」
僕はゴロナーゴさんの話に耳を傾けた。