第29話 ミアリスさんの薬草納品&異世界のスペランカーは嫌われ者
「う…、ここは…?」
僕が目を覚ますとそこは変わらずギルドの中だった。周りには心配そうな先程の面々がいる。
「すまねえ、兄ちゃん!この通りだ!つい力が入っちまった」
開口一番、ナジナさんは謝罪の言葉を口にする。
そして彼らから僕が意識を失ってからの話を聞いた。なんでも、僕はナジナさんの豪腕に意図せず締め落とされたらしく、気絶した僕をミアリスさんがすぐさま回復の魔法をかけてくれたらしい。そして今に至る。
もう一人の当事者であるナジナさんはすっかりシュンとしてしまっている。マオンさんの説教が堪えているらしい。
「まったく!いくら冒険者登録をしたと言っても、ゲンタは普段は学院に通う学生なんだよ!旦那の丸太みたいなゴツい腕で締めたら儂より先にゲンタが逝ってしまうよ」
「まあまあ、マオンさん。僕もこうして無事ですし…」
「でも、ゲンタさんが元気になって良かったです!」
回復に携わってくれたミアリスさんも一安心の様子だ。
「ゲンタがそう言うなら…」
「いやあ、すまねえ!兄ちゃん!いつも酒場で盛り上がった奴なんかにもやってるんだがな、あいつらも冒険者だったがここまでになる事は無かったモンでなあ…」
「旦那と一緒になって飲み合えるような体格の良い奴と一緒にするんじゃないよッ!」
マオンさんの声がまたも響いた。
□
とりあえず僕が回復した事で、試食会もお開きになり、普段通りのギルドとしての時間に戻っていた。
腕時計をちらりと見ると、今は八時過ぎ。冒険者ギルドは早朝に冒険者達のほとんどが依頼を受け、各々(おのおの)がその任地に向かっていく。
街灯もそんなにはないミーンの町は日没以降とても暗い。ゆえに、明るい時間を少しでも確保出来るように朝早い時間から冒険者に限らず沢山の人が働き始めるのだ。
冒険者ギルドは前述の通り、早朝から冒険者が依頼を受ける。つまり、今は何か理由でも無い限りほとんどが出払った後なのだ。
なので、ギルド内のこの時間は比較的手が空く時間になるという訳だ。受付嬢たちはこのタイミングで受理した冒険者達の依頼票を整理したり、交代で朝食を摂るのだという。
逆にミアリスさんが薬草採取を終えるのが日の出を迎える頃。その頃には町の門も開き、ミーンに入る事が出来る。
その足で冒険者ギルドに来る頃には、冒険者たちの朝の依頼を受ける混雑時間帯が終わり、特に大きな待ち時間も必要なくスムーズに薬草の計量や鑑定が受けられるという。
納品物の鑑定や確認をしてもらっている間に僕はミアリスさんから薬草採取の話を聞いていた。
ちなみにミアリスさんが採取してきた薬草は『月夜草』と呼ばれ、森の中に生息し昼間に浴びた日光を魔力に変換し葉の中に蓄えるという。
その月夜草だが、夜に中心部から僅かに茎を出し花を開かせる。見た目的には茎の短いタンポポのような感じだ。
その花が昼間に葉っぱ全体を使って蓄えた魔力を茎を通じて吸い上げていきぼんやりと光らせるという。そして日中に蓄えた魔力を全て使い切った時、花は光るのを終え散っていく、一夜だけ咲くその花の儚さを好み古くから詩や歌の歌詞に使われる事も多く、人々にとって馴染み深い物、それが月夜草だよ、ウォズマさんが補足してくれる。
そう言えば、日本にも確かツキヨタケという茸があった記憶がある。夜になるとボウッと光るらしい…、
なんか似ているなあ…、そんな感想を抱く。もっとも、ツキヨタケは食べてはいけない毒茸だが…。
また、月夜草を採取するなら夜から明け方が良いとされる。なぜなら、魔力を吸い上げて光り始めた花を目印に採取すれば他の草との区別は簡単だ。
さらに、月夜草を採取したらすぐに花の部分を摘んでしまえば魔力を吸い上げられる事はなくなる。その結果、魔力が豊富に葉っぱ部分に残り、それが薬効成分と合わさると効果がより高くなる上質な薬草となるのだという。
また、花の部分自体にも別の薬効があり、これまた用途があるので、これも納品するのだと言う。
「ただ、いくら夜に月夜草が光るから探しやすいと言ってもそこは夜の森の中だからね、そう簡単なものではない。慣れない人は暗い森の中で身動きするだけで一苦労だろうね」
ウォズマさんが説明してくれる。
「暗闇の中で闇雲に動くのは危険だからな。それは洞窟の中も同じだ。何が起こるか分からねえ、不測の事態って奴だ」
すっかり真顔のナジナさんがその後に続く。
「たとえ用心していても、危険というものは常に忍び寄る。ましてや、不用心なら命がいくつあっても足りない」
「俺達冒険者の合言葉みてえな物だ。用意も用心もしないのは無知で愚かな素人洞窟探検家ってな…。仲間にいたら冒険者が一番忌み嫌うものだ。そういう奴がたいていの場合、罠を踏む。敵を呼び込む。自業自得で死ぬなら諦めもつくが、他人がわざわざ招いた失敗で、自分が死ぬのは納得いかねえだろう?」
ナジナさんが言う『スペランカー』。なぜか懐かしい響きもあるがこれは僕らの世界で言う一般的な英単語の『Spelunker(知識も経験も無い無謀な洞窟探検家)』の意味だろう。知識も経験もある洞窟探検家の事は『Caver』と呼称し、スペランカーとは明確に区別される存在だと言われる。それだけ両者の間には天と地ほどの差があるのだろう。
「だから、オレ達は用心だけは怠らない。他人から見れば臆病なぐらいにね。豪快に見える相棒だがその準備に手抜かりは無いよ」
「俺達はそうやって生き延びたからな」
ナジナさんとウォズマさんの話には、全てが自己責任である冒険者の厳しさが垣間見える。
「それと、こういう建物の中でも油断してはいけないよ」
整った顔の口元に笑みを浮かべ、何故か分かるかい?と僕やマオンさん、ミアリスさんに問うてくるウォズマさん。僕達が首を横に振るのを見てナジナさんが続く。
「例えば…、そうだな、こういう建物では日中、明かり取りの跳ね窓を上げて光を取り入れている。だが…、それを一斉に締められたら一瞬でもう真っ暗だ。ミアリスの嬢ちゃんは夜目が利くようだが、兄ちゃんと婆さんはそうなったらどうだい?」
「真っ暗じゃあ…何も出来ないだろうねえ…」
マオンさんの言葉に僕も首肯く。そうか…、この世界は蛍光灯がある訳じゃないもんな…。日の出と共に起き、日の入りと共に寝むという言葉ではないけど、人が活動するのは日中、物が見える時間帯だ。
また、日が当たらなければ夜と同じ、締めきった建物の中は洞窟の中と同じ真っ暗闇になる。そうなれば僕はどうだ?何も出来ない無力な存在でしかない。
「僕もそう思います。下手に動いたら物にぶつかったりして転んだりしそうです」
「それで良いんだよ、ゲンタ君」
「えっ?」
ウォズマさんの言葉に驚く。
「そんな周りも見えない状況では下手に動くなって事だよ。だけど、ゲンタ君は転ぶ危険を予想できている、その点で君はスペランカーとは全く違うよ」
「ああ、奴らはそういう時ほど跳ね回るからな。周りの不安を煽るし、勝手につまづいて怪我するとか、まあ…とにかく迷惑をかけるって事だな」
「自分の身は自分で守る。そして出来るだけ冒険者を助ける。例えそれが、通りすがりの冒険者でもね。オレ達は相身互い、今日は助けても明日は助けられる身になるかも知れないからね」
「それが冒険者の流儀って奴だからなぁ」
なるほどなあ…、冒険者達ならではの自己責任の考え方とか同胞意識みたいなものだろうか…。
もちろん良好な人間関係だけではないだろうが、それでも何か一つの『一家』のような感じもする。冒険者とは奥深いものだなあと思うと共に、僕もギルドの迷惑者にはならないようにしないと…、そんな事を思ったひとときであった。
評価やブクマいつもありがとうございます。
これからも頑張って書いていきます。




