第295話 母と子と(後編)。〜僕なりの返答(こたえ)〜
「この卵と丸鳥の肉使うて出来た煮物、ホンマによう出来てはる!しかし、それがアダになってると言うこっちゃ」
「良い出来が…、アダに…?」
「せや!」
ゴクキョウさんが頷きながら強く断定した。
「それはどういう…?」
「うむ。文句だけ言うんは卑怯やからな、説明せんとな…。この料理はあんさんの故郷の味やと言うたな?」
「はい」
「おそらくあんさんの故郷では主食はパンとは違うモンを食うてる。そやなかったら…、そやなかったらこないにパンとは合わへん風味のモンは出さんで。スープならまだしも…」
「ッ!!?」
お、おかずで僕ら日本人の食習慣の違いを…。いや、異国の料理って事は分かるはず。しかし、主食との関わりと言うか相性でそれを言い当てるとは…。
「しかし、万が一。万が一スープにするにしても…。この味付けは甘味が強すぎや。仮にスープとして出されても濃い味なら浮くやろし、薄い味にしたら『これぞ!』言うようなモンの無いとぼけた味ンなる」
ゴクキョウさんはいつの間にか両の頬を伝っていた涙の筋が消えていて、凄腕商人の深みのある顔に戻っている。
「これでは一回の食事としてはずいぶんと中途半端や。先日、ご馳走になった『どぶろく』になら合いそうやが…。この一品にあんさんのどんな答えを秘めているんか…。いや、秘めているにしても何を言いたいんか分からん。どういうつもりなんや、そう思うで…」
さすがはゴクキョウさん、やはり試食だけにとどめておいて良かった…。
…くつくつ、再び鍋のなる音。丁度良いタイミングだ、二本目の矢を放つのはここだ。準備は出来てる!
「ゴクキョウさん!その一回の食事、ご用意しています」
□
「な、なんや…、これは…。燕麦やない、つまり麦粥の類やない。真っ白で一粒一粒、綺麗に揃って立っておるで…」
火から下ろして逆さまにしていた飯盒から丼にご飯をよそった。そのご飯を見てのゴクキョウさんの反応である。
「米という穀物を水で炊いたものです。麦などとは違い水田…、えっと…脛くらいまでの深さまで水を張った農地で育てた作物です」
「なんやて!そない水が豊かなんか!あるいは灌漑か…、いや水路を引く技術が高いんか…」
「雨が多いというのもありますかね。特に夏は蒸し暑いので…」
言いながら僕はご飯の上に先程と同じもの…親子煮を乗せた。
「改めてお召し上がり下さい、親子丼です」
「どれどれ…。う、うンまぁ〜い!!」
再びがつがつとゴクキョウさんが食べる、先程と違うのは小鉢のような少量ではない事。すぐには食べ終わらない。
「な、なんやこれはッ!この煮物の甘っ辛い味をこのコメ言う穀物が受け止めるッ!いや、旨味を吸い込むようや…。しかもパンと違うて湿り気があるし、煮汁で粒がバラバラになるからサラサラ喉を通るで!」
むほっ!むほっ!ドワーフのガントンさんたちと同じような声を上げて一心不乱、エルフのゴクキョウさんが親子丼をかき込んでいく。
「このコメ言う穀物、上手に炊いたなあ…。丸鳥の肉と卵を引き立てるさりげなさや。しかし、わずかに焦がしを加えてコメの香りが時折鼻をくすぐりよる」
気付けばゴクキョウさんは再び涙を流していた。
「ワイはなあ…、魔法の才能がほとんどなくてなァ…。風の精霊だけがかろうじて声が聞こえた精霊やった…。それで故郷を飛び出すようにして商都に出たんやけど、魔力でこさえた品物が作れる訳やなし貧乏暮らしでな。せやけどある時、精霊が教えてくれたんや、今年は風の流れがおかしいとな。せやからワイは動いたんや、風の流れが例年通りの所行って麦は買えんかったから黒麦や燕麦を買えるだけ買うての…。しばらくしてその年は大荒れの気候でな、あらゆる穀物が高騰したんや。せやからワイの成功の第一歩は穀物相場からなんや…、懐かしいなァ…」
しみじみと昔を思い出したのだろうさ、ゴクキョウさんの目尻に再びの涙が浮かぶ。
「もしかしてあんさん…。いや、間違いないやろ…。これだけのお膳立てをしたんはワイの半生を調べてこんな新たな穀物と煮物を炊いて…」
「え、あ、いや…」
親子煮に合うのはやっぱコメだよなー、くらいにしか考えてなかったぞ…。
「そして、この甘辛い煮物…。ワイは今、猛烈に感動しているっ!」
なんだがゴクキョウさんは一人で納得してるし…。ま、良いか…。好印象ならそれはそれで良いし、このままいこう。そう思っていたら、ゴクキョウさんは親子丼を食べる手を止めた。
「ところでゲンタはん…。まだ返答、聞いとりまへんかったな?」
「はい。それではなぜこの料理をもって返答としたいともうしあげたのか説明させていただきます」
短い話ではないので湯飲み茶碗に緑茶を淹れてゴクキョウさんと自分の前に置いた。
「この料理は鶏肉と卵を煮た料理です。鶏を親、卵を子として見立て『親子』と呼んでいます。『丼』とはその今お使いの陶器を…米を炊いたご飯と呼ぶものを入れる器の事なんですが、転じてご飯の事を指します。親子丼とはすなわち、ご飯の上に親子を煮た料理を乗せたものという意味になります」
「ふむ…」
「ご存知の通り卵は鶏…、丸鳥と言うべきでしょうか…親から生まれます。どうやら気に入っていただいてホッとしております」
「ホンマやで!はじめは面食らうかも分からんけど、これは必ず売れる!流行りよる凄い組み合わせや!だ、だからワイと一緒に商都へ…」
「お誘いありがとうございます。親と子、切っても切れない強い絆です。この料理のようにどちらかを失わせる訳にはいかないのです。子供…、卵の僕を親元から離しては卵だけになってしまいます」
僕はマオンさんにお世話になっている。そのマオンさんを親鳥に例えて話をした。卵は子供、すなわち僕。
「卵だけここミーンから商都に送っても日が経ってしまいます。そうなると悪くなってしまって今日のように半熟で供する事は出来ないでしょう」
僕という卵はここから離れないよという意味を込めて、また衛生的で安全な卵を求められても商都に到着するころには生や半熟での食用に耐えられるか分かりませんよという意味も含めて言葉をつないだ。
「な、ならマオン女史と共に来られてはどうや!?そ、それなら…」
「この卵を産んだ鶏、ニワトリと言いましてね。なかなかに繊細な家畜でして…と言うのもこの鳥は何匹かをまとめて飼育小屋で飼います。そして朝一番にコケコッコと甲高い声で鳴く習性があります」
「うむ。丸鳥やからな…」
丸鳥の実物を見た事は無いが、どうやら丸鳥というのは鶏と似たような習性であるらしい。あるいは同一の生き物を指しているのかも知れない。
「しかし、この鶏というのは朝方に鳴く順番が決まっています」
「何?鳴く順番やて?」
「はい。その群れの一番強いものから順に鳴いていきます。そして二番目…三番目と順番に…」
「そんな決まりがあるんかいな」
これは雄鶏に限っての習性かも知れないが、この際ニワトリ全体の習性のようにして話してみよう。
「こんな言葉がありましてね。『慣れない鶏を籠の中に入れる』っていう…」
昔に読んだ三国志の小説にこんな言い回しがあった。
「今、飼っている鶏の群れの中に新たに見慣れない一匹の鶏を入れます。すると争ったりして体調を崩し卵を産まなくなったりします。最悪の場合、喧嘩になって怪我をさせたり死んでしまったりします」
「ふむ…」
「僕も同じです。今の僕はマオンさんをはじめとして冒険者ギルドの皆さんや周りにいてくれるミーンの皆さんに支えられてやってきました」
ミーン以外の町を見てみたい、ジャムやカレーなど売れるものもあるだろう。そんな気持ちが全く無い訳ではないけど、僕は良い人たちに出会った。今はこのミーンに来れて本当に良かったと思っている。
「僕はこの町に来て商売させていただいています。たくさんの人に支えられ、おかげさまで上手くいっています…」
「親子のように離れ離れになる事は出来ず、そして産んでから何日も経ったもののように卵だけがここを離れる訳にもいかん…そういう事やな…」
「はい。しかしながらゴクキョウさんとの関わりを絶ちたいというものではありません。願わくばこれからも商人の先達として教えを乞いたいと思っています」
「ふむう…」
「お誘いの言葉をいただいた事は大変嬉しく光栄に思います。しかしながらこのミーンの町あっての僕です。離れる事はかないませんが、これからもゴクキョウさんにはお付き合いいただきたく存じます」
そう言って僕は頭を下げた。
「………」
ゴクキョウさんは沈黙のまま目を瞑り腕組みをしていたが、やがてその瞳を開いた。
「…分かった。ワイの負けや。あんさんの思い、ズーンと胸に響きましたで。この話、無かった事にしまひょ。ただ、商売としてはこれからも是非付き合い願います。ワイとしても願ってもない事や。今まで誰も出来なかった商売をするんがワイの夢や、これからも末長う頼んます」
「ありがとうございます、ゴクキョウさんっ!そしてこれからもよろしくお願いします!」
僕は立ち上がりゴクキョウさんに再び頭を下げた。
「ゲンタっ!!」
僕の腰のあたりに小さな衝撃が走った。飛びついてらきたのだろう、見ればウォズマさんとナタリアさんの愛娘であるアリスちゃんがしがみついている。
「どこにも行かないんだね?」
「うん」
「お父さんに話を聞いて…。もしかしたらゲンタがどこかに行っちゃうかと思った。…でも、ついて行くって決めてた!」
僕を見上げながらアリスちゃんはハッキリと口にする。
「どこにも行かないよ。ミーンで商売させてもらってるからね」
ひしっ!
それを聞いてか、アリスちゃんが僕の腰にさらに強くしがみついた。
「わっはっはっは!そらよう出来んわ!こんな可愛い嫁はん放って他所の町行くなんて!」
そう言ってゴクキョウさんが豪快に笑っている。
ひしっ!
「んんっ!?」
さらにもう一つしがみつかれる感触。見れば長いお耳が二つ、僕のデリケートなあたりから天に向かって伸びている。ピコピコと時折動くそれには見覚えがある。
「ミ、ミミさんっ!何をっ!」
「感極まって偶々(たまたま)しがみついただけ。たまたまだけに…」
「いやあぁ〜ッ!!!」
「イヤじゃない」
「ええっ?」
「少なくともここは嫌がっていない。むしろ歓迎、バッチ来いと言っている」
「そ、そんなワケ…」
「むう…、君たちの父ちゃんはいつから嘘つきになった?」
「ミミさん、どこに向かって話しかけてるんですかっ!?」
「たまたま息子さん(意味深)がいたから…」
「ダブルで下ネタをかまさないで下さいっ」
「仕方ない。だって私はゲンタの股間担当…」
「言っちゃったよ!この人、言っちゃったよ。しかも股間担当って何?」
せっかく良い雰囲気で終わると思ったのに…。どうやらそんなに上手い事いかないようだ。だけど、僕はこの町でこれからも商売をしていく。いつも上手くいくとは限らないけど…、必要としてくれる人がいる限りやっていこうと思う。
気がつくと近くで事の成り行きを見守っていたのだろう。見知った顔がいくつも近づいて来る。そう、この皆さんがいる限り…。




