第288話 工夫する事。
「いやぁ、まったくもって違うもんなんやな。水を打つ焼け石を変えただけやのに…」
そう言っているのはゴクキョウさん。現在、僕たちはマオンさん宅の地下にいる。溶岩が冷え固まって出来た一豊石がどんなものかと気になると言うゴクキョウさんに実際に見てもらう事にした。
「精緻な造形だ…」
ザンユウさんが一辺20センチほどの立方体状となった一豊石を見て呟いた。この立方体状の一豊石、ただ単に一豊石を賽の目切りにしたものではない。魚を焼いた石板と同じく一豊石を材料に一度粉末状になるまで砕く。そこに松脂と木炭の粉、さらにはこれまた鉄を粉末にしたものを練り合わせ立方体に成型する。ガントンさんによれば、この配合の比率がなかなかに職人泣かせであったらしい。
さて、そのゴントンさんたちが製造した立方体状のもの。素材同士がしっかり馴染むようにこれをしばらくそのままにしておく。そして安定したと見るや、一気に焼成する。その焼成の現場に立ち会ったところ、日が暮れたタイミングで火精霊のホムラが立方体に火を放つ事で始まった。たちまちそれは赤熱した立方体となる。それを製造の指揮を執るガントンさんが見つめ、時々ホムラに声をかけていた。ガントンさんによれば松脂と木炭の粉は成型の為の言わば『つなぎ』のようなものらしい。
「後は溶岩の石と鉄が焼きつけば良いのじゃ」
つまり岩と鉄が溶け合い混ざる事で一体化すれば完成というのだ。しかし、この二つが焼成により結び付けば良いのだが、さすがにただ粉末状にした岩と鉄の粉ではいくら混ぜても形にならない。形作ろうとしてもサラサラと崩れてしまう。
そこで『つなぎ』の出番だ。松脂と木炭の粉を最低限だけ練り込み接着剤と整形剤の役目を果たしてもらう。そうして形を安定させ、ホムラが火をつければ松脂と木炭粉は一番に焼け落ちる。その焼け落ちた時にはすでに一豊石と鉄を砕いた粉末は互いに赤熱し、あとは結びつくのを待つばかり。その最後のツメが焼成の完了を見守る事、火力の微調整などであるらしい。
そうして出来上がった立方体状の黒い石は重厚さと艶かしさがその地肌に現れる。その仕上がり具合にザンユウさんが嘆息していたのだろう。寸分の狂いも歪みもないドワーフ族の職人による見事な出来栄えに…。
「ワイはな、前の晩に飲み過ぎて二日酔いになると翌朝決まって蒸風呂に入るんや。汗流してなあ…、するとサッパリ!体に残った悪うなった酒が体から抜けるんやっ!」
そう言いながら、なぜか黒縁の丸メガネをかけるゴクキョウさん。なんだろう、住之江競艇場に並々ならぬ情熱を注いだという昭和の名漫才師のようだ。
「蒸風呂は良えで、最高や!なんちゅうか…、男のロマンや!」
「そうそう、あのイガイガのある…」
「茹でても焼いても美味うてなあ…って、それはマロンやないかいっ!」
ぺしっ!!
僕の胸元にスナップの効いたツッコミが入る。関西的なノリは異世界にもあるらしい。
「コホン…。しかし、こら凄いモンや…。これはきっと売れる…、売れるでぇ…」
一代で富を築いたゴクキョウさんは一豊石を見つめて何やら呟く。先程の芸人のようなノリとは打って変わって、商品を値踏みするやり手の商人らしい鋭い眼光であった。
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「おう、坊や。こっちは始めさせてもらうぜぃ」
そう言って猫獣人族の親分ゴロナーゴさんは、地下の鍛冶場から庭に戻ってきた僕たちに酒杯を高くかかげなから声をかけてくる。ブルーシートを広げた上にガントンさんたちやリョマウさんたちとぐるりと円になって酒盛りを始めるようだ。
「酒ぇ〜は、坊やのぉ、濁り酒ぇ〜♪」
彼らは歌いながら酒を互いに注いでいた。
(昭和にこんな演歌があったんじゃなかったっけ?)
特売になっていた一升瓶に古新聞が巻かれた蔵出し直送のドブロクを抱えながら歌う彼らを見ながらそんな事を思う。その日本酒は、
「魚を食う時にゃ、コレに限るよなァ…」
最近のゴロナーゴさんの口癖になるほどうけいられていた。
「肴は炙ったぁ〜、十本触手ぅ〜♪」
ゴロナーゴさんは上機嫌で一豊石の上で軽く熱せられたスルメ、それのゲソの部分を手に取った。イカの類を食べると腰砕けになってしまう猫獣人族の皆さんだが、最近良い対処法が見つかった。
「これよ!これ!濃厚さと…、クゥ〜ッ!ピリッと締まりのある辛さでよぉ!!」
七味唐辛子をたっぷりとまぶしたマヨネーズをスルメにチョンとつけてゴロナーゴさんは噛じっている。イカを食べると下手すれば気絶してしまう彼らだが、マヨネーズをつけながら食べるとどうやら気絶せずに済むらしい。イカの美味さに負けないコクとまろやかさが味を損なわず、それでいて気絶させない中和薬のようになっている…猫獣人族にとって夢のような調味料だとゴロナーゴさんは語る。
「まあ、美味さで気絶したい輩もいるみたいだがな」
そんな猫獣人族の皆さんだが、中にはそういう人もいるらしくマヨネーズをあえて使わない派というものが存在するらしい。なんだかスルメの危険な使い方だ。
「ここは世界が違うように感じるな…」
ザンユウさんが呟いた。
「そうでんな。色々(いろんな)な種族が集もうて円座ッとなって…」
ゴクキョウさんが続いた。
「ワイは長い事、山ン中に住んどった。あの火山岩ばかりの痩せた土地、早よ出て商都に行く事ばかり考えての…。ワイがそないに邪険にしとった黒い石をこないに役立つモンに変えてしもうて…。あんさんは素晴らしいお人や。一見、役に立たないように思えるモンをこないして役立つモンに変える、文句言う前に工夫して…あんさんはホンマの商人になれまっせ!ワイの目ェに狂いはあらえん、きっと…きっとなれまっせ!」
グッと力を込めた眼差しと口調、既に成功を納めている大商人のゴクキョウさんにそう言われるというのは、駆け出しの商人である僕には大変光栄でありがたい事だと感じていた。




