第260話 遺恨ある相手。
「えっ、僕に依頼ですか?」
冒険者ギルド内で早朝のパン販売に続いて、エルフ族の方へ向けた販売会を終えた僕にシルフィさんから声がかかった。販売の片付けが終わり朝食をとってくつろいでいたところに依頼が来た言う。
「はい。指名依頼ではありませんが…、達成可能なのはゲンタさんだけでしょう。指名ではないので断る事も出来ませんでしたので…」
そう言えば受け付けに依頼者が来ていたっけ、シルフィさんが席を外し対応していたのを思い出す。
「指名ではないけど…僕しか出来ない事?誰だろう、知っている人なら直接僕に依頼してくるだろうし…」
「あー、アレじゃねえの?指名依頼だと指名料もかかるからな。達成出来る奴が限られてるなら、ヘタに指名しねえ方が安上がりだからな」
マニィさんが応じる。
「なるほど、そういうものなんですね」
そう言って僕は手渡された依頼票を確認した。
「ゲンタ、誰からの依頼だい?」
マオンさんが問いかけてきた。
「…商業ギルドからの甘味の納品依頼です」
僕は返答えると共に、異世界に来た初日の事を思い出していた。正直、遺恨のある相手だ。
「でも、なんで甘味の納品依頼が来たんですかぁ?」
フェミさんがシルフィさんに尋ねる。
「その事ですが、少し前にギルドの前でこの依頼のきっかけになった事があったようです」
「それは一体?」
僕が問いかけるとシルフィさんは対応していた時に聞いた商業ギルド側の依頼に至ったきっかけを話し始めたのだった。
□
商業ギルドが冒険者ギルドに納品依頼をする少し前…。
現在、ミーンの町に逗留している三十人余りのエルフたち。その彼らに売り込みをかけようとミーンの町の何人かの商人が品物を用意していた。エルフたちが宿泊している宿屋から商業ギルドに使いが来た、早朝から彼らが冒険者ギルドに向かったと言う。
「何っ、冒険者ギルドに?」
その一報を聞いたミーン商業ギルドマスター、ハンガスは意外だというような声を上げた。父から組合長の座を引き継いでいたのである。
エルフたちがいつ動いても良いようにハンガスは昨夜のうちから商業ギルドに詰めていたのだ。商品の売り込みをかける為である。
「昨日、売り込みをかけた葡萄酒ではダメだったが…今日は他の品を用意した。だいたい葡萄酒なんて輸送しているうちに酸っぱくなるものだしよ。たまたま冒険者ギルドは蔵元から入手したものを運んできたばかりだったのだろう。その新鮮さがザンユウとやらが気に入っただけで…」
ハンガスは不機嫌そうに呟く。
「だが、しかし!今日は違うッ!干水果だ!この付近で採れたもの、これならどこの町も大差あるまい!!様々なものを盛り合わせた豪華なものだ!果実に目の無いエルフ共め、せいぜい金を落としていくが良いッ!」
ハンガスは鼻息荒く冒険者ギルドの前でエルフたちが出てくるのを待った。しばらくしてエルフたちが冒険者ギルドから出てきた。皆が皆、機嫌が良いようでこれは物を売るに好機だとハンガスをはじめとして商人たちが奮い立つ。
「さあっ、見ていってくれ!このミーンで採れた水果を干したものの盛り合わせだ。品質は最良!自信があるぞ!!」
ハンガスは他の商人たちと共に声を張り上げ干水果の盛り合わせを売り込みにかかる。しかし、冒険者ギルドから出てきたエルフたちは商品に対して見向きもしない。
「な、なぜだ!?値段さえ聞かず通り過ぎて行くとは…」
ハンガスの戸惑いはもっともであった。旅の間は保存食を食べる、肉をあまり好まないエルフは変わりに果物を食うと聞く。それでなくとも果物や甘いものには目がないエルフ族だ。普段のから果物を口にしたい種族だと言うのは万民が知る常識であった。
甘いもの…、それは大変貴重なものである。水果以外では大量の甘蔓や草の根を煮詰めて初めて得る事が出来るのが甘さというもの。その貴重な甘みでさえアクやえぐみが混じる。そうやって初めて得る事が出来る貴重な甘いもの…、果物であればそのエグみやアクは無いのだ。それなのになぜエルフ共は見向きもせずに立ち去って行くのだ。ハンガスの胸には怒りにも似た感情が湧いてきた。
そこにエルフの食通と言われるザンユウが通りかかった。いけすかない男だが、商品を買うというなら話は別だ。ハンガスは笑みを浮かべながら売り込みにかかる。しかし、結果は他のエルフたちと同様に購入には至らない。それどころか大喝を受けてしまう。
「やはりミーンには果実というものが分かっておらんな!…いや、訂正しよう。果物も…そして葡萄酒もまるで分かっておらぬ。こんなものを最良と謳うとはな…」
「バ、バカな…。これは採れたてをすぐに干した…」
「愚か者めっ!!それならばどこでも出来る干水果と変わらぬわっ!!」
「なっ!?」
一言も言い返す事の出来ないハンガスたち。
「最良と言うからには『ふるーつぜりー』くらいの甘味を用意してから口にしてみろ!」
そう吐き捨てるとザンユウは最早ハンガスたちに興味は無いとばかりに立ち去っていった。
「な、なぜだ…。ね、値段さえ聞かない。まるで興味も持っていなかった…。す、少なくとも以前は見るくらいはしていったはずだ…」
「そ、そう言えば…」
「なんだ、何かあるのかッ!?」
一人の商人が呟いた事にハンガスが敏感に反応した。
「そう言えば、ここのところミーンに住んでいるエルフたちも干水果を買っていかないな…」
「何っ?それはいつからだ!」
「そ、そうだな…。ここ一か月くらいだ」
「一か月…」
ここ一か月に何かあったか…、ハンガスは思い返してみた。そう言えば広場で『かれー』というものが売られた事があった。そして白いパンも!ことごとく自分の商会や商業ギルドの商売を邪魔していたのは…冒険者ギルド!昨日のエルフたちが集まる場所として広場を借りたのも冒険者ギルドだった!
「もしかすると冒険者ギルドがエルフを虜にするような品を用意出来た…?いや、それならギルドの中で売るはずだ。昨日、広場にエルフを集めていた…。誰かエルフたちが認める品を納品する者がいるのか…」
ハンガスは考える、それならば…。
「その者に商業ギルド…、いや…いずれはウチの商会に独占的に納品させれば…」
そうすれば商業ギルドで扱える。しかも聞いた事のない甘味、あるいはそれに匹敵するような品を用意出来るらしい。エルフの食通、ザンユウとやらが認める品だ。ミーンだけで販売を完結する事はない、王都や商都で売る事が出来れば多大な利益を上げる事が出来るだろう。納品出来る量にもよるが多ければそれに越した事はないし、少ないなら売る相手を貴族や大商人に限定して高値で売り抜ければ良い。
そう考えたハンガスはギルド職員の一人を呼びつけた。
「おい。冒険者ギルドに納品依頼を出してこい。依頼内容はな…」
こうしてハンガスの思惑を含んだ納品依頼は冒険者ギルドに出される事となった。




