第253話 彼女の苦手なもの
スーパーでの買い物を終えてカグヤとアパートに戻る。線路沿いの道、僕がバイトしていたコンビニとオーナーは違うが系列が同じ店の前に差し掛かるとカンカンと踏切の音がする。
丁度そこに駅を発したばかりの電車が来るようだ。遠目に見た行先表示板には小田原行きの表示が見えた。学校が休校状態だから、生活費に問題が無く一人だったら原付で行っていたかも知れない。炊飯器で炊いたご飯をおにぎりにでもして、それと地図を持って原付で。もっとも感染が怖いから、小田原城みたいなメジャーな名所には行かない。歴史好きとしては秀吉が小田原攻めをした時に、数キロ先の石垣山に築いたとされる石垣山一夜城の跡地でも見に行きたい。一夜城と言えば墨俣城が有名だが、こちらもまた秀吉が築いた一夜。実際には一晩で完成させたものではないが、秘密裏に完成させた城の周りの木を夜明けと共に一斉に切り倒し小田原から見えるようにした。
小田原城に籠る北条側の将兵たちは驚いた事だろう。なにせ一夜にして山の上に城が現れたのだ。『空から降ってきたのか?』そんな事を思った者や、天下統一の障害が北条家と伊達家のみになり権力をほぼ手中に収めている秀吉の力を痛感した者もいただろう。今は石垣などの痕跡が残るのみと聞くが、あまり訪れる人はいないらしいのでこんなご時世に観光するには良いかも知れない。誰にも会わない原付によるぼっち旅、…なんか寂しい気もするが給油とかもセルフのガソリンスタンドにすれば感染の心配もそうはないだろう。
電車が僕らを追い抜いた。
「………!!」
きゅっ!つないでいた手をカグヤが一層強く握った。初めて間近で見る電車に驚いたのだろうか?それからすっかり無言になってしまったカグヤと僕は自宅アパートに戻っていった。
□
「もうマスクを外しても良いよ」
帰宅した僕はそう言って、カグヤと二人で手洗いとうがいをする。手を拭いてリビングの床に座るが、カグヤはいまだに口を開こうとしない。ずっと僕の隣にくっついて離れないカグヤはやおら口を開いた。
「鉄は…、嫌い」
「あ…」
精霊は銀とミスリル以外を嫌うんだっけ…。アパートの近くは細い道だから車通りはそんなに多くはないし、緊急事態宣言中という事もあり町中を歩いている時も交通量は少なかった。初めて町を歩くカグヤの為に車通りが少なかったり、車道と歩道が分離している道をなるべく選んで歩いてきた。
そして車が来るにしてもぶつかったら大きな怪我や死んでしまったりする事…、異世界で言えば人が馬車に轢かれるようなものだろうか…そういう事になるから気をつけようねと声もかけていた。しかし、電車については言ってなかった。
自動車なんかとは桁違いの大きさの電車、巨大な蛇のような鉄の塊が横を通っていったんだ。カグヤ、怖かったろうな…。
腕にしがみついていたカグヤを抱き寄せた。小さな彼女はとても軽い。彼女の頭を胸に抱いて背中に手を回した。恐怖か、寒さか…、カグヤは微かに震えている。僕は手を伸ばして毛布を取り、彼女の背中にかけた。彼女の頭を撫でながら落ち着いてくれるのを待つ。
しばらくすると、ずっと僕の胸に顔を埋めるようにしていたカグヤが僕を見上げた。
「ゲンタ」
「ん、落ち着いた?」
カグヤの顔に表情が戻る、くすり…と静かに笑った。
「落ち着いた。ねえ、背中に手を回すのはシルフィにもしてなかったよね…?」
「え…?」
「一緒の褥に入るのも…」
「こっ、これは毛布をかけただけでっ!」
くすくす笑いながらカグヤは僕の胸元から首元を経由し、耳元に顔を寄せてくる。
「シルフィには言わないであげる」
囁くように言う彼女に僕は戸惑うばかりだった。




