第241話 嘘だと言ってよ、シルフィ!!
フィロスの名前の由来は『かすみ草』(Gypsophila:ギプソフィラ)です。
ギリシア語の『Gypsos(石膏の)』と『philios(愛する)」という二つの単語が語源になったそうです。なんでも、石灰質を多く含む土壌を好む花だそうで(石灰と石膏は性質の異なる物ですが)、そこに咲く愛らしい花…って事でしょうか。
ただギプソフィラでではせいぜいソフィアぐらいしか名前が浮かばず、少し調べてギリシア語にたどり着き後半部分の愛するの部分から今回の名前『フィロス』と名付けました。
前半部分のギプソス、これはフィロスの能力として登場させていきます。
「私は五十年前に引退した元冒険者、フィロス…。十七歳です!!」
まさに世界を征する能力だった。まるで時が止まったような…。フィロスさんの言葉を受けて誰もが言葉を発せなくなっていた。何て返したら良いんだろう、生ける伝説を前にして誰もがそう思っていた
だが、一番早くその状態から回復したのは僕だった。
「… 私は五十年前に引退した元冒険者、フィロス…。…じゅ…、十七歳です!!」
あ、やっぱり。本人としてもこの発言はちょっと不安なんだろう。と、なれば僕に出来る事は一つだ。沈黙に耐えられないのか、フィロスさんは三度、同じセリフを言う。だんだんと語尾の声が小さくなっていく…、もう彼女の限界だった。
「ひ、ひぐっ。…わ、私は…五十年前に引退した元冒険者、フィロス…。…じゅ…、じゅう…、十七歳…です…」
「おいおい(独特の、柔らかな口調で)」
そう、あのセリフにはこう返す…地球ならここまでがワンセット。否定したりスルーするのは本人へダメージが行ってしまう。周囲の早く誰か何か言えよという雰囲気の中、僕は勇気を出して声にした。異世界で結果がどうなるかは別として、行動だけなら僕は勇者と呼ばれるかも知れない。そんな気がした。
「勇者…」
声のした方を見るとエルフパーティの末っ子格、ロヒューメさんが僕を憧れの人を見るかのようにキラキラした目で見ていた。
だってしょうがないじゃないですか。誰も何も言わないモンだからフィロスさんさん三回目にはちょっと涙ぐんでたし…。スルーは一つの選択肢だけど意外に本人、ツッコミ待ちだったんじゃないかなあ。
「ああああ、優しい…、優しい〜。最近、誰も何にも言ってくれなくなってきてぇ〜」
がしっ!フィロスさんが僕の腕を取り縋るように抱きついてくる。おや!?エルフの方にしては珍しく、どこがとは言わないが薄くない。むしろ厚いものをお持ちでいらっしゃる…。
それにしても…、やっぱりツッコミ待ちだったんだ。そうだよなあ、直前に『五十年前に引退した元冒険者』と言いながら『十七歳』と言うのは無理がある。分かってますよフリですよね、フリ。
そんな事を考えたフィロスさんとの初対面であった。
□
「ところで…」
背後からいつもよりかなり低めのシルフィさんの声がする。がしっ、白くしなやかな手が僕とフィロスさんの肩に置かれた。その感触は切れ味鋭い刃物を肩に置かれた気分だ。
「いつまでそうしているんですか?フィロス姉様?」
どうやらシルフィさんの方がフィロスさんより歳下らしい。
「あ、あら?シルフィちゃん、どうしたの?そんなに怒った顔しちゃって…」
冷や汗でも浮かべてそうな焦った声でフィロスさんが応じた。
「ゲンタさんは私の大切な人です。ですからこんな風に…」
ぐいっ、シルフィさんがフィロスさんの体を押すようにして僕の腕から離した。
「気安く抱きつくのはダメです」
そう言ってシルフィさんは僕の手を取った。
「えっ、ちょっ。ちょっと待って、どういう事?」
フィロスさんは何やら戸惑っている。
「フィロス姉様。シルフィ姉様はゲンタさんから手鏡を渡されているの。しかも…硝子の鏡を…」
ロヒューメさんが簡単に事情を説明する。手鏡を渡す事、それは男性から女性への結婚の申し込みである。若い世代からすると形骸化し始めた風習ではあるが、王侯貴族や裕福な商人には根強く残る風習でもある。庶民でも真似をする者もいるが、多少無理をして金を積んでも銅鏡がせいぜい。金持ちの商人で銀の一枚板を磨き上げ装飾した木枠をはめた物。王族や大貴族が金に糸目を付けず作らせてやっと硝子を張った手鏡だ。その価値の程が分かるだろう。
しかも、シルフィにせよフィロスにせよ、またはセフィラたちにしても長い伝統と寿命を持つエルフ族である。彼らの昔から根付いている価値観は硝子の鏡を重く見る。それほどまでに手鏡を贈られたという事はフィロスさんに大きな衝撃を与えていた。効果は抜群だ。
「て、手鏡…、それも硝子の…。じょ、冗談よね?昔、里にいた時に見た…あの赤ん坊だったシルフィちゃん…、小ちゃかったシルフィちゃんが…け、結婚…しちゃうの?わ、私してないよ?け、結婚どころか手鏡…もらってないよ?そ、そういう相手いないし。あ、あれ…?お、おかしいな…。と、歳の順なら…わ、私にそういう話がそ、そろそろ…、き、来ても良い頃だし?う、運命のあ、相手…って言うのかな?な、なんかどこかで迷子になってるみたいで…まだ来てないみたいだけど…」
明らかにフィロスさんの様子がおかしくなり始めた。
「わ、分かってるんだ、私。ぼ、冒険者してると仕事は不定期になるし、いつも町中にいられる訳じゃないから出会いも限られてくるし…。だ、だからさ…、そろそろヤバいかな〜って思って五十年前に冒険者を辞めてさ…。で、でも結婚どころか彼氏…、それどころか出会いもなくて…。よ、四回目の十七歳になっちゃうし…」
フィロスさんの一人語りは続いている。
「四回目?4かける17で68、フィロスさんは六十八歳なんですか?」
「いいえ」
小声で僕が尋ねるとシルフィさんが返答えた。あれ、じゃあ、四回目の十七歳って何歳の事なんだろう?
「フィロスお姉ちゃんには独特な年齢の数え方があるの」
ロヒューメさんが小声で僕に言う。
「独特な?」
「百歳を超えたらまた年齢を零歳から数え始めて百の位は言わないの。だから百十七歳になったら『二回目の十七歳』って言うの」
「という事は四回目の十七歳って…三百十七歳?」
ロヒューメさんは無言で頷いた。僕たちがそんなやりとりをしていた一方でフィロスさんの言葉はどんどん熱を帯びてくる。
「でもこうやって久々に町に来たから!どうしたら良いか分からないけど出会いを求めて彼氏作って…け、結婚するんだ!わ、私まだ三百歳近辺女子だし!」
な、なんだろう。僕、涙が出てきたよ。
「それよりもシルフィ…」
どこか遠くを見つめて熱弁を振るっていたフィロスさんだが、くるりとこちらを向いて話しかけてきた。
「や、やっぱり結婚するの?私よりずっと歳下のあなたが?」
ぎゅっ!僕の手を握っていたシルフィさんの手がさらに強く力がこもった。
「はい」
「そ、そんな…。け、結婚…確定なの?私より若い子が…、私より若い子が…」
ヨロヨロとシルフィさんに近寄ってくるフィロスさん。その瞳にもはや力は無い。そんな彼女がシルフィさんの両肩に手を置いた。
「う、嘘だと…。嘘だと言ってよ、シルフィ!!」
それだけ言うとフィロスさんは膝から床に崩れ落ちてしまった。




