第239話 ブラァタの素材の利用法。
連峰の白い悪魔ことブラァタの討伐から数日が過ぎた。今朝もギルドでパン販売をして見事に完売。今はいつものように受付嬢の三人とマオンさんを交えての朝食タイムである。
二百匹余りのブラァタの死骸。そこから採れる外骨格や翼膜は様々な使い道があるのだと言う。
体色が黒にまで変化したブラァタは最も高価で、軽さの割に強度がある。硬さは鉄とほぼ同等と言われ、鉄よりはるかに軽い分だけこちらを格上の素材と見る人も多い。ただ、戦士の中には鉄や鋼で出来た鎧を推す人も少なくない。
理由の一つにはその材料の入手が簡単かどうか。戦士は最前線で敵と切り結ぶ役目である、その分だけ武器防具の損傷は激しい。そんな時、補修しようとしても材料が希少で満足に直せないんじゃ修理のしようがない。
もう一つはマイナスと思われている重さである。素人目には軽い方が良いに決まっている…、しかし実際の前衛を務める人に聞くと単純にそう考えるのは早計なんだそうだ。地球でボクシングや柔道など体重別で争われる競技がある。主に格闘技だ。こういった競技の場合、体重もまた一つの武器である。相手に体重差で押し切られたりするのでは前線で踏ん張るべき戦士として失格である。自分が抜かれれば、接近戦に弱い中衛や後衛が攻撃にさらされる。軽いと言うのも考えものだという訳だ。
しかし、使う人によっては非常に有効であるのも事実だ。それというのもブラァタは虫である。金属ではない。それが一番活きてくる存在は鉄を嫌う精霊の力を借りる魔法の使い手たちであった。
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「これを私たちに…?」
「はい。ここにある実物を使って体に合わせてみて気に入った組み合わせで防具を作ればきっと皆さんの身を守るにも役立ちますから…」
元々は黒光りしていたブラァタの外骨格、それを光沢消しして防具…具体的には胸部を守る胸当てに、あるいは胸部に加え腹部も含めて守るるような胴鎧として製作出来ないかと考えたのだ。
さすがにこんな数日では鎧の完成品を作る事は出来ないので、良く切れる刃物や工具を使ってブラァタ数匹分の素材を切り分けた。それを金属鎧を作る時によく使うパーツの形に加工し、それを組み合わせれば鎧が出来る…、言わば実物を使った型紙である。
「だ、だけどさダンナ!ブラァタ…、しかも黒色のブラァタなんて高値で売れるんだぜ!オマケに繊細な翼膜にすらキズ一つ付いちゃいない極上物だ!すげえ金が入って来るぜ!」
「そうですよぅ。それなのに私たちに防具だなんて…」
シルフィさんも言葉にこそ出さないが頷いている。
「皆さんだからですよ」
そう言って僕は三人を見回した。先日のブラァタ討伐の事を思い出す。駆けつけてくれた時、三人とも身に付けていたのは革鎧だった。もちろん加工や防御力を増す工夫はされていてシルフィさんの革鎧は鉄のように硬い感じがした。おそらく動物なり魔物なり生皮を鞣して革にする際に硬くする処理を施したのだろう。いわゆる硬革というヤツだろう、区別の為にソフトレザーと呼ばれる柔らかく鞣した革鎧よりは防御力が期待できる。
反対にマニィさんとフェミさんは柔革の鎧だった。地球で言えば革ジャンぐらいの硬さか。それをマニィさんは胸や首に近い肩のあたりだけを守るように最低限の面積を覆っていた。マニィさんはスピードを活かしたい戦い方をするようだからきっと体の動きが阻害されるのを避けスピードを生かした戦い方をする為だろう。
反対にフェミさんは体を覆う面積は多め。身を守るという目的を考えればこちらが本来の鎧のデザインなのかもしれない。しかし戦い方は人それぞれ、自分に合ったものを使うというのも大切な事なんだろう。
でも、それ以上に僕にとって大切な事がある。
「例えばシルフィさん。精霊の力を借りる精霊使いの方は鉄で出来た鎧は来ませんよね?だって、精霊たちは鉄を忌み嫌うから。だから硬革鎧を着ている…、そうですね?」
シルフィさんは頷く。
「このブラァタの素材を使って防具を作れば、金属のように硬いのにとても軽い防具が出来ます。しかも鉄じゃないから精霊が離れてしまう事もない。鉄のような硬い鎧を身に付けながら重くはない、おまけに精霊の力を借りられる。それは革鎧を着ているマニィさんやフェミさんもそうです、より丈夫な防具があるに越した事はないでしょうし…」
「で、でもよ…」
マニィさんが何やら申し訳無さそうに呟く。他の二人も同様だ。
「なら、三人ともこう考えてごらんよ」
マオンさんが話を切り出した。
「ゲンタはね、お前さんたち三人にとにかく無事でいて欲しいんだよ。だから防具を作ろうと言ったのさ。良い防具があれば命を取り留めるような場面もあるんだろう?だから万が一、そんな場面になっても助かるように良い防具を着けて欲しいんじゃないのさ。魔物の素材を狩猟ってきてそれを売るのが冒険者なら、その素材を防具に変えて使うのも冒険者さ。良かったね、三人とも。ゲンタには山と積まれた金よりも、お前さんたちの方が大事なんだよ」
なんか凄く良い事言ってる…。さすがマオンさん。マオンさんの言葉に納得したのか三人ともブラァタの素材で防具を作る事を了承してくれた。
余談だが後に僕が町中でならず者に絡まれた時、この黒色のブラァタ素材の防具で身を固めた三人が一直線に猛攻を仕掛け、たちどころにならず者を制圧した。その電光石火の早業に人々は『黒い三連流星と呼び讃えたというのはまた別の話…。




