第23話 販売初日(後編)。完売御礼、そしてゲンタは冒険者ギルドに加入する。
「な、なんなんだコレは!?」
驚きの声を上げたナジナさんに皆の注目が集まる。
「ど、どうしたんだい?『大剣』の旦那?」
マオンさんが心配そうにナジナさんに声をかける。そのナジナさんはといえば、手にしたマヨウインナーパンをじっと見つめている。そして徐に口を開いた。
「ありえねえ…、こんな事ってよお。婆さん…、美味さってのは口の中だけのモンじゃねえ…、今それが分かっちまったんだ…俺はよ」
何だか鎮痛な表情でナジナさんが語り出す。
「本当の美味さってのは、口の中だけにとどまらねえ…。味はもちろんだが、鼻に抜ける香りや舌触りの良さ、この見た事が無え『ういんなあ』に、この『まよ』っていう不思議な見た目の物に目が奪われる。そして、この音だ!味だ、においだ、ってんなら他の食い物でも良い物はある。だけどよお…」
ぱりいっ!
ナジナさんが二口目をかじった音が再び響く。
「聞こえたかい?この『美味い音』ってのがよう…。この弾けるような音が…。本当に弾けるんだぜ…、口の中でよう…。この『ういんなあ』、噛み切った時に口の中で跳ねるんだ。それだけじゃねえ…、腸で包んだからか肉の油が外に漏れてねえ。噛んでるうちに口の中で温められて溶け出してくるんだ。この濃厚さと言ったら、もう…」
たまらねえぜ、といったようにナジナさんが恍惚の表情を浮かべ、再び語り出す。なんだろう、グルメ漫画みたいだ。
「それと、何だかわからねえがとにかく凄えのがこの『まよ』って奴だ!普通、この『ういんなあ』みたいな濃厚なモンにはちっとばかしの塩を振ったくらいじゃ味のつり合いなんか取れやしねえ!だがよう…、この『まよ』ってヤツはよう…、決して負けてねえんだ!『まよ』だけでも負けねえくらいの美味さと濃厚さがある!それが『ういんなあ』を包むんだ。美味くねえ筈がねえ!」
言い切ったナジナさんに『おお〜』と周りから声が上がる。意外と皆さん落ち着いている。ここが男子校の昼飯時な購買部ならもっと殺伐というか殺気立ってるイメージだ。きっと『早く買わせろ』みたいな雰囲気が支配するだろうし。
もしかすると、あまりに未知のパンだから様子見のような…、もしかするとどんなものか見極めてから買うつもりなのだろうか。
「とりあえず向こうのテーブルに行くぞ、相棒。お前がここを動かないと並んでるみんなが買えないぞ」
冷静にウォズマさんがナジナさんを諭した。
「お、おう」
ナジナさんはそう返事をしたが明らかにトーンダウンしている。まだ語りたかった様子だが、あきらめて僕らの売り場の隣のテーブルに向かう。その背中が妙に寂しい。
次に並んでいたのは僕よりも何歳か若いように思える男達。彼らは四人の集団で興味深々(きょうみしんしん)といったような感じでパンを見ているが、特徴的なのはその雰囲気だ。なんというか…、昭和〜平成最初期まで日本に生息して
いたと言われる『ツッパリ』とか『不良』というような感じだ。僕の今までの人生では関わり合いになった事のないタイプの人達なので、本音を言えば結構怖い。
「ここはナジナの兄貴が言ってた『あんぱん』だな」
「ウォズマ兄貴がすすめる『ころっけぱん』はコレか」
「バカ野郎!『じゃむぱん』にしろよ。普通、ジャムだけで銀貨が軽く飛んで行くだろうが!」
「肉だ、肉!『めんちかつぱん』しかねえだろが!コラァ!」
四人は最初のうちこそパンに釘付けだったのだが、何を選ぶかで段々とヒートアップしていき今では掴み合い寸前にまでなっている。そこにナジナさんから助け船。
「テメェら大人しく選べねえのかッ!兄ちゃんと婆さんがお困りじゃねえか!」
いつの間にか販売スペースの横に戻って来たナジナさが、一喝する。
「「「「すっ、すんませんっ!!」」」」
四人が綺麗に謝罪する。
「しかし、コレはナジナもオレも悪いな。彼らにこのパンの美味しさを熱弁しすぎたのかも知れない」
ウォズマさんがやんわりとフォローに入る。
「なら仕方無え、テメエらササッと選べ!金は出しておいてやる」
そう言ってナジナさんは懐からお金を取り出そうとしている。
「オレにも半分は責任があるか…。相棒、銀片二枚ずつだな。その代わり選んだらすぐこっちに来るんだよ」
「「「「あざーすッ!」」」」
またまた四人が綺麗に頭を下げた。
□
ナジナさんウォズマさんを兄貴と慕うツッパリ四人組のパン選びは文字通り『速攻』で終わった。甘いのと肉やコロッケなどの腹に溜まるものを一つずつ選んでいる。意外な事に全員と結構バランス派だ。
その彼らはナジナさんとウォズマさんが待つテーブルにいくと六人でパンを食べ始める。そこで、僕はある事を忘れていた事を思い出した。
「すいません、マオンさん。コレにこのお茶を注いで下さい」そう言って、紙コップの入った袋と2リットルのペットボトル緑茶飲料『生のお茶』を渡す。
「任せておくれ!」
マオンさんが受け取りお茶を紙コップに注ぎ始め、テーブルの空いたスペースに置いていく。
「今日、あんパンをお買い上げの方に限ってこのお茶をコップ一杯差し上げます」
「お!人が悪いぜ、兄ちゃん!出し惜しみはよぉ〜、こりゃあ『あんぱん』の友とも言える『緑の紅茶』じゃねえか!甘い『あんぱん』にはこの苦味と渋み、そしてその後に来る爽やかさが…、クウゥ〜、たまりません!」
ナジナさんが人気サッカー解説者のような語尾に変わっている。
「ゲンタさん、俺も良いんスか!?」
見れば四人のうち、あんパンを選んでいたツッパリ君の一人が声をかけてきた。
「もちろん、どうぞどうぞ!」
「ムムム、良(い〜)いんでしょうか?良(い〜)いんです!」
と、ナジナさん。ますます誰かに似てくる。
「ヒャッハー!」
ツッパリ君の一人が世紀末のモヒカンの人みたいな声を上げてお茶を一口含んだ。
「うお!苦え、苦えよ!だけど…」
そう言ってあんパンにガブッとかじりつく。
「ああ〜、さっきよりずっと甘えよ〜、美味えよ〜!」
なんか、うっすら涙ぐみながら感動すらしている。ま、まあとにかく喜んでくれて良かった。
ツッパリ君達の次は五人組のエルフ達。男性二人、女性三人の組み合わせ。全員とんでもない美男美女だ。その先頭にいた美人エルフが微笑みながら口を開く。
「あなたのパンが凄いってシルフィ姉様から聞いて楽しみにしていたのよ」
「それはありがとうございます…。えっと。シルフィ姉様って事はシルフィさんの妹さんなんですね」
「ふふ。血はつながっていないから実姉ではないけどね」
先程の先頭のエルフとは別の美人エルフが話に加わる。
「人族の姉妹って同じ親から生まれた場合になるけど、私達エルフは同じ里で育つ近い年齢の者たちは兄弟姉妹と呼び合い、実際に兄弟姉妹同然に育つのよ」
へええ…、相槌を打ちながら選ばれたパンを包装紙に入れる。
「エルフの子育ては両親だけの物という訳ではなく、いわば里全体の子として育てる。幼い、あるいは若いエルフにとっては里で生きる先達は誰もが知識や魔法、弓など教えを乞う師であり、育ててくれる親とも言える。故に血のつながりこそ無くても、我らエルフは同族の絆が固い。人族で言うところの実の親兄弟のように」
男性エルフがキリッとした様子で教えてくれた。
「じゃあ、今いる皆さんも…?」
「そう、同じ里で育った兄弟姉妹よ。よろしくね、ゲンタさん、マオンさん」
先頭にいた女性エルフがにこやかに締めた。
そう言って彼らは五人ともあんパンを一個ずつ、あとはジャムパンを3個、クリームパンを2個買っていった。
「エルフは果物の風味や甘い物を好むんです」
僕の横にいてパンの販売を見守ってくれているシルフィさんがエルフの嗜好について教えてくれる。
「反対にあまりに脂っこい物や、香辛料が強く効いている物は苦手ですね。もっとも、香辛料はものすごく高価ですから口にする機会はありませんが…」
なるほど…、種族によっては好きな食べ物、嫌いな食べ物がハッキリ分かれている場合があるんだ…。
これは大事な事だ、新しい種族の人に会ったらその好みを
聞いて今後に活かしていこう。ちなみにエルフの皆さんのいるテーブルをチラッと見たら、ジャムパンとクリームパンを半分こしたりして、それぞれの味を試している。あと、あんパンについてきた緑茶を気に入ったような様子だった。
その次は、人間の男性と獣人(狐人)のコンビだった。獣人族の人は耳や尻尾などはあまり普段は出さないようにしていると昨日会ったミアリスさんは言っていたが、逆に出しっぱなしにする事で感覚や身体能力を向上させている獣人もいるという。
二人とも革鎧を、武器にはあまり大きくない剣と鎚矛を身につけている事から、機動性を重視する冒険者に感じられた。その彼らはというと、人間の男性の方はジャムパンとマヨウインナーパンを、獣人の男性はあんパンとコロッケのパンを選んでいた。
狐の獣人の人は味覚に極端な特徴は無さそうだ。そんな事を考えながら、僕はパンの販売を続けていったのだった。
□
こうして冒険者ギルド初日の販売が無事に終了、見事にパンは完売した。持ってきていたパンは94個。ギルドの納品依頼書にあらためて個数を記し、冒険者ギルドへの加入申請書も併せて書く。
時計を見れば朝七時過ぎだから、一時間ちょっとの時間で
日本円にして四万七千円を稼いでしまった。時給換算したらいくらなんだろうと思ったら、身体に震えがくる。
時給四万円くらい、凄い荒稼ぎだ…。
仮にもう少し販売数が増えたとして、一日百個売れたなら
五万円になる。仕入れ自体はどう考えたって一万円には満たない。
利益四万円として仮に週休二日で販売したならば…、年に250日ちょっと…、4かける250で…1000。年収一千万円!?うわっ、どんな高級取りだよ!これはバイト代わりなんて物じゃない、もはや凄い生業だ。
売り上げ金を集計し、販売コーナーのテーブルを戻してマオンさんと受付カウンターに向かって歩いていく。冒険者ギルド新規加入の申請書と、加入料の銀貨一枚。個数の所だけ空白だったパンの納品依頼書に個数を書き入れた物と今日の販売コーナーの使用料として白銅貨十枚。それらを合わせて受付カウンターに置く。
フェミさんがそれを受領し、書面に不備がないかを確認していく。その後ろにはマニィさんとシルフィさんもいた。
「はい、書類に問題はありませんし、加入料手数料共に規程の金額を確かにお預かりいたしました」
「じゃあ、これで僕も冒険者ギルドの一員になれたんですね」
僕が受付嬢の三人に尋ねると、三人は揃って首肯く。その顔には微笑みを浮かべて。
「ようこそ。ミーン冒険者ギルドへ。ゲンタ様の御加入を心より歓迎いたします!」
三人の揃った声がギルド内に響いた。




