第230話 異世界産物を売る。
ドラゴンクエストをはじめとして様々な名曲を世に送り出されたすぎやまこういち先生がお亡くなりになった事が公表されました。
先生の音楽と共に、たくさんの子供たちが勇者になりました。僕もその一人です。いくつもの感動をありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。
「こ、こりゃあ良い。厚みもあって…。それに手触りも良いし…。ぜ、是非これを譲って欲しいんだけど…」
興奮した様子で話しているのは同じ大学に通う歴史オタク友達、三尾守。彼は歴史好きなだけではなく、ゲームオタクでもある。歴史シミュレーションを特に好み、その他にもロールプレイングゲームなども嗜む。
他にも自作甲冑を作り、様々な歴史イベントに行っていた。そこで手作りの甲冑を着込み、仮装行列などに参加したりするのだと言う。最近では、自分な好きなメジャーな戦国武将の甲冑をイメージしたものはだいたい作ったから製作熱が落ち着いていたようだが、イベント参加には熱心だった。
しかしコロナ禍でイベントが中止になったり、そもそも人と会うのが躊躇われる昨今だ。する事も無く三尾さんは暇を持て余していたのだと言う。
「卸問屋の通販サイトで売ってるやつは一枚二万はしないくらいだったけどこれよりは薄かったし…。財布みたいなモン作るならいざ知らず、鎧だからなペラペラの革じゃ話になんねー」
「えっ!?本気で?」
「本気も本気!こんな良い素材見せられちゃあ作らない方がどうかしてる。そっちの毛皮もそうだ!それがあればワイルドなモンが作れそうだ。毛皮で出来た腰巻とかさ、ぬわー!!!早く作りたいー!た、頼むよ。何革か分からないけど、なんとか売ってくれないか?」
「そ、それは良いけど…。ちなみに鞣し革も毛皮も猪だよ」
「えっ、猪?そうなのか。猪からは毛皮しか取れない物だと思ってたけと、考えてみりゃ当然皮膚があるもんな。毛を処理して鞣すとこんな柔らかな革になるんだな。でも、どうやってこんな良い革を手に入れたんだ?」
「うん…。この革は山奥の田舎でね、狩猟で得たものだよ。獲物から剥いだ皮を頑固な職人のお爺さんが昔ながらの方法で鞣したんだ。だから化学物質とか薬品とか染料とか…、そういった物は一切使ってないよ。だからその革は湿気とか汚れとか…保管にはより注意する必要があるけど」
うん、別に嘘は言ってない。山奥の田舎、異世界の話だけど。
「マジかよ、極上の逸品じゃねーか!お、俺、手持ちが三万しかねえ!な、なんとかこれで鞣し革だけでも売ってくれねえか?た、頼むよ!」
そう言って三尾さんは財布から取り出した万札三枚を手に購入を申し出る。ちなみに今回、革と毛皮を二枚ずつ手に入れる為にかかった金額はノームのお爺さんの話をする際にご馳走した日本酒と目刺しの分を除けば日本酒…、それも四合瓶のものが一本だけである。金額はざっと千円くらいだったか…、二万九千円以上の大儲けだ。
「わ、分かりました。それで良いです」
「マ、マジかッ!言ってみるモンだな、じゃあコレ!三万!も、もう、キャンセルとかダメだかんな!」
そう言って三尾さんは僕に握り締めていたであろう一万円札を三枚、僕に握らせて自分は鞣し革一枚を胸に抱えるように持った。
「じゃ、じゃあ俺はコレで!」
そう言うと三尾さんは宝物を手にした少年のような足取りで小走りに帰っていく。これから住んでいる埼玉県川口市までは電車で多摩川、そして荒川を越え帰途につくのだろう。僕らの通う混修大学は山の上、最寄り駅まではひたすら下る。
三尾さん、きっと今頃駅まで駆け下ってんだろうなあ。それこそ年明けに色々な大学が競う駅伝の復路の一区目のように。勢いが良すぎて、三尾さんが膝を痛めてなければ良いな…。
そんな事を思いながら僕は渡された三万円を財布にしまう。思わぬ臨時収入、ついつい顔がほころんでしまう。
「これだけ儲かっちゃうと、少しお裾分けしないといけないね」
そう言って僕は愛車、スーバーカプに跨り滅多に行かない山の南側に進路をとる。こちらには有名な医科大学があるのだが、山向こうの為にあまり行った事はない。たまには違うところで買い物すればいつもと違う何か目新しいものがあるかも知れない。部屋で待つカグヤ、異世界にはマオンさんに精霊たち、シルフィさんをはじめとしてプロポーズをした事になっている女性たち…。今回の場合は雑貨屋のお爺さんがなんと言っても大儲けの立役者、少しお返ししないと…。
考える事が色々ある。しかしそれは幸せな事だ。そう思いながら原付を走らせると下り坂が終わり町中に入る。人ある所に店あり、まずは色々と買って帰ろうか。




