第22話 販売初日(中編)。一人目のお客様はナジナさんでした。
マニィさんが開けた扉は、冒険者ギルドの受付カウンター内につながっていた。裏口から入った僕達が見てみると、カウンター近くに既に並んでいる人達がいる。
その先頭は昨日知り合った戦士の二人組、ナジナさんウォズマさんのコンビだ。僕たちに気づいて、ナジナさんがようと片手を上げた。僕も軽く挨拶を返した、早速販売の準備を始めた。
しかし、昨日の予定と一つ変更した事が一つだけがある。
ギルド奥にテーブル二つをくっつけた簡易的な販売カウンターを作ろうとしたがこれをギルド入り口のすぐ横に変更した。
パンを買った人がそのまま奥のテーブルに行き、そこで食べてもらう事にした。イメージしたのは持ち帰り禁止のファーストフード店といったところか。
変更した理由は当初予定していたギルドの奥で売店したら、買った人がそのまま外に出て転売に行くのを止めようがない。なぜならジャムは高価な物だから、外に持ちだして転売する者が出るの人が出るかも知れないし、商人ギルドがそのパンの出所を掴んだら何か嫌がらせをされるかも知れない。
僕だけなら逃げようもあるが、この町に住むマオンさんはそう簡単にいかない。だからそれを防ぐ為にもギルド内での飲食に限定にする。
つまりこのパンを食べられるのは冒険者ギルドに所属する
冒険者か職員のみというのを条件にするのだ。
現代社会風に言えば会員限定サービスというところか、プレミアム感や特別感が演出出来れば良いのだけれど…。
とりあえずギルドの入り口近くに設置されていた頑丈そうな木製四つ脚のテーブルを動かす。「オレに任せとけ」とマニィさんがテーブルをグイグイと押してくれた。僕はマニィさんに勝気で活発な女性のイメージを持っていたがどやらその予想は当たっていたようだ。いや、もしかするとそれ以上か、少なくともかなりパワフルな印象だ。
僕はと言えばそんなマニィさんがテーブルを押すのを手伝いながら、細かな位置取りを決めていく。その間にシルフィさんとフェミさんが並んでいる冒険者達の誘導と整理をしてくれていた。
受付の業務は大丈夫なのかと心配になったが、受付カウンターの方には誰も並んでいないから問題はないのかも知れない。
マニィさんに設置してもらったテーブルを販売カウンターに見立て、その上にクッキングシートを敷きパンを並べる。そして昨夜自宅で書いた商品名と特徴を書いたPOP(商品説明をした紙)を付けた。
それというのも実はこの世界の識字率、実は結構高い。それというのも下位語という文字の存在だ。
下位語というのは日本人の感覚でいえば、ひらがなに相当する。いわゆる五十音を表したような物で言葉の音を表す。
ちなみに町中に住んでいる人は商工業に関わる事も多く、商店の看板に使われている事も多い。だから何かと馴染み深いものだそうだ。また文字を使う機会が少ない農村部の出身でも、下位語は全ては分からなくてもいくらかは理解しているという。例えば作物を売りに町に出てきた時などに目にする機会があり覚えるのだという。つまりはその識字率の高さを活かしPOPに商品説明の役目を果たしてもらおうという事だ。
ちなみに下位語…があるからには上位語というものもある。やはりこれも日本の漢字に当たるような物で、いくつかの音をまとめていたり、その一文字で何かの固有名詞だったり何回な専門用語だったりする。法律や行政文書など公式文書や貴族間のやりとり、あとは大きな商取引などは上位語で残すものだそうだ。
さて、POPだけど…、『じゃむぱん…あまずっぱいじゃむがはいったぱん』。『あんぱん…いこくのまめをあまくにたぱん。てんしゅおすすめ』等と書いておいた。ちなみにあんパンをオススメにしたのは、昨夜一番売れ残っていてそれを買い込んだものだからたくさん在庫があるからである。そんな訳で売れ残るのはまずい。
とりあえず販売の準備が出来たので僕は並んでいる冒険者の人達に声をかける。
「皆さん、お待たせしました。これより販売を開始します。でも、販売するに当たって二つお願いがあります。一つ目、このパンは冒険者の皆さんとギルド職員の方のみに販売しますが、お一人様二つまでの販売です。二つ目、これが一番大事なんですが、ギルド内でのみお食べ下さい。持ち出しは禁止にさせていただきます」
なんでだ?みたいな視線や言葉が僕に集まる。
「実は僕たちは昨日、商人ギルドでパンを売ろうとしたら組合長の息子とその用心棒に暴行を受け怪我をさせられ、他所で売ってたりしたらタダじゃおかないと脅されています。僕はともかくマオンお婆さんがまた酷い目に遭うのは耐えられません。なので…僕は商人ギルドが手を出せないというこちらの冒険者ギルドにお世話になり、冒険者の登録をしてパンをこちらに納品する…、という形にしてこちらで販売していこうと…。これからはジャムパンをはじめとして美味しいパンを用意していきますので、皆さんよろしくお願いします」
僕はそう言って頭を下げた。マオンさんをお婆さんと呼んだのは、僕がマオンさんの遠縁という事になっているからだ。この町に来て親しくなった、会ってからまだ一日しか経っていないが、世話になってるし、酷い目に遭わせるわけにはいかない。
「商人組合長の息子っていうと…?」
「ああ、あの粉屋のハンガスか!」
冒険者たちが口々に騒ぎ出す。
「粉屋?」
僕がマオンさんに尋ねる。
「ああ、ハンガス商会はパンや、材料になる麦やそれを粉にした物を売ってるんだよ」
マオンさんが応える。
「あの粉屋が出す挽き粉はパサついて相当に黒いからな、余程混ぜ物をしてるんだろうぜ」
「ああ、貴族に毎日パンを届けてやがるからな。大方奴らには麦の白い良いトコ使ったパンを、逆に俺らには余りと他の麦擬なんかを混ぜて焼いてるんだろうよ」
冒険者が吐き捨てるように言う。
「だがよう、この兄ちゃんのパンは違うぜぇ!」
行列の先頭にいたナジナさんが声を上げた。
「昨日、ここのパンをたまたま食べてみたんだがよう、そりゃあ白い白いパンなんだ。しかも中には甘いものや、腹に溜まる美味い物が入っている」
「オレも食べた。中身だけじゃない、パンからもしっかり麦の香りがする。柔らかく、舌触りも良い」
ウォズマさんがナジナさんに続く。
「おい、そんな良いパンなら俺たちも早く食いたいぜ!」
誰かが声を上げると、そうだそうだといくつもの声が上がった。
「だからこそ、だからこそだ。さっき言った兄ちゃんの言った外に持ち出すのは御法度って事だ。商人ギルドのクソッタレ共が嗅ぎつけたら、二度と食えなくなっちまうからよう」
「分かった、だから早く食わせてくれ」
冒険者たちが口々に声を上げる。
「へへ…、って事だぜ。兄ちゃん」
ナジナさんがニヤリと笑った。
僕は分かりましたとナジナさんに返事を返す。そして高らかに宣言した。
「では、パンの販売を始めます!」
□
「へへ…、まずはこれと…、兄ちゃんこれはなんだ?」
ナジナさんはあんパンを選んだ後、次にウインナーが乗ったマヨウインナーパンを指差した。POPに書かれた商品名を読み上げた。
「まよ…ういんなあぱん…?乗ってるのは何かの肉のような…」
ナジナさんは味の想像がつかないのか首を捻っている。
「ウインナーは肉をすり潰すような感じにして、動物の腸に詰めて料理した物です」
僕が簡単に説明するとナジナさんは思い至ったのか声を上げた。
「おお、腸詰か!」
どうやら似たような物の存在はあるようだ。
「それとマヨですが、正確にはマヨネーズと言いまして…このパンとウインナーの間の白と黄色を混ぜたようなこのねっとりとした物です。僕の故郷では人気がある調味料で、これをどんな食べ物にでもつけて食べる人もいるほどです。美味しいですよ」
僕の説明を聞いてじゃあそれにする、とナジナさんは銀色の薄い板みたいな物を
会計を引き受けてくれたマオンさんに渡している。
「マオンさん、これは?」
パンを包み紙に入れながら尋ねると、
これは銀片、1枚で白銅貨10枚の価値があるんだよと教えてくれた。日本で言うところの千円札のような感覚かな。
次にウォズマさんがクリームパンとコロッケパンを選んだ。会計をしていると、その傍らでナジナさんが
「テーブルまで待ち切れねえぜ。兄ちゃんの言うこの『まよ』ってヤツが付いた『ういんなあ』っていうのがどんな味なのかよお、一口いっとくかぁ!!」
そう言ってナジナさんがマヨウインナーパンに立ったままかじりついた。
ぱりいっ!
あらびきウインナーを噛み切った時のあの音がナジナさんの口元から響く。その音に一瞬この場にいた皆が驚きナジナさんに視線が集まる。皆、驚いている。
しかし、一番驚いた表情をしているのはナジナさん本人だった。
「な、なんなんだコレは!?」
一口目を急いで飲み込んだナジナさんが声を上げた。




