第21話 販売初日(前編)。戦場(ギルド)に向かう二人
新しい朝が来た。異世界の朝だ。
クローゼットの戸を開けて、町の裏通りに出る。まだ薄暗い町の中、その空気は肌寒く寒さを我慢しながら僕はマオンさんが待つ納屋へと歩き出す。
僕の吐く息が微かに白く曇った。
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僕はあの後、二十四時間営業のスーパーに買い出しに行った。昨日と同じくジャムパンとあんパン、クリームパンが半額シールを貼られて鎮座している。異世界ではあれだけ大ウケしている菓子パンが、日本では
売れ残っている。…少し複雑だ。
現代は飽食の時代だと言う。同時に景気は良くないという。食べることに事欠く人もいる。それなのに見向きもされない食べ物がこんなにある。
景気が良くないなら余らないようにしないのかな。テレビ等で流される、栄養失調で大人になるまでに息絶えてしまう子供たちが少なくない国や地域、片や食べ物が余っている日本。
このまま売れ残ったら、単純に廃棄されてしまうのだろうか?考え出したらキリが無いけど。
でも、それで利益を出そうとしている僕もいる。善人からは程遠い、そんな僕がここにいる。
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マオンさんの敷地に面した通りに出ると、そこにはすでにマオンさんが待っていた。時計を見ると朝の五時過ぎ。
「マオンさん!!」
パンでいっぱいのリュックサックを担ぎ、同じく両手にはパンで膨れたスーパーのビニール袋を手に提げて彼女の方へ向かう。
「おはようございます!」
「おお!おお!ゲンタ、おはよう」
「お待たせしてしまって…、寒かったでしょう…?」
そうでなくとも朝夕は冷える。ましてや明け方前など
普通は一番寒い時間帯だ。
「いや、大丈夫じゃよ。年甲斐もなく興奮していたのかの。あまり寝付けなかったわい。ゲンタは大丈夫かい?」
「はい。それにしても冷えますね…」
僕はジャンパーを着ていたが…、マオンさんは
少し寒そうだ…、あっ!
「そうだ!マオンさん。ちょっと待ってください」
僕は昨日の夜、原付の給油に訪れたガソリンスタンドでもらったある物を思い出して、リュックから取り出した。
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昨夜…、給油に訪れたガソリンスタンドで本来なら20リットル以上給油した人が対象になる景品の膝掛けを貰った。客足がイマイチで四月に入った今でも冬場の販促用景品だった膝掛けがまだ沢山余っているのだと言う。
「良かったらどうすか〜?」
従業員の人が勧めてきてくれたので有り難く貰ったそれを広げて三角に折ろうとしたら、正方形ではなかったのでやや歪な形になる。
サイズは90センチ×120センチ…、同封の紙に書いてあった。長方形じゃないか…。でも、一枚でも羽織る物が多い方が良いかなと思い、マオンさんに背中に羽織ってもらう。
前で結んで身に付ければ即席ショールの出来上がり。フリースで出来ているから軽くて暖かい。
「暖かいよ、ゲンタ!暖かいよ!」
マオンさんも喜んでいる。ありがとうよ、と繰り返す。
介護系の専門学校に通う高校時代の友達が、水や汚れにも強いから冬場は重宝していると言っていたっけ…。水と汚れに強い事を告げると同時に、火が着きやすいからそこには気をつけてねと付け加えた説明をする。
そうこうしている間に僕たちはパンを売る為の目的地、冒険者ギルド…その裏口にたどり着いた。
今日から此処が戦場だ。パンを売り、僕とマオンさんが糧を得ていく為の戦場だ。
裏口の扉を叩く。ギィ…と音を立て開いたその先に、
「おはようございます、お待ちしておりました」
昨日と変わらぬ美しさのシルフィさんがそこにいた。
「おはようございます、シルフィさん。今日からよろしくお願いします!」
そしてマオンさんとどちらからともなく向き合った。
「行きましょう、マオンさん!」
「ああ!ゲンタの凄さ、お披露目してやろうじゃないのさ!」
僕たち二人は勇んで中に踏み込むのだった。
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裏口から中に入るとシルフィさんの他にフェミさんマニィさんの二人の受付嬢、そしてスキンヘッドの中年男性がいた。
「初めまして、だな。ゲンタ、マオン。このギルドで長張ってるグライトだ。シルフィたちから凄腕のパン職人と聞いてるぜ」
ニカッと笑って右手を差し出してくる。襟から出た首元の筋肉のハリが凄い。やはり冒険者たちをいざと言う時には束ねるのだろうから強くないと務まらないのだろうか。
「ゲンタです、よろしくお願いします」
僕は挨拶しながら、手を差し出し握手に応じる。
がしっ!!
「あだだだっ!」
凄い力だ、僕は思わず悲鳴を上げてしまう。
「お、おいっ?」
グライトさんが驚いた様子で手を離す。
「す、すいません。僕はあまり力が無いもので….」
「そ、そうか。すまない。この後、冒険者ギルドにも加入すると聞いていたものでな…。いつもの調子で握ってしまった。許してくれ」
「は、はい。大丈夫です」
「ダメですよぅ〜、マスター!ゲンタさんは納品を主にしてもらうんですから〜」
「そうだぜ、マスター!手を潰しちまったらパンが焼けなくなっちまうよ!」
フェミさんがぷんぷんと、マニィさんはおいおいといった様子でグライトさんに抗議している。
すまねえと受付嬢達にも頭を下げているマスター。
「この調子でなあ…。昨日もな、ゲンタのパンの納品を許可してくれと顔を合わすなり全員に詰め寄られてな…。その場で許可を出さねば生死に関わる…、そのぐらいのイヤな予感がしたからな。もっとも、そのカンのお陰で俺はここまで生き延びたよ」
苦笑いしながら話すギルド長に、男は女性に囲まれて詰め寄られると弱いのはどこの世界でも同じだなあと僕も思わず苦笑いになる。
次に力を加減しながら慎重にマオンさんと握手するグライトさんがいた。
「それはそうと…」
シルフィさんが話し始める。
「すでに何人もゲンタさんのパンを求めて並んでいる冒険者たちがおります。このままでは私たちがパンを買うまでに残っているか…」
えっ!?もう並んでいるの?しかも、何人もって…。でも、何でだろう…?パンを売る事は急に決まったのに…。
しかし、今はそれよりも…、
「受付の皆さんにはここで販売しますよ。納品の許可を頂くのに尽力いただいたようですし…。今後もこうしていけば、お仕事の邪魔にもならなそうですし…」
それを聞いて受付嬢達が喜ぶ。マスターも俺も良いか?と言うので「もちろんです」と笑顔で返す。
受付嬢達は昨日と同じあんパンとジャムパンをそれぞれ購入。グライトさんは、腹に溜まると前評判からかコロッケパンと受付嬢達が盛んに勧めたのだろう。ジャムパンを選んだ。
いきなり8個4000円の売上が出来た。幸先が良いな。マオンさんも同じ気持ちなのか、良かったねと言っている。
「商売はね、出だしが難しいんだよ。まず食い付いてくれるかどうか、これが大事なんだよ」
あとはこの出だしの勢いを無くさないようにやっていこうよとマオンさんは助言をくれる。
はい!と僕は返事をして気合いを入れ直す。
「さあ、行こうぜ」
マニィさんが裏部屋からギルドのホールへと続く扉を開けた。僕とマオンさんが、そして殿を務めるような形でシルフィさんとフェミさんが続く。
初陣だ。僕とマオンさんの。僕はバイト先を、マオンさんは商人ギルドの辻売の資格を失った中での初陣だ。
これから生きていくのに絶対に必要なお金を稼ぐ、その為の勝たなきゃいけない戦いだ。僕だけじゃない、マオンさんにとっても。だから戦う。
僕たちの暮らしの為って事もある。あの商人ギルドのハンガスとギリアムにやられた痛みも悔しさも忘れた訳じゃない。町中で売れなくしてやると脅されて、負傷した僕たちを癒し冒険者ギルドへの納品を勧めてくれた猫の獣人のミアリスさん。
納品の許可を得る為にギルド長に掛け合ってくれた受付嬢の皆さん。ギルド入り口で突然声を掛けてきた冒険者で大の甘党ナジナさん、相棒のウォズマさん、二人を連れてマオンさんの家で試食会をしていたからあの時間まで異世界に僕はいたんだ。
何か一つ欠けても今こんな風にパンを売るまでには至らなかった。だから、僕はその一つ一つに応える為にもこのパンを売っていく。マオンさんと一緒に。
自信を持て。マオンさんが僕に言ってくれたじゃないか、これは『凄いパン』だと。立ち向かうんだ!
そして僕は、冒険者ギルドのホールに足を踏み入れた。
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ゲンタたちが受付ホールへと入り扉が閉まる。先程までいたゲンタたち五人が扉の向こうに行ったので静寂が急に訪れる。手元に残った二つのパン、それを見ながらギルド長グライトは不思議な感覚に首を捻る。
「あの手…、まるで力が感じられなかった。作業と名のつくものは少なからず体力がモノを言う。料理だってそうだ、アレは何かと力が必要る」
先程、ゲンタとの握手の時にグライトが感じた違和感、それは彼の柔らかい手。女人のように柔らかい。
力というものをまるで感じさせない不思議な手。冒険者なら少なからずゴツゴツとしている。鍛冶屋でも大工でも職人だってそうだ。
だからこそゲンタの柔らか過ぎる手の平に違和感を覚える。
しかし…、そう呟きながらコロッケパンを一口齧る。
美味い。美味すぎる。これは昨日、受付嬢達の言葉が一切誇張ではない事を物語る。この事実は疑いようもない。
「頑張れ、新人。お前が何者でもこのパンは本物だ」
そう言ってギルド長は自室に戻ろうとする。
「…あ。まだ正式な加入の手続き自体は終わってないから新人では無かったな…」
扉を開け受付奥の階段に向かう時、テーブルを並べ開店の準備をする若者と老婆を眺めてからギルド長グライトは階上に向かうのだった。
手には先程買い込んだ二つのパンを持って。
ブックマーク、評価ありがとうごさいます。
これからも頑張って書いていきます。




