第217話 意気投合と新たな種族。
ゴロナーゴさんたち猫獣人族の皆さんに鰹ダシの効いたラーメンは好評で用意した60食はあっと言う間に完売。
しかしこの町に住む猫獣人族の皆さんは60人どころではない為に集まった人全てに行き渡る訳ではない。そこで猫獣人族の皆さんは一杯のラーメンを数人で分け合いながら食べたりしていた。
このラーメンの逸話は吟遊詩人によって歌にされ大人から子供まで知っている有名なものになった。また多少の脚色を加えて脚本化された。後に『一杯のらめえぇぇ!?ん』と題されたこの物語はここミーンの町だけでなく、ヒョイオ・ヒョイさんの手によって商都や王都などで経営する劇場で披露されたくさんの人に親しまれる事になる。だがそれはまた別の話…。
僕はと言えば今日も変わらず早朝から冒険者ギルドでマオンさんらと共にパンを終え、いつものようにシルフィさんらと朝食を摂っていた。
「へえ…、それじゃあのリョマウ達はガントンの旦那達と?」
「ええ、昨夜に意気投合してましてね。ゴロナーゴさんを交えて何やら相談してますよ」
「ゴロナーゴさんもですかぁ?何の相談だろぉ?」
「なんか船がどうだとか言ってましたけど…」
僕はマニィさんとフェミさんの質問に応じていた。
「でも大変だったんだよ、大酒飲みがいっぱいいたからねえ…」
マオンさんが昨夜の感想を述べる。
実は昨日、ラーメンの販売が大盛況だった事もありそれに目をつけたならず者たちが売上金をよこせと因縁をつけてきた。それにサッと対応したのがリョマウさんたち。
ゾウイさんが狂犬かと思うような獰猛さでならず者たちに飛びかかり、そこにリョマウさんやシンタウロさんが加わる。あっと言う間にならず者たちを叩きのめしてしまった。その手並の良さは喧嘩と聞いてゴロナーゴさんが俺も混ぜろとばかりに参戦しようとしたが、その前に終わってしまった程だ。
「まあまあ、気を取り直して一杯やろうぜよ」
リョマウさんがそんな風に持ちかけるとそこは喧嘩と同じくらい酒も大好きなゴロナーゴさん。その誘いに即座に応じていた。そのゴロナーゴさんに負けないくらいリョマウさんたちも酒好きなようで、飲む量にも自信があるようだった。
そこで僕はガントンさんたちの事を思い出し、助けてもらった事もあったので夕方からマオンさん宅で猪の肉を焼いたものを肴に飲んでもらう事にした。
ガントンさんたちドワーフ族もまた酒を好む。庭先にどっかりと座り、全員がグイグイと飲んでいた。
「ほう…、それは変わった形の酒杯じゃの」
ガントンさんがリョマウさんたちが使っていた底が円錐状になった器を見ながら言った。自分専用の酒杯といった感じだろうか。
「これはわしらの故郷の酒杯じゃ。これはのぅ、注がれた酒は全部飲まんと酒杯を置いてはならんという気持ちを表したものじゃ。注がれた酒を残したまま置こうとしても…ホレ。底が尖っておるから倒れてこぼしてしまうがじゃ。注がれた酒をこぼすなんて無粋の極みじゃ。だからグッと飲み干すがじゃ」
「面白いのぅ、良い酒杯じゃわい」
そんな風に話しながら焼酎を割らずにストレート、水を飲むかの如く飲んでいる。さすがに酒好きだと言うだけあってリョマウさん達の飲みっぷりもかなりのものだ。ドワーフの皆さんにゴロナーゴさんと酒好きが揃って酒杯は次々に重なり、4リットル入りの焼酎のボトルが空になっていく。
そのうち酒が回ってきたのかゾウイさんとシンタウロさんが腕相撲を始め、そのうちゴロナーゴさんが加わり終いには上半身裸になって相撲のような事をしている。この相撲は日本のような土俵を必要とせず、押し出しのような場外に出たら負けと言うルールはない。投げるなりして足の裏以外を地につけたら勝ちというものらしい。
「力比べなら俺が出るだ!」
「ドワーフの二つ名持ち!そ、そ、それなら俺が出る!」
まずゴントンさんが名乗りを上げ、腕が立つ有名冒険者である彼と戦ってみたいとゾウイさんが応じた。結果はゴントンさんが豪快にゾウイさんを投げ飛ばして勝利、その後も色んな組み合わせでやり合っていつのまにやら意気投合していた。
そして今日はその三組が色々と話し合い、どうやら川を上ったり下ったりするのに適した船を考えようと言っていた。それで朝から何やら話し合っているようだった。
「そうですか…、そんな事が…」
「はい。リョマウさんたちは船を使って行き来する商人だそうだから良い船が出来ればもっとこの町の流通も良くなるでしょう」
シルフィさんとそんな話を交わしていた時に一人の女性冒険者から声がかかった。
「食事時に悪いね、坊や。ちょっと話があるんだが…」
「はい、構いませんよ。どうしました?」
「実は坊やに頼みたい事があってね」
どうやら僕に仕事の依頼のようだった。
□
やってきたのは蛇獣人族の女性冒険者ソリィさん。スラっとした細く長い手足が特徴だ。そのソリィさんが何やら頼み事があるという。
数日前に買ったパンの話を皮切りに頼み事について話を続ける。日本でもよくテレビCMでおなじみの昼食包、確か中身は二つ入りの玉子サンドだったなあと思い出す。その玉子サンドを食べて僕に依頼をしようと思い立ったらしい。既に町の蛇獣人族の皆さんとも話をまとめているという。
「卵の料理…ですか」
「そうなんだ、これを一つ食べてみて間違いないと思ったよ」
ソリィさんによると蛇獣人族の人は他の種族の人と同じようにパンや肉も食べる。しかし一番好むのは卵だという。しかし卵というのは扱いに難があり、ちゃんと火を通して食べないと食中毒になるという。
生食もする日本国内での常識で考えれば信じられない話だが、実は地球でも海外では卵をきちんと加熱調理するのが当たり前。そうでないとサルモネラ菌をはじめとして食中毒の危険がつきまとう。
ソリィさんはこの玉子サンドの実に滑らかな口当たりはとても素晴らしく、味もまた素晴らしいと熱弁した。なのでミーンの町に五十人余りいる蛇獣人族の為に卵料理を用意してもらえないかと言うものだった。
「普通、卵の料理っつったらカチカチになるまで茹でるか、焼くかしかないからね。だからこんな凄いパンを出せる坊やの事だ、なんとか頼めないかい?」
「滑らかなな口当たりの卵料理…、うーむ…」
「も、もし難しいようならこの『たまごさんど』を用意出来ないかい?」
「あ、それ良いな。『たまごさんど』は美味いもんな」
以前、玉子サンドを食べた事があるマニィさんも良いんじゃないかと言っているが…。
「すいません、今の僕の力では五十人分以上の玉子サンドを用意は難しいですねえ…」
「そ、そうか…。そうだよな、朝のパンを売ってるのを見ると『たまごさんど』は一つか二つしかないもんな…。無い時もあるし…」
ガックリとしたような感じでソリィさんが項垂れる。
しかし…、卵はスーパーで手に入るよなあ…。パンに限らずとも卵料理が良いと言ってる訳だし…。そう思った僕はソリィさんにいくつか質問をした。来る人達の年齢層や種族として苦手とする食品は無いか。味覚の好みなどについては今までに食べたパンやカレーを食べた時の感想を聞いて想像する。どうやらこれについては僕ら人間とそんな変わりはないようだ。
「玉子サンドは用意できませんがソリィさん。その依頼やってみます」
「えっ?引き受けてくれるのかい、坊や」
「ええ、玉子サンドは無理ですが、料理なら何とかなるかも知れません。準備もありますから…そうですね、明日の夕方くらいにどうですか?」
「そりゃ願ってもない事だよ。よろしく頼むよ、坊や!」
さて、今日は早めに自宅に帰って準備の必要がありそうだ。




