第214話 南の海から来た男
七色魚の事をヒョイさんに相談した次の日…。
早朝のパン販売を終え、受付のシルフィさんたちや今日の護衛についてくれるセフィラさんたち五人とテーブルを囲む。
「じゃあゲンタさん。七色魚の料理は五日後くらいなんですかぁ?」
「ええ、七色魚は川魚ですからね。井戸水をこまめに変えて泥をしっかり吐かせてやる必要があるみたいなんです。それと、その間は餌を与えずに余分な脂を落とす意味もあるそうで…」
フェミさんの問いかけに僕はそう応じた。
ヒョイさんに相談した所、七色魚を調理出来る人の確保を確約してくれた。そのお礼という訳ではないが僕の方からはヒョイさんの店を予約し貸し切りという事にした。
異世界で稼がせてもらっているが、元々はコンビニのバイトがなくなってしまった為に失ったバイト代の穴埋めが出来たら…ぐらいの気持ちでいた。ハッキリ言って稼がせてもらったお金はとんでもない額になっている。
僕の食べ物を中心とした売り物は、この異世界では大変な驚きとお買い得感をもって迎えられている。例を挙げればジャムパンはマオンさんによれば少なくとも五千円、場合によっては一万円くらいでも金持ちなら買うかも知れないとさえ言っていた。
この世界ではとにかく貴重な甘いもの、そして小麦粉だけを使った真っ白なパン。
「冒険者をやってて良かったぜぇ!」
早朝の冒険者ギルド、しかも所属している冒険者しか買えないパンを食べながら言っている人がいた。白銅貨五枚(五百円)で買える事から非常に良心的、あるいは儲けは出ているのかと聞いてくる人もいた。
十分過ぎる利益を得ていたが取り敢えずそういった問いには『なんとかやっています』と返答するようにしている。いずれにせよ朝のパン販売にしても、たまに行う魚の干物やラーメンなどの販売。あるいは広場での大々的なカレーの屋台などを見れば『アイツは相当羽振りが良いんじゃないか』と思う人もいるだろう。
それに稼いだお金を貯め込むだけではミーンの町からお金を吸い上げるだけで終わってしまう。だから少し吐き出す訳ではないがヒョイさんの店を貸し切りにする事で貯めたお金をミーンの町中に還そうと考えたのだ。
「ところでゲンタさん、今日の予定は?」
「今日は特に予定も無いので自由にしようと思ってます。マオンさん、何か買い物とかありますか?」
「いや、儂も特に用事は無いよ。家に帰ったらせいぜい喉が渇いたガントンたちに水を汲んでやるくらいさ」
「うーん。じゃあ少なくとも昼前までには帰れば問題は無さそうですね」
そんなのんびりとした時間を過ごしていた時に冒険者ギルドの扉が開いた。
「お客さんかな?」
そう言ってマニィさんが立ち上がり、シルフィさんたちも後に続こうとする。入って来たのは男性が一人、そして次に見慣れた人物が後に続いていた。
「セゴドさん!」
入ってきたのは最近知り合った熊獣人族のセゴドさんだった。
□
「不躾にすまんのう。セゴドんに聞いて興味が湧いてのう。おっと!?すまん、すまん。わしはリョマウと言うがぜよ」
「ゲンタです、初めまして」
そう言ってリョマウさんが『しぇ〜いくはんず(握手)じゃ』と言いながら伸ばしてきた手を取りガッチリと握る。
「それにしても…驚いたぜよ!セゴドんとはそれなりに長い付き合いじゃが、この寡黙な男がずいぶんと嬉しそうにおんし(アンタ)の事を話すでのう。どげな(どんな)男か興味が湧いて会ってみたくなったんじゃ!」
そのリョマウさんの隣ではセゴドさんが『うむ…』と頷きながら座っている。
「セゴドさんと長い付き合い、やはりリョマウさんも熊獣人族の方だったり川漁師をされていたり…?」
「いや、わしは人族じゃ。生業は商人をしているがじゃ」
「となると一緒ですね。もっとも僕はまだまだかけだしですけど…」
「謙遜しなくていいがじゃ。なるほど謙遜は美徳じゃが、それも時と場合によりけりじゃ。おんしゃあ凄腕の商人じゃ、色んな魚を見てきた漁師のセゴドんが見た事も食べた事も無い美味い魚を揃えて見せたがじゃ!まっこと凄いぜよ!」
うむ…。再びセゴドさんが頷く。
「ありがとうございます。リョマウさんは商人とおっしゃいましたがどんな品を扱っているんですか?」
「わしが扱うのは主に鉱石じゃ。実はわしの郷里は山が多くての、畑をするにしてもその広さには限りがあるがじゃ。じゃから山でわずかに採れる鉱石や建築に向く木材を売るがじゃ」
「鉱石や木材を…」
「海もあるんじゃが岸から近い所でしか漁が出来ん。豊かな海なんじゃが、その分魔物も多いがじゃ。岸から近い所でも逃げた魚を追って魔物が来る事も多くてのう、漁師はいつも命がけじゃ」
地球でもサメが襲ってくる大ヒットした映画があったと言うもんなあ。海に投げ出されたりしたら人は無力だ、ましてや魔物ともなれば…。
「だからわしは海だけでなく、川を自在に行き来出来るように川船頭としての訓練を積んだがじゃ。船を使って商売をする、今は川や岸に近い海でしか行き来できんがのう。いつか広い大海原に繰り出すような商人になるのがわしの夢じゃ」
大きな夢だ…、僕はそう思った。
「大海原ですか…凄い夢だ。海は広いですもんね、その海は世界のどことでもつながっている。言わば海を相手にするって事は、世界の全てを相手にするようなものですよね」
僕の言葉にリョマウさんが目を見開いた。
「せ、世界を…。そ、そうじゃ!わしは何を言っておったがじゃ。海に繰り出して『ハイ、終わり』ではないのう。わしは海を越えた先で商売をする男になるがしゃ!商人としてだけでなく世界を相手にするような…、わしはそんな男になるがじゃ!」
リョマウさんが丸太椅子から立ち上がり叫んでいる。その目は熱く燃えている。
「よう言うてくださった、ここに来て良かったぜよ!元々ここへはおんしにチックと(ちょっと)頼み事があって来たもんでのう」
「頼み事?僕に…ですか?」
「そうじゃ、ここは是非にも聞いてつかあさい」
そう言ってリョマウさんは僕に話し始めたのだった。
次回予告
セゴドに続きリョマウと知遇を得たゲンタ。そんなリョマウの依頼とはリョマウとその仲間たちに…。
次回、異世界産物記、第215話。『リョマウが行く』。
すいません、やりたかっただけです。




