第213話 焼き鮭代、五十万円!?
そう言って彼は木桶の蓋を開けた。パシャ…、何やら水を軽く跳ねるような音がした。僕が中を覗き込んでみると、
「これは…。凄く綺麗な魚…」
そこには大きな魚が悠々と泳いでいた。キラッ、キラッと光の当たり方によってその鱗が様々な色に変わる。
「ゲ、ゲンタ…。こりゃあ七色魚だよ!」
僕の隣で背伸びしながら樽の中を覗き込んでいたマオンさんが叫んだ。僕はと言えば初めて見る魚だしどんなものかもよく分からないので『れいんぼーふぃっしゅ?』と言われた魚の名前を鸚鵡返しする。
「七色魚だって!?」
受付カウンターからジャンプ一番、ピョンと飛び越えマニィさんが足早にこちらにやってくる。さらに焼き鮭を食べ終わったミケさんたちやナギウさんたちも立ち上がってこちらに来る。
「ほ、本物だッ!?」
「こ、この大きさを見ろ!こりゃあ金貨二枚…、いや三枚は軽くするぜ!」
「い、いや。競り次第じゃ金貨五枚に化けるかも知れん…」
えっ!?金貨一枚が十万円なんだから…日本円で考えたら一匹何十万円もする魚なの?
「そんな高価な魚を…」
「こん(この)『やきじゃけ』という美味い魚を…。しかもこん魚はァ海魚の脂の乗りだけでなく、川魚の風味ばしよっと。こん見事な魚を…干魚にすらせんと生のまま焼いて食わしてくれたと…」
セゴドさんは何やら熱く語っている。
「しかも大食らいのオイ(俺)の腹いっぱいになる程の量…、そげな用意ば出来るなんてまさに神業じゃ。じゃっどん(しかし)、オイにはこの恩に報いるだけの金はなか(無い)。じゃからこういう時にする礼は自分の一番価値ある物を差し出せチ(と)、親から言われておりもんす。釣り合うか分からんがオイが朝イチで獲ってきたこん七色魚を坊やサァに贈りたいチ(て)思ったでごわす」
「セゴドさん…」
僕は両手でセゴドさんの手を取った。
「ありがとうございます。これは僕には過分な報酬です。ぜひ返礼をさせて下さい、せっかくこうやって知り合えたのですから。セゴドさんは酒はお好きですか?」
「無粋な事ですみもうはん。オイは下戸で…」
「では食べる方はどうです?魚以外に肉とか…」
「ありがたい話でごわすが、オイは大食らいなモンで…」
「ご心配には及びませんよ。ウチにもよく食べる人が多くて…」
ドワーフのガントンさんたちの顔が思い浮かぶ。
「そ、それじゃあ坊や…。何かやるのかい?」
ミケさんが聞いてくる。
「ええ、こんなに大きく立派な七色魚です。他にも肉や野菜を用意して盛大にやろうかと…」
おお…、と猫獣人族の男性が声を漏らした。柄からしてトラさんだ。
「セゴドさんをお迎えしての宴席です。お時間が合えばミケさんたちも来て下さい。なんたってセゴドさんに引き合わせてくれたんですから」
僕がそう言うと全員がもちろんと声を合わせて言った。
□
セゴドさんと冒険者ギルドで別れ、僕はミーンの町中を歩いていた。
ものものしい…、と言う程ではないが現在九人の集団で歩いている。僕とマオンさん、そして魚獣人族の三人組と猫獣人族の四人組と連れだって歩いている。
「この魚を適切に調理出来る人を探さねばなりませんね」
実は先程、セゴドさんから木桶ごといただいた七色魚を見てシルフィさんが言った。と言うのも七色魚は大変美味しく、滋養にも富んでいるのだが取り扱い…というか調理が難しいらしい。
別に河豚のように毒を持つ訳ではない。身に栄養が有り過ぎるのだ。シルフィさんによれば仮に獲れたてをすぐに捌いて焼き魚にしようとすると、その身に蓄えた脂身が多すぎて焼くというよりは燃えてしまうのだそうだ。
しかし、その脂の処理などをしっかり出来ればとんでもない美味だという。つまりは『美味しいが、調理人を選ぶ魚』という訳だ。
だけど。七色魚は金貨が飛び交うような高級魚。誰もが調理経験がある訳ではない。買い手が付けば貴族の屋敷か高級店に運ばれる。
「うーん、そうなんですね。でも、どうしたら良いでしょう?僕は七色魚を見たのも初めてですし、料理する技術も無いし…」
「「「えっ!?」」」
シルフィさんをはじめとして受付嬢の三人が驚きの声を上げる。
「ダンナ、料理出来ねえってマジかよ?」
「ゲンタさん『かれー』作れるのに?」
マニィさんとフェミさんがそんな事を言う。いや、カレーはルーを入れてるだけだし…。普通に野菜切って焦げないようにしてるだけだし…。
「では、ヒョイオ・ヒョイ様に相談されてはいかがでしょう?」
「ヒョイさんに?」
「ええ、ヒョイ様の社交場の顧客には貴族の方もいます。高級な食材の扱いにも慣れておられるでしょう」
そんなシルフィさんの助言により僕たちはヒョイさんの社交場に向かっていた。のどかな日中、ミーンの町は今日も活気に溢れていた。




