第20話 パンを仕入れにスーパーに。異世界ライフスタイル考
自室に戻った僕はまず炊飯器のスイッチを入れた。個人的にはやはり米が食べたい。そして炊飯器に仕事をしてもらっている間に僕は原付に乗って駅前のスーパーに向かう。
目的はもちろん明日のギルドでの販売の為、パンを買い込みに来たのだ。大学の最寄りの『こちらヶ丘遊園』駅からやや距離のあるスーパー、まずはそこに向かった。どうやら今日一日ずっと雨が降ったせいで客足が鈍ったようだ、売れ残りの値下げ商品が目立つ。このスーパーは閉店時間が早めの午後8時、だからまずはそこに向かったのだ。
なんたって僕は学生街の一人暮らしだ、自炊もするし支出を減らすのに値引き商品は強い味方だ。だってそうでしょう、同じ商品でも半額になるのなら単純に考えて同じ金額で倍の量を買えるんだ。つまりは倍の期間、食いつなぐ事が出来る。半額シールの貼られたパンを根こそぎ買っていく。
次は閉店時間が午後9時のスーパーでは半額のパンが目白押し。今の時間は午後8時まであと数分、閉店前に売り切りたいのだろう。パンのコーナーではまさに半額シールが貼られていくところだった。それを買い物カゴにどんどん入れていく。
異世界では試食した7人が笑顔になったジャムパンであるが現代日本ではそのジャムパンもそんなに人気がある訳ではない。
そもそも日本では明治時代に本格的にパンが入ってきたがもともと米食であった日本国民にとってパンは異質そのものであった。だからパンはなかなか売れなかった。その親しみの無さを解決したのがあんパンである。日本にはそれまぇ饅頭という餡子を使った甘味があった。それに目をつけた人が日本人に親しんでもらえるパンとして餡子を小麦で包んで焼いたパン…、饅頭とあんパン…蒸した物か焼いた物かという違いがあるが材料はだいたい一緒、それが受容いれる素地になったのだという。
それまでは日本人に親しみが得られなかったパン、それがあんパンによって受け入れられ始めたのだという…そんな蘊蓄を思い出しながら僕は買い物を続けた。
買物カゴいっぱいのパンを持ってレジに並ぶ。
パンを自分で食べる為だけでなく、販売の為に仕入れる
立場になったからか、パンに対して意識が向くようになった。こうして見ると色々メーカーもあるし、味もまたあるんだなと、改めて気付かされる事も多い。
冒険者ギルドでの販売…、ナジナさん達に今日パンが14個も売れた。冒険者ギルドに何人くらいの冒険者が草鞋を脱いでいるかは分からないが、少なくとも50人はいるだろう。一人二個のパンを買うとすれば100個は必要になる。
甘い菓子パンは確かに人気だった。しかし、ナジナさんは最後に「やっぱ肉も欲しいな」とメンチカツパンも買っていた。お腹にたまる物や肉を使った具が入ったパン、いわゆる
調理パンも体が資本の冒険者には人気が出るかも知れない。
そう考えてコロッケやメンチカツのパン、ウィンナーを載せたもの、そして今日はラッキーな事にハンバーガーまで残っていた。これも喜ばれるだろう。
一軒目のスーパーでリュックがパンパンになる程のパンを買い、次に今いるスーパーから他の午後9時閉店のスーパーに向かう。ここでもたくさんのパンが残っていた。半額だけでなく30パーセント引きとかもある。数が必要だ、それらを含めてここでも沢山買っていく。
リュック、バイクの荷台に付けた箱、ハンドルの両側に吊り下げた買い物袋…、まさにパンだらけになりながら一回自宅に戻る。買ってきたパンを部屋に置き、今度は隣町の食堂などを経営している人向けのスーパーに行く。
ちょっと遠いので最近あまり行ってなかったが、食品以外にも便利な物が売っている。そこでなら明日パンを売る為に役に立つ物があるかも知れない。そう思ってお店が閉店する時間の事もあるので急いで向かった。
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その店の名は『業務用のスーパー』、直球な名前だが中は普通のスーパーだ。便利な物が多く、海外の変わった調味料などもある。
そのお店を普通のスーパーと言ったのには理由がある。
昔見た報道番組ではこの系列店は殺風景なスペースで、黙々と仕入れていく業者と販売者側が映っていたが、ここは一般客も歓迎という事で展開されている。見やすい値札に明るい店内、そして何より安いのがありがたい。そこで僕が向かったのは食品のコーナーではなく、割り箸などの食べ物以外のコーナー。
物を売ると言うのは、ただ品物だけを渡せば良いと言う物ではない。まして食べ物を扱うのだし…。
あと、自分が異世界にパンを転売しに行く立場だ。その転売しているパンをさらに冒険者達が転売するというのを防がなければならない。
マオンさんも言っていたが甘味などは大変貴重らしい、銀貨一枚でだって売れるよと言うほどだ。銀貨一枚、それは日本円で一万円に相当する。
もし市中にそんなパンが出回れば、ジャムパン一つの転売で相当な利益が出てしまう。同時にあまりにも目立つだろう、それを商人ギルドに嗅ぎつけられたら僕の身が危ないかも知れない。
なのでその場で食べる食堂のような、レジで会計と商品渡しを行いテーブルで食べてもらう。持ち帰りは禁止、それをさせない為の工夫を考えなければ…。まずはその為の道具探しだ。
予定ではテーブルを二つ横に並べて販売コーナーにする。しかしそのままだとテーブルに直にパンを置く事になる。それは不衛生だし、見た目にも良くない。
そこでまずクッキングシートを選んだ。これをテーブルに敷いてそこにパンを並べて販売するつもりだ。
あとは明後日以降、改善点を見つけてやって行こうと思う。
あと、コンビニで肉まんを買った時に肉まんを包む包装紙、なんとこのスーパーで売っていた。これならパンを入れて手渡せる、となると、後は手で掴んで渡すのも良くないから…、トングが必要かな。
それ以外にもあれも必要、これも必要、思い出すたびに買い足して行くと意外にお金がかかる…、商売とは難しい。
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業務用のスーパーで色々買い物して帰途につく。部屋に買ってきた物を置き、ご飯の支度をする。もう九時はとっくに過ぎている…、昨夜スーパーで買ったプルコギを取り出しフライパンで2パック分を一気に炒める。
なんたって今日はとにかく動き回ったし、色んな事があった。いつもしている安価なもやしを足したりして量を増やすという作戦をしない。ガッツリと肉メインのプルコギを食べるのだ。
お金を普段なるべく節約して暮らしていた僕にとってこの肉メインの2パック同時プルコギはご馳走だ。上機嫌で夕食を済ませ、今日仕入れてきたパンの数を確認する。60個を超えているが…、うーん。足りるかな…。
朝からパン二個は多いかもと思うかも知れないが、異世界は基本的に一日二食で朝と夕に食べる。なので地球の現代人の感覚で考えれば一日の摂取カロリーを朝昼晩の三食…、あつまり三回に分けて摂るのか、それとも朝夕の二回で摂るのか…その違いになるといったところか。
簡単に言い換えれば、朝夕二回の食事方式ならまとめ食いとか食い溜めと言い換えても良いかも知れない。だから、一人が二つ購入となれば30人しか買えない事になる。
「あれ?もしかするとこれでは足りないかも知れない」
また、異世界では夕方以降は基本的に就寝となる。現代日本のように外には街灯、部屋には照明が揃っている訳ではない。日没と共に闇の世界だ。
夜に開いている店は酒場か、あとは賭場だの色街だのややもすれば危ない世界、もしかすると危険な集団のようなものがいるかも知れない。要は夜出歩いているのは衛兵でもなければ基本的に不審者の可能性が低くはないのだ。
「そう考えると冒険者の人は前日の夕方以降は何も食べてない訳で…。お腹が空いているかも…、やっぱりこれじゃ少ないか」
それならパンをもう少し買いに行こうと考え、昨日と同じ駅の最寄りで一番大きなスーパーのパンが安くなり始める午後10時半を過ぎたら行ってみよう。それまでは部屋でのんびりだ。
午後10時を過ぎテレビでニュース番組が始まる。
今日はコロナ感染者が東京で何人とか、死者が何人とか暗い内容が延々と流れる。その日あった暗いニュースに僕の心は憂いを感じるが同時に僕は希望が欲しい。
どうすれば被害を減らせる?無くせる?
そういった未来につながる内容が無い、出口を見たいと願う人には物足りない報道な気がする。手の打ちようが無いのかも知れないけど…。
そんな物足りなさを感じるニュース番組から流れる音声とこの部屋を照らす照明は一人暮らしの僕の孤独を少しは薄めてくれる。
でも、マオンさんは…。
明かりも音も無い納屋に一人だ….。まずは家は無理でも、快適な寝床くらいは用意してあげたい。僕に出来る事を考えてみよう。
「少し考え過ぎたかな」
僕は立ち上がった。異世界からの帰還後、本日三回目の買い物に向かう。駅最寄りの二十四時間営業のスーパー『東友』がパンの値引きを始めている頃だろう。
「ちょっと出遅れたか?まあ良い、急ごう。あとついでに原付にガソリンも入れておこう」
部屋の時計は十時半過ぎを表示していた。




