第207話 ピーナッツは野菜です。
タシギスのモデルはあの警部殿です。
声のイメージは水谷豊さんです(笑)
「じゃあ、ちょっと行ってくるぞ」
イブ・ネネトルネさんたちを招いた宴会から二日目の朝…、ドワーフのガントンさんは弟子のハカセさんを連れてノームのお爺さんの雑貨屋に向かった。
スロットマシン型の塩自動販売機を設置に向かった。ノームのお爺さんいわく、町には高齢の住人もいる。そんな人たちが冒険者ギルドまで歩くのは大変だ。
だが、ノームのお爺さんの雑貨屋でも塩の販売が出来ればその周囲の住民の方が購入しやすくなる。今まであまり遠くにはいけない為に、近所にあったブド・ライアーの息のかかった塩屋で砂混じりの塩と揶揄される低品質の塩を買わざるを得なかった人に選択肢が生まれたのだ。
塩の仕入れ値は冒険者ギルドと同じく、塩996重(1キログラムに相当)で銀片四枚(日本円で四千円)にした。ドワーフの技術の結晶とも言える塩の自動販売機のレンタル代は知らないがそう高くはしていないだろう。
販売価格は冒険者ギルド前での販売価格と同じにした。白銅貨一枚(日本円で百円)で塩を9.96重(10グラム)買えるように設定した。自動販売機には『塩996』のロゴが浮き彫りにされている。屋号…という程でもないが、白い塩の名称と共にミーンの町に根付きつつある。
ついでに言えばヒョイさんの社交場の入口にも自動販売機を設置する手筈になっている。ここでも仕入れ値は同じ、販売価格も同じ。
ヒョイさんが店を構えているのは町の北東部、大店や騎士の住居もある町の一等地である。それなら販売価格を上げてみるかとの話も出たが、そこは統一してもらう事にした。
ちなみにネネトルネ商会の塩販売はしばらく自動販売機は使わず対面売りをするらしい。自動販売機は確かに便利だが、それでは店の前で客の目的は完了してしまう。
そこで店舗を構えてからという事になるが、まずは客と顔を合わせ商品を売っていく手法を取るらしい。その中でミーンの住民の需要や趣向を知り、将来の販売につなげていくのを目論んでいるらしい。ただ商品を売るというだけで完結しがちであるが、それだけではないところが複数の町に店を構える大商会たる所以なのだろうか。
僕みたいな駆け出しの商人には思いもよらない、商売とは奥が深い…そんな事を感じさせてくれた。
□
「凄くお待たせしちゃってごめんね、アリスちゃん」
冒険者ギルドでの早朝のパン販売を終えた後いつものメンバーに今日はナジナさんにイブさん、そしてウォズマさん夫妻に娘のアリスちゃんを招いた。さらに護衛してもらう機会が何かと多いエルフの姉弟パーティ。
今日はこれからギルド前で小麦100パーセント、マオンさんの手作りパンの販売をするのだが既にいくつか焼いたものがある。その販売開始時刻まで余裕がある。それまで買って来たチョコレートクリームとピーナッツクリームを塗って食べてみる事にしたのだ。
もちろんイブさん…ネネトルネ商会へのプレゼンの意味もある。
「美味しい…」
僕の隣に腰掛けてアリスちゃんが笑顔を見せる。
「気に入った?」
「うん!」
アリスちゃんはだいぶ気に入ったようである。
「この『ちょこれーとくりーむ』はとても強い味わいです…。苦味もありますが、何かコクのあるものと練り上げる事でそれを和らげ甘みを加えた事でこれ程力強い味わいを…」
シルフィさんをはじめとしたエルフの皆さんは嬉々として感想を話している。どうやらこういったものも好きなようだ。特にタシギスさんはピーナッツクリームを興味深そうに眺めたり口に運んだりしている。
「こっちの薄茶色の『ぴーなっつくりーむ』というのも不思議ですねェ…。堅果の類と思いきや何か少し違うというか…。ふむ…、おやぁ?」
タシギスさんは何かに気付いたようだ。
「ゲンタさん、これは堅果なのでしょうか?」
「え、どういう意味ですか?」
「いえ、違和感と言いますかね。普通、堅果というと実からその樹木の風味を感じるものなんですが…、これは樹木と言うよりも土の風味を強く…、いや土の風味しか感じられないというか」
「ん?どういう事だい、タシギス。土の風味を感じるのは変なのか?」
ナジナさんがタシギスさんに尋ねる。
「ええ、おかしいですよ。胡桃とかがなっている木を思い浮かべて下さい。もの凄く高い所に実を付けるでしょう?つまりそれだけ地面からは離れています。当然その間には幹や枝があり、その分だけ土の風味は薄まり代わりに樹木の風味が染み込みます。言わば堅果は言わば森の恵みと言えるでしょう」
「堅果に樹木の風味が染み込むのは分かったけどよぅ、それはそんなに変なのか?」
「ええ。だっておかしいじゃありませんか?この『ピーナッツ』はむしろ土の風味しかしません。『おとめのジャム』…、あれはへびいちこの一種と聞きましたが、あの草花がつけた果実でさえ地面から近い為に強い土の風味と草の匂いが混じったものを感じます。おそらくこれを感じるのは我々エルフ族など少数の者とは思いますがね」
「じゃあ、樹高があまりない樹木なんじゃねえのか?それになる実とかよぉ…」
「ええ、私も最初はそう考えたのですが…」
「それも違うのかい?」
ウォズマさんも気になったようでタシギスさんに尋ねる。
「そうするといくら地面から近いと言えど木の実でしょう。それならわずかなりとも樹木の風味がする筈です」
「なるほど…、それが気になっていたんだね」
「ええ。細かい事が気になる、僕の悪いクセ♡」
人差し指一本だけを立てタシギスさんがそう言って見せる。うん、悪いクセと自覚してるんだけど直さないやつだ。間違いない。
「あー、またタシギスの悪いクセが始まったー」
ロヒューメさんも口ではそんな風に言っているが、話には興味はあるらしくタシギスさんの発言を遮るようなものではない。
「だって気になるじゃありませんか?そこでゲンタさん、是非教えて頂けませんか?この『ぴーなっつ』はどんなものなのかを」
□
僕はピーナッツが木に実を付けるものではなく、畑で取れるものだと説明した。花が受粉すると地面に向けて伸びていき土の中に実を付ける事。ピーナッツとは『畑で実を付ける堅果』という意味である事。
僕の故郷の言葉では落花生と呼び、『花が地面に落ちて実が生る』という意味であるという事を伝えた。
「芋でもねえのに土の中でだと…」
「は、畑で収穫出来る…」
僕の説明が衝撃的だったのか特にエルフの皆さんと、山間部で育ったナジナさんは特に驚いているようだった。
「今回はすりつぶして甘く味付けしましたが、つぶさずに塩味をつけたものは酒のつまみにしたりもしますね」
「おっ、そりゃ良いな。とくにエルフ族には好まれるんじゃねえか?堅果をつまみながらワインとかよ。肉を焼いたものとかより好みだろう」
そんなナジナさんの言葉にエルフの皆さんが頷いている。そういうつまみがあるなら売れるんじゃねえかとナジナさんがイブさんに聞いたり、ヒョイさんの社交場も欲しがるんじゃないかと様々な意見や会話が生まれる。
でも、年齢的にもお酒が飲めないアリスちゃんは会話に参加出来るはずもなくテーブルの下で僕の手を取ってきた。今はその手をつないでいる。
大人の話は子供には退屈な時が多い。よし、ならアリスちゃんに何かしてあげよう。
僕はアリスちゃんに微笑むとつないでいた手を離し、テーブルに残っていた試食用のパンを薄切りにしたものが二枚残っていたので手に取ってちょっと細工をした。それをアリスちゃんに渡す。
「美味しい!」
アリスちゃんが喜びの声を上げた。
「ん?兄ちゃん、何やってるんだ?」
ナジナさんが声をかけてくる。話が盛り上がっていたのか離れていた視線が僕に再び集まる。
「あ、はい。アリスちゃんにパンを…」
「な、なんだそりゃあ!!?」
ナジナさんがアリスちゃんが手に持つパンを見て驚きの声を上げる。
「え、ええ、チョコレートクリームを…」
「いやいやいや!それだけじゃねえだろ、兄ちゃん」
僕がアリスちゃんに手渡したもの、それはパンに手前から少し曲線を描くようにしてチョコクリーム、ピーナッツクリーム、ブルーベリー、イチゴ、マーマレードを虹のように塗ったものだった。
「い、いやあ…アリスちゃんが退屈してそうだったんで…。ちょっと何かしようかと思って…美味しいって言ってくれたし良いかなーって…」
「そ、それでその虹みたいなパンが出来たと…」
「え、ええ。まあ…」
「に、兄ちゃあああんっ!おっ、俺たち結構付き合いも長くなってきたよなっ?俺が甘いモンが好きな事も知ってるよなッ?」
ナジナさんがすごい勢いで間合いを詰めてきた。さすがに二つ名持ちの凄腕冒険者、無駄無く素早い動き。
「ソ、ソウデスネ…」
世紀末、一片の悔いもなく天に還った人のような外見のナジナさんが迫ってくる迫力に負け僕は思わず自動音声のような返事をしてしまう。
「な、なら分かるだろう?俺の気持ちがッ!俺が何を求めているかって事もッ!!」
がしっ!!僕の肩に両手を置くナジナさん、鬼気迫るものを感じる。それどころかまっすぐに見つめるその瞳からは『ぶわあっ』と熱い涙が溢れ出る。
「ナ、ナジナさんも食べてみたい…とか…?」
その通りだと言わんばかりに大きく何度も頷くナジナさん。
「じゃ、じゃあそのお皿にある最後の一枚のパンに、残ったジャムとかチョコレートクリームを全部塗ったのがありますからそれを…」
たちまち笑顔になってテーブルの上を見たナジナさんは、
「あれ?」
ちょっと間の抜けた声を出した。
「ね、ねえぞ!色んなジャムを塗った夢みてえなパンが…」
キョロキョロとナジナさんはあたりを見回しているが、生憎とお目当てのパンが見つからない。
あれ?こういう時って…。
「あ、相棒っ!上だッ!」
ナジナさんが、そして全員が頭上を見上げる。ああ…、やっぱり…。そこにはサクヤたち四人の精霊たちが空中で器用にパンに被りついていた…。口元をジャムなどでベタベタにしながらも四人とも凄く嬉しそうだ。
「こ、この…」
怒りにナジナさんが震えている。
「このクソガキャー!?」
朝からナジナさんの声が冒険者ギルドに響いていた。




