第201話 『塩商人』ブド・ライアー。儲けのカラクリ(中編)墓場住みの孤児たち
ブド・ライアーはミーンへの塩の行商で大きな収入を得た。
たった二回の商売で一家族の年収分は稼いだ。ましてや彼は独身であり、洞窟に住み着いている為にそのあたりの金もかからない。暮らしていくには十分だった。
だが、成功すると欲が出てくる。もっと金を稼ぎたくなるし、良い生活もしたくなるものだ。まず、ねぐらにしている漁村の酒場で飲む安酒が高いものに変わった。食べるものも混ぜものだらけの黒パンから良いものに変わっていく。
もっとも地方の漁村である、そこまで贅沢なパンではない。黒麦だけを使った黒パン、これが食べられるだけで中流家庭の暮らしぶりと言えた。少なくとも製塩人夫の下働きでは口に出来るものではない。
そう考えるとブド・ライアーは愉快な気分になった。金があれば…頭さえ良ければこんな風に稼ぐ事が出来るのだ。やはり俺は選ばれた人間だ、優秀な俺がする事に間違いはない、有頂天になっていく。
そんなブド・ライアーだが不満が無い訳ではない。もっと塩を生産したい。幸い場所はまだまだある、塩田を作るには十分だがそれをやりくりする人員が足りない。
人を雇えば良いのだが、賃金を払えば利益が減る。賃金を払うのは当たり前の事だが、払いたくないのがこのブド・ライアーである。なんとかタダ働きを…、あるいはタダ同然で雇える奴はいないものかと考えを巡らせた。
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ある時ブド・ライアーは漁村唯一の酒場で飲んでから入り江のねぐらに帰ろうとした。夕方から夜となり良い気分で歩いていると、視線の先にまだ幼い子を含む数人のグループが歩いていた。
「何だ、アイツら?」
別に興味は無い。むしろ歩くのに邪魔だな…ぐらいに考えていた。
その子供を見ていると彼らもまたブド・ライアーが帰る方向…、つまりは『船の墓場』とも言われる入り江の方に向かっている。子供特有の元気さも無く、足取りは重い。疲れ切っている様子にも見えた。
おそらくついさっきまで働いていたのだろう。この漁村に限らず子供の労働者というのは搾取の対象だ。大人に比べれば力も弱いから大した働きではないだろうというのが雇用する側の言い分である。大した金も与えられないどころか、遅くまで働かせるのも珍しくはない。
読み書きや計算も出来ず、特殊な技術もないのだろう。それでは代わりなんていくらでも存在る。安く買い叩かれるのは当然だ。そんな事を考えていると子供たちは入り江近くの廃屋とも言えないような場所に入っていった。おそらくそこで寝泊まりしているだろう。
ブド・ライアーはそれを確認すると入り江のねぐらに戻った。寝る前に日課の干してある海藻にこびり付いた塩分をこそぎ落とす事も忘れない、こんなものでも何回か集めれば白銅貨一枚分(日本円で百円)くらいにはなる。
そして乾いた海藻を海水に浸ける、しばらくすると干からびていた葉が水気を吸って再び幅広なものになる。それを風通しの良いところに吊るしておけば朝起きる頃には海藻は乾いているだろう、もう一度表面から塩を採取する事が出来る。
ブド・ライアーは暇を見つけては塩を採取る事を繰り返していた。体を動かして働く事は好きではなかったが、金を稼ぐ事は大好きであった。その事が自ら働く事の動機となっていたが、生産量を増やしたいという事とやはり自分は働きたくないという事もあり労働者を探していた。
安く、コキ使える都合の良い労働力…。そんな奴はいないかとブド・ライアーは常に考えていた。
□
ある朝の事…。
ブド・ライアーが上黒パン…、黒麦だけを練り上げて焼いた庶民にとってはやや上質のパンを買い込み齧じりながら製塩する商家へ下働きに向かおうとしていた時の事だ。
一個を白銅貨二枚で買える黒パンに比べ、上黒パンは白銅貨四枚で買える。やや大ぶりなものになると五枚になる。これにスープや肉の炙ったものでも付けたものが一般的な庶民の食事だ。
ブド・ライアーはパン屋を出て少し歩いた時、後方で何やら怒鳴り声がした。振り返って見てみると先程パンを買った店から身なりの良くない子供が叩き出されたようだ。店の外には同じような子供が何人かいる。
「店の商品でも盗んだのか?」
ブド・ライアーはそう考えた。別に珍しい事ではない。孤児や貧民の中には日々の食事に事欠く者もいる。そういう輩は店先から物を盗む。身なりも良くない、盗みを働いたとて不思議ではない…そう感じた。
だが、何か違うのか?ブド・ライアーは疑問を感じた。盗みを働こうとしたにしては対応が甘い。店から叩き出しただけなのだ。
こういう盗みを働こうとする者が現れた時、店側はもっと断固とした対応を取る。具体的には徹底的に痛めつける、時には腕の骨の一本くらい折るのも珍しくはない。むしろ盗みをするような手だ、仇敵とばかりに店側が総出でやる場合もある。
その対応は子供だからと甘くなる事はない。むしろ子供のうちにと徹底的にやる。そんな子供はだいたい孤児か貧民の奴らだ。そういう類の連中は対応が甘い店を狙うようになる。
情けをかけてやったら逆に盗っ人が増えた、それでは本末転倒だ。まだ幼いうちに体に痛みや恐怖を植えつけて再犯を防ぐ。
あの子供どももそんな感じなんだろう。パン屋の対応が甘いような気がしたが自分には関係ない。少しするとブド・ライアーはそんな子供たちがいた事も忘れて下働きに向かった。もちろん製塩商家の廃棄品の余り塩目当て、ついでに下働きの賃金を得る…そんな感覚であった。
翌朝、ブド・ライアーが朝食のパンを買いにパン屋に向かうと昨日も見た子供たちが店から叩き出されていた。
「お前らみたいな孤児が店先をウロチョロするなッ!店が卑しいと思われるだろうが!どうしても買いたいなら閉店前に裏口から来いと言ったのを忘れたのかッ!」
「だ、だけど昨日もパンが残っていなかったじゃないか!だけど朝ならパンがあるから…」
「売れ残りが出ないウチの店のパンが素晴らしいモンなんだよ!どうしても欲しけりゃ売れ残りをありがたがって買って帰れ!急な雨が降った時とかよォ!ちゃんと定価で売ってやるぜ!」
居丈高に怒鳴りつけるパン屋と萎縮している子供…。
「なるほど…、そういう事か…」
ブド・ライアーは瞬時に理解した。
何の後ろ盾も無く薄汚れた孤児が出入りするようでは店の品格が下がる、それが店側の言い分だ。さらに言えばこの村には他にパン屋は無い。
家がある者なら自家製のパンを焼けば良いが、それが無い者はパンをここで入手するしかない。自分のように余所者で人夫として働いている者などが買っていく。
店の者が名店と言うほどここで売っているパンは良いものではない、料理上手の素人が作るよりは美味い…そのくらいだ。ミーンの町なら並のパン屋、ブド・ライアーの生まれ故郷の商都なら並以下の店だろう。
「しかし…」
売れ残りのパンなど少し値引いてでも売った方が良いものだ。どうせ残った量では明日の販売数には足りないだろう。
だったら安くしてでもパンを売り捌き明日に備えた方が良い。だが、パンを買う事もままならない孤児たちの存在が役に立つ。安売りすべき売れ残りを定価で孤児たちに買わせる。別にいくつ売るとか予約をしているものではないからパンが売り切れたなら孤児を相手にしなくても良い。
「上手くやってンじゃねーか」
一見したところ何の価値もない孤児をこうやって使うとはな…、ブド・ライアーは思わず感心した。そんな時、ブド・ライアーはある事を思いついた。
「なるほど…、孤児か…」
ブド・ライアーの視線の先には空きっ腹を抱えた孤児たちがいた。