第198話 ゲンタ、嘘つきをあしらう
「テ、テメェさえ…。テメェさえ『かれー』を作っていれば…」
額に血管を浮かび上がらせながらブド・ライアーは詰め寄ろうとする。しかし、セフィラさんたちが僕の前に立ちふさがっている為にそれもかなわない。
「俺の商会が大儲けしてたのに…、ですか?」
僕はなるべく低く、そして冷たい声を出して応じた。
「ッ!?そ、そうだ!それなのにテメェが作らねーからウチは…」
「全く売れず、終いには町の皆さんに石まで投げられてしまった…、ですか?ドブ・ライアーさん?」
「テッ、テメェ…」
ぶるぶると身体を怒りに震わせるブド・ライアーに僕は言い放つ。
「あなたは…、馬鹿ですか?」
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こらえきれない…、そういった感じでマニィさんが笑いだした。
「ダ、ダメだよぅ…、そんなに笑っちゃ…」
そんな風にたしなめているフェミさんもにやけ顔だ。ギルド内に数人残っていた冒険者もつられて笑い出した。
「ク、クソ!誰が馬鹿だ、誰がッ!?」
「あなたですよ。そもそもカレーを売ると町中に触れ回ったのはあなたでしょう?だったらソッチで作れば良い、ブド・ライアー商会の名で売り出すんだから」
「そ、それをさせる為にテメェに依頼しに来たんだろーが!」
「それは嫌だと断った、そしたら恥知らずにも何回も来た。その度に報酬を釣り上げてね。でも、全部断った」
「なんで断る?俺様が依頼してンだぞ!商業ギルド、副組合長のこの俺様が!」
「だからだよ」
「な、何ィ?」
「アンタとも商業ギルドとも組む気は無い。両方とも信用出来ないって言ってるんだよ。それに、自力じゃカレーが作れないんだ、正直にそれを発表して販売を中止するなり予定と変わって違うスープになったとか告知すれば良かったのに」
「そ、そんなマネが出来るか!?せっかく列まで成して人が集まったんだぞ!あれは俺様の…、俺様のえ…」
「獲物だって言いたいの?」
図星を突かれたのかブド・ライアーが息を飲んだ。
「だから信用ならない、人の事を金ヅルとしか見てないんでしょう?だから、自分たちで適当に作った出来損ないのスープをカレーと偽って平気で売ろうとする。アンタね…、この町で子を持つ親たちになんて言われてるか知ってる?多分、ここミーンで一番名前が売れてるよ」
僕はなるべく皮肉を込めて言ってやった。
「町に住む子を持つ親たちは子供をしつける為にこう言うんだそうですよ…。お前は嘘つき(ライアー)になるな…ってね」
「う、嘘だッ!」
「なら…確かめてきたらどうです?。町で歩いている人に『俺様は何て呼ばれてるんだ?』って…。まあ、もしかしたら賞賛する声もあるかも知れませんよ?それか、店で働いている人や出入りする取引相手の方にでも聞いてみたらどうです?もしかしたら手代の人が陰でコソコソ言ってるかも知れませんけどね」
まあ、確かめられる筈はない。町の皆さんの前にうかつに顔を出せば昨日のように話しかけた相手が暴徒と化すかも知れない。
そして確かめられても良いように手は打ってある。簡単だ、それなりの年齢の…子供がいそうな年齢の冒険者の方に酒場に飲みに行ってもらったのだ。酒代として銀片三枚(日本円で三千円)を報酬とする依頼、ただし噂話を撒いてもらった。
「それにしてもよォ、あのブド・ライアー商会が嘘ついて偽物の『かれー』を売ろうとしたのは許せねーよなあ!だからよぉ、ウチのガキにはこう言ってやってるんだ。あの商会みてえな嘘つき(ライアー)になるんじゃねえぞ…ってなあ」
そんな内容の事を酒のつまみの噂話として広めてもらう。
実際に騒動のあった日の夜だし、町にはカレーの話題が広まっていた。元々、ブド・ライアー商会は砂混じりの塩を売っていると評判は決して良くなかった為に嘘つき(ライアー)という悪いイメージを抱かせるあだ名は簡単に広まったという。
酒場の中にはブド・ライアー商会の悪口大会で盛り上がった店もあるらしい。
目の前にいるブド・ライアーはわなわなと怒りに震えている、
「恨むなら自分を恨むべきですね。あなたは僕が依頼を受けた事を確認した上で触れ回るべきだった。また、本物のカレーが作れない以上は出来ない事を正直に言うべきだった。利益に目を奪われ偽物や紛い物を出す…、人を食い物にしてでも儲けようとした事を改めて…ね」
「くっ、だ、誰がテメェの言う事なんか…」
「なら、話す事はない。お帰りはあちら」
そう言って僕は指でギルドの出入り口の扉を示した。どうやらそれにブド・ライアーは逆上したらしい、僕に掴みかかって来ようとしてきた。
「突風!」
その瞬間、セフィラさんがブド・ライアーに向け右手を突き出しながら叫ぶ。強い風が吹き荒れブド・ライアーを一直線に吹き飛ばす。
その先には冒険者ギルドの外へと続く扉があった。風の魔法の余波だろうか、扉は外に向けて開いている。吹き飛ばされたブド・ライアーはそのまま扉の外に放出された。
ブド・ライアーを吹き飛ばし終わると瞬間的な突風はすぐに収まり、風の力で開いていた扉もゆっくりと閉まった。それはまるで外に投げ出されたブド・ライアーが再度入ってくるのを拒むかのようでもあった。
その後、厄介払いされたブド・ライアーが再び入ってくる事は無かった。
再度入ってくる事を諦めたか、あるいはイブさんの後を追う事にしたのか…。
まあ、僕にブド・ライアーに関わる理由も利点も無い。気にせずにイブさんとヒョイさんを迎える午後の準備をしようか。